2022年2月、ACA FOOTBALL PARTNERS(以下、ACAFP)がベルギーのサッカークラブ・KMSKデインズを買収した。ACAFP経営陣の中心は日本人だ。

事業戦略全体の構築・資金調達を担当するのは代表の小野寛幸氏、戦略執行や財務は元シント=トロイデンVV CFOの飯塚晃央氏が担当する。さらに、スペイン・イタリア・オランダなどでサッカーの指導・データ分析アナリスト等を務めた白石尚久氏も参画し、5月にはベルギー・プロサッカーリーグ初の日本人監督として就任した。

彼らは「スポーツの潜在価値を引き出し、解放させる」をミッションに掲げ、マルチクラブオーナーシップを目指す。マルチクラブオーナーシップとは、複数のサッカークラブ保有・運営を指し、現在サッカー界のトレンドとして注目されている。日本のみならず、アジアのサッカーを強くするためにどのような絵図を描いているのかを聞いた。

小野 寛幸(おの・ひろゆき)/ ACA FOOTBALL PARTNERS PTE LTD CEO
証券会社に入社後、投資銀行部門で企業買収や資金調達を担当。10年前よりシンガポールに移住し海外でのキャリアも積む。投資ファンドの組成・運用事業を主とするACA Investments Pte Ltdで投資ファンドの責任者をする傍ら、マルチクラブ・オーナーシップ構想を核にしたフットボールビジネスを行うACA Football Partners Pte Ltd (ACAFP)を立ち上げる。ベトナムなど東南アジアでの豊富な投資事業経験も活かし、ACAFPにおいてはCEOとしてグローバル規模での資金調達及び事業構築をリードする。
飯塚晃央(いいづか・あきひさ)/ ACA FOOTBALL PARTNERS PTE LTD COO
楽天株式会社(現・楽天グループ株式会社)に入社後、ヴィッセル神戸に出向し管理部門のマネージャーを担当。その後シント=トロイデンVVのCFOとして管理部門・クラブ経営の責任者を務め、国内外におけるサッカー事業の経験を積む。現在は、ACA Football Partners Pte Ltd (ACAFP)の立ち上げメンバーとしてCOO、そしてACAFPがオーナーとなるベルギープロリーグ2部所属のKMSKデインズではCSOを務め、プロジェクト実行における指揮を執る。

約100年の歴史あるサッカークラブを持つ街・デインズ

「花の都市」と名高いベルギーの観光都市ヘントから電車でわずか20分ほどのところに位置するデインズ。市役所のそばにあるオブジェの横には小さな自転車のマークが添えられている。

街中には颯爽と自転車で走る人々の姿があった。ショッピングストリートのパスタ店も自転車をモチーフにしており、「この街は自転車が有名なんだ。自転車に乗る人が多いから、手軽にパスタを食べられるようにしているんだよ」と店員さんが笑顔で語った。

手軽に食べれるよう、箱入りパスタを提供するお店

「それに僕らの街にはサッカースタジアムもあるからね。もちろんチケットを買って観に行っているよ!」

そう、この素朴で美しい街には、100年もの歴史を持つサッカークラブがあった。しかも最近、このクラブを日本人が中心となった会社が買収したというから驚きだ。

KMSKデインズのスタジアム

なぜ、ベルギーのクラブを買収したのか?

事業の全体像を描き、投資家から資金を集めるのは、シンガポール在住の小野寛幸氏だ。小野氏は、これまでのキャリアでずっと投資に関わる仕事をしてきたが、2016年にイタリアのミラノで開催されたUEFAチャンピオンズリーグの決勝戦をきっかけに「いつかサッカーに関わる事業を立ち上げたい」と考えるようになったという。

ミラノといえばファッションの街だ。しかし、その時は街一面がお祭り騒ぎ。街中で発煙筒が炊かれチャント(応援歌)が流れ、まさにサッカー一色だった。試合自体も大いに盛り上がった。PK戦までもつれ、老若男女が落胆と歓喜で沸いた。その光景を見た時に、「サッカーはスポーツを超えた文化だ」と痛感したという。

さらに、サッカーについてリサーチを重ねる中でビジネスとしてのチャンスも見出した。

小野氏「Deloitteが出している資料を見てみると、プレミアリーグが圧倒的です。次いで、スペインのラ・リーガやドイツのブンデスリーガが続きますが、プレミアリーグとは大きな差があります。その次がイタリア、続いてフランス。そこからさらに下がったところにロシア、トルコ…。実は日本はロシア、トルコと同等の売上規模なんです。もちろんチーム数や移籍金を含む・含まないかを考慮すべきですが、ベルギーに至っては日本の半分です。この数字を埋めていくことが、サッカーの可能性を解放していくことだと思うんです。僕らはこれをミッションに掲げ『スポーツの潜在価値を引き出す』と表現しています」

(図の引用:『Annual Review of Football Finance 2021』Deloitte) *1コロナ前の数値(2019/20)

ヴィッセル神戸とシント=トロイデンVV(ベルギー1部)でサッカークラブ経営を経験した飯塚氏とは、共通の知人を通じて知り合い、意気投合した。飯塚氏は、「グローカル」なクラブ経営を掲げ、「欧州でビジネスとして伍して戦い、勝つ」と熱い野望を掲げる。

飯塚氏「グローバルで人気が高いのは5大リーグ、ヨーロッパ圏内のリーグランキングで5〜10位くらいのレンジにいるところが、ナショナルチームの競争力が強いリーグです。しかし、そういったリーグ内にあっても、いわゆるビッククラブ以外は商圏を広げることや、経済的な成長を描くことが難しい状況なんです」

「そこで我々は、グローバルのマーケットで持続的なビジネスモデルを構築し、経済的な底上げをしたいんです。そうすれば、リーグ内における競争力を高められるだけではなく、サッカー自体のレベル向上も可能です」

スタジアム内に掲げられたチームの写真

小野氏「ビジネスを必ず成功させるためにも、一つ目のクラブ選びが非常に大事だと考えていました。そして街の規模や歴史、商圏、クラブの立ち位置を考えたときにKMSKデインズが候補に上がりました。前オーナーが次のステージを考えた中で我々の取り組みを前向きに評価してくれたのも後押しになりました。

また、買収後に市長と話をさせていただく機会があり、先進的な取り組みや外資を入れることに前向きだったことは、地域とのつながりを考えるとポジティブな面でした」

しかし、遠いアジアの国からきた日本人たちがクラブを買収することに、地元の人々からは抵抗がないのか疑問だ。

飯塚氏「デインズにとってビジネスとしてのメリットは、我々が持つ企業経営のノウハウやナレッジ、新しい市場をクラブに提供できること。しかし一方で、地元の方々からすると我々は外国人。外資のオーナーです。街やクラブのアイデンティティがなくなってしまうんじゃないか、色々なものを壊されてしまうのではないかと不安の声は常に上がってきます」

「大切なことはそこに向き合えるかどうか。逃げたり誤魔化すのではなく、向き合って対話をすることだと考えています。しかも、こういう話は一回話したから納得してもらえるような単純な話ではありません。常に説明責任を果たしていくことが重要です」

デインズ駅からの夕焼け

世界にシームレスなスタジアム体験を

サッカーは売上の98%…ほぼ全てが試合日に集中しているという。具体的には、チケット、入場料グッズ、飲食、試合の放映などだ。しかし、365日のうち試合があるのは30日ほど。その30試合に売上が偏っている。このため、試合の勝敗やどの選手がプレーするかに売上が大きく左右される。この点について、小野氏は以下のように語った。

小野氏「スタジアムはサッカーコミュニティの中心ですが、ファンの皆様にエンターテイメントを提供するという点では、試合観戦だけにこだわる必要はないと思うんです。バーチャルで盛り上がった人たちがスタジアムに集まってくるようなきっかけ作りを、Web3.0というコンセプトを使って実現したいと考えています」

「弊社は2022年2月、GameFiプラットフォーム事業を展開するDigital Entertainment Asset社と戦略的パートナーシップを締結しました。例えば、バーチャル・デインズにスタジアムを作って、試合の速報やインタビュー動画を見たり、ゲームで盛り上がったり、バーチャルで応援グッズを買って応援に行くなどの取り組みを構想しています。デインズには、美術館や劇場など観光としても素敵なスポットがあります。バーチャルツアーを通して街の魅力も伝わったら嬉しいですね」

街の中心にある教会とメリーゴーランド

小野氏「バーチャル体験を通して『ここに行ってみたら面白そう』と感じてもらったり、『ゲームの報酬としてユニフォームが家に届いたら、スタジアムに行ってみよう』など、新しい動機付けを行い、コミュニティを広げていきたいのです」

小野氏が語った『シームレスなスタジアム体験』は、飯塚氏が語ったグローカルなサッカークラブ経営にも通づるところがあるように感じた。

小野氏・飯塚氏は、デインズ買収にあたって30クラブ以上を視察。その中で感じたことは、多くのクラブがローカル収入だけで成り立っていることだ。しかし、ローカル収入だけでは、クラブが大きく成長するために超えられない壁がある。

両氏はローカルクラブをグローバルとつなげることで見えない天井を破り、グローバルとローカルの循環モデルを作ることを狙っている。

飯塚氏「サッカークラブの価値の源泉は、ローカルに紐づいています。スタジアムに足を運ぶのは周辺に住むローカルの方々が大半です。地元の人々に愛され応援されることで、チケットの価値、広告の価値が高まります。自然とチームのクオリティも高まるし、競技レベルが上がってリーグでの競争力も高まります」

「一方で、海外サッカーファンが何を求めているか考えた時に、彼らもスタジアムで起こっている熱狂、コミュニティの連帯の一部になりたいはずなんです。そのためにはローカルとグローバルをつなげることが大切。ただ、『つなげ方』がこれまでと大きく変わってきています。クラブの価値をローカルで高めて、その魅力を発信しグローバルなファンベースを増やすこと。グローバルのファンはビジネスの成長を助け、ローカルをさらに強くする。これが我々の思い描く『グローバルとローカルの循環』です」

欧州で伍して戦い、勝つために

最後に、「欧州で伍して戦うこと」について飯塚氏に聞いてみた。これは、飯塚氏が2022年初めに書いたnote『アジア発のサッカーマルチクラブオーナーシップで世界に挑む!』に記載されていた言葉だ。

何をもって勝利というのか、その言葉の真意を伺った。

飯塚氏「2000年代から海外で活躍する日本人選手が増えてきました。しかし、ビジネスサイドの人間も海外で活躍できているかというと、必ずしもそうではありません。私は、日本サッカー界が次の段階に行くためにはビジネスサイドの人間ももっと海外に出る必要があると考えています」

「先ほどご説明したように、5大リーグとJリーグは財務規模的に大きな開きがあります。そして日本のサッカービジネス界隈で『ベストプラクティスを学ぼう』という話になると、必ず5大リーグの話が挙がります。しかし、『学ぶ』という視点はあっても、『クラブ経営レベルで欧州とどう戦っていくか』という視点はすっかり抜けているんです。だから、我々がサッカーの中心地である欧州で結果を出すことは日本サッカー界の貢献につながっていくのではと考えています」

現在、新スタジアムの建設も構想中だという。遠いヨーロッパの地で、誰も成し遂げたことのない挑戦をする日本人たちに今後も注目したい。

スタジアム建設構想も進行中

文:佐藤まり子
編集:岡徳之(Livit