テック株低迷のフィンテック業界への影響。ソフトバンクなどが約700億円出資したKlarnaは10%以上の人員削減へ、一方で他社は雇用加速?

これまで米国株式市場をけん引してきたハイテク株が、利上げを契機に低迷している。コロナ禍で世界経済が停滞する中、リモートワークやオンラインショッピングといった生活の変化により、GAFAを中心に業績は追い風。ベンチャー投資トレンドは2021年に記録的な伸びを見せるなど、ハイテク株は多くの資金を集めていた。しかしながらここへきて、市場は急変。急速に増やした人員を削減せざるをえない企業も出てきている。

スウェーデン発スタートアップの代表格Klarna

スウェーデン発のスタートアップKlarna(クラーナ)は、2005年に創業したBNPL(後払い決済)のパイオニア。欧州で「評価額が最も高額なフィンテック」として注目を集めた。日本では、2021年6月にソフトバンクなどから6億3900万ドル(当時のレートで約700億円)の資金調達をし、企業価値が456億ドル(約5兆1823億円)に、というニュースで知った人も多いだろう。

フィンテックのメッカと呼ばれる北欧スウェーデン発のKlarna(クラーナ

クラーナの資金調達元はソフトバンクだけでない。2019年1月には投資額や規模については非公開としつつ、アメリカ人ラッパーのスヌープ・ドッグの出資を発表。スヌープ・ドッグはこれまでにも本名「カルヴァン・ブローダス」名義で、欧州のファッションブランドやテレコム分野に出資しており、「欧州でのテック投資のポートフォリオを拡大したかった」と話した。

同時に公開されたCMでは、クラーナのキーワードである「Smoooth(スムーーズ)」と「スヌープ」をかけて本人が出演。このCM効果でクラーナのアプリはGoogle Playのトレンド入り、1600万人の新規加入者を獲得し、世界中の提携先数が前年比140%の増加をもたらした。

人員カット、コスト削減の波

クラーナの評価額が2020年9月時点で約106億ドルだったことを考えると、わずか1年あまりで4倍以上に急上昇した形だ。

そんな急成長を遂げていたクラーナがさらに約1年後の今回(5月23日付ニュース)、新たに約10億ドルの資金調達を計画しているとされ、これにより評価額が3分の1程度減少、約300億ドル程度に落ち込む見込みとニュースが流れた。クラーナ側は「噂に過ぎない」と否定している。

ニュースの翌週明けに同社は、CEOから従業員に向けた録画ビデメッセージで10%の人員削減を発表。大多数の人に影響はない一方で、一部(10%)の従業員には解雇が言い渡されると言及した。

理由としては、昨年秋に設定した2022年の事業計画と情勢が大きく様変わりしたこと、悲劇的かつ不必要なウクライナの戦争、消費者心理の変化、インフレ高進、急変しやすい株式市場、不況などをあげた。

消費者に利子の付かない分割払いを提供するクラーナの後払い決済は、パンデミックによるオンラインショッピングの急増で急速に浸透。業績は好調なはずであったが、インフレが止まらず、消費者が出費を渋り、その上金利が上昇。またたく間に投資家たちが、事業成長の持続性を疑問視し始めたのだ。

ちなみに米国最大のBNPLを提供するAffirmは、今年に入ってから株価を4分の3近く下げているという現実もある。

クラーナのCEOは「創業以来最も難しい決定」としながらも、現在の苦境は決して短期に収束するものではないため、事業成功には必要なステップだと強調。

同時に、欧州ベースの従業員には余剰人員解雇手当や補償を提供し、それ以外の地域については勤務先によって異なる扱いになると告げたとされている。クラーナは全世界に約6500人の従業員を抱えており、今回約650人もの人員が整理されることになる。

人員整理は他にも、Facebookの親会社Metaとウーバーが新規雇用の凍結、NetflixとRobinhood(投資アプリ)、Better.com(住宅ローン関連のフィンテック)が人員削減を発表。コロナ禍における巣ごもり需要やオンラインショッピングの拡大で順調に見えたテックが、勢いを急速に失っているのがよくわかる。

雇用加速組も続々

クラーナの人員削減が発表され、投資家の間で不安が高まったことから、他のフィンテックは「人員削減や雇用凍結の事実はない」と発表する事態に陥った。

そんな中、評価額330億ドル(4兆2600億円)の競合フィンテック企業Revolutが積極的な採用活動の展開を発表し、実際に250以上のポジションがウェブサイト上で募集された。

続いてオンラインでの海外送金サービスを提供するWise(ワイズ)が「長期的に利益を生み出す企業を築き上げてきた当社は、現在人員削減を実行しているフィンテック企業とは立場が異なる」とし、CEO自ら「市場の需要にすばやく応えきれていない当社では385人の人員を募集しています」と自虐ツイッター投稿し、人員を募集。

最新の評価額90億ドルであるドイツのオンラインバンクN26は「人員削減計画はない。人員増強のために戦略的投資を続ける」と話した。

フィンテック全体の下落が危ぶまれる中、各社バラバラの回答となり確実なトレンドがつかみにくいのも現状のようだ。

銀行からフィンテックへ流出する人材

同時に興味深い分析結果が今月発表された。世界の主要銀行や最大級のテック企業からフィンテックへの人材流出が加速しているという。

人事雇用情報のデータベースを提供するRevelio Labsの収集したデータによると、ウォールストリートやシリコンバレー、シティ・オブ・ロンドンの銀行員、エンジニア、データサイエンティストや営業スタッフが主な流出人材で、特にパンデミックの最中に加速したとされる。

例えば、ゴールドマンサックスやHSBCなどの銀行から、コインベースグローバルやRevolutなどのフィンテック企業への転職は、パンデミックのスタート以来75%増加。月別転職者数では2022年3月が最高の72人で、これは2011年にデータ回収を開始して以来最高人数となった。

この傾向は銀行だけではなく、AmazonやMicrosoftなどのテック・ジャイアンツからも人材が流出している。

スキルの高い人員がフィンテックという新分野へと転職しているのは、より高額な報酬と、よりフレキシブルな働き方に魅力を感じているから。

これまで全速力で仕事をしてきた人たちが、パンデミックによって足を止め、改めてふと周囲を見渡す機会を得たために、人生で何が大切かを見直すきっかけになったことも要因だとされる。

前出のRevelio Labsのエコノミストによると、ワーク・ライフバランス、より良い給与、より良いキャリアアップの展望が転職のカギとなっている。

2020年1月から2022年4月までの間にゴールドマンサックスは、全米最大のデジタル通貨交換のコインベースに37人、法人クレジットカードのスタートアップBrexに21人、元ツイッターの役員が立ち上げたフィンテックSoFi Technologiesに18人を喪失している。

誤解なきよう付け加えると、この数字は決して多いというわけではなく、銀行員の転職は銀行間でのものが依然として多いのが現実。またゴールドマンサックスは全世界で4万5千人を超える従業員を抱えているため、上記転職者を全部合わせても1%強に過ぎない。

そのほかにも、モルガンスタンレーから28人がコインベース、12人がWiseに転職、38人のHSBCの従業員がRevolut、21人がMonzo Bankに転職した。英国のデジタル銀行Monzo Bankには、これ以外にも32人の元ロイズ銀行の従業員や27人のバークレイズ銀行出身者が転職している。

世界経済の波にもまれる3つの業種

こうしたいわゆる人材争奪戦は、メガバンクにとって非常に不利な状況であると言われている。FacebookやAmazonから高度なスキルを持つエンジニアが急速に進化するフィンテックへの転職をすることはあっても、こうした技術者が1980年代のシステムをいまだ引きずる銀行に転職する理由はまずないからだ。

フィンテックは、テックジャイアントやメガバンクでの勤務経験者を採用し、暗号通貨やデジタル銀行に必要な知識や技術を取り入れ、将来を構築していきたいと考えている。なお、Revelioのデータによると、コインベースはAmazonから197人、Googleの親会社から97人、Microsoftからは73人、Meta Platformから72人を採用している。

とはいえ、フィンテックの勢いの陰りとともに、人材の流出ペースも減速してきている。世界的なインフレと、主要テック株の急落が投資家に疑問を抱かせているとともに、暗号通貨のリスクの高さが非常に目立つからだ。

今後パンデミックで一変した世界の情勢が落ち着いていく中で、リスクよりも安定を望む人が増えると見られ、フィンテックとテックジャイアント、そして昔ながらの銀行の事業がどのように交錯していくのか。人員の動向とともに、各方面から注目を集めている。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit

参考
https://www.ccn.com/millionaire-rapper-snoop-dogg-invests-in-billion-dollar-fintech-klarna/
https://www.cnbc.com/2022/05/26/klarna-layoffs-rival-fintechs-revolut-and-wise-are-still-recruiting.html
フィンテックのメッカ北欧スウェーデン、SpotifyやIKEA級のグローバル企業誕生も | AMP[アンプ] – ビジネスインスピレーションメディア (ampmedia.jp)
https://www.managementtoday.co.uk/snoop-dogg-teach-brand-partnerships/leadership-lessons/article/1693478
https://www.cnbc.com/2022/05/23/klarna-to-lay-off-10percent-of-its-workforce-.html
https://www.thenationalnews.com/business/2022/06/06/tech-companies-and-banks-losing-skilled-staff-to-fintech-start-ups/
https://www.klarna.com/international/press/snoop-dogg-becomes-a-shareholder-in-klarna-and-transforms-into-smoooth-dogg/

フィンテック
金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語。銀行や証券、保険などの金融サービスと、IT技術を結びつけることで生まれた新しいサービスや事業領域などを指している。
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