グローバル展開の大手テックでは、社員が世界各地を飛び回ることは珍しくない。広大なアメリカ国内の出張でも、航空機の利用は頻繁だ。

しかし一方で、出張によるカーボンフットプリントは無視できない問題で、大手テック企業間でもその認識が共有され始めている。

カーボンゼロを目指す世界的潮流の中、アメリカの大手テック企業の間で出張がどのような理由で、どのように見直されているのだろうか。

テレワークの浸透と問われる出張の必要性

新型コロナウイルスの感染拡大によってさまざまな行動制限が敷かれ、これまでに想像もしなかった生活を送ることになった世界。

様変わりした日々の中で私たちが気付いたことの一つに、漠然と思っていたよりもテレワークへの移行が容易だったということがある。出社したくてもできない、人と会いたくても会えない状況が続き、あっという間にリモートワーク、リモート会議、ZoomやTeamsが企業活動や生活に浸透していった。

パンデミックによって、職場から学校、家庭にまで浸透したビデオ通話ツール(Photo by Surface on Unsplash

そして今、ようやく人々の移動が比較的自由になり、国内ではすでに、さらに国外への海外出張も間もなく再開、出張そのものの必要性を見直している企業も多そうだ。

アメリカに本社を置くビジネストラベルマネジメント会社グローバル・ビジネス・トラベル・アソシエーション(GBTA)の発表によれば、ビジネストラベルは2020年に前年比マイナス53.8%へと急降下し、2021年になっても回復は1.1%程度。それでも2022年には、2019年比マイナス30%まで回復し、2024年までに完全回復すると予想している。

同社が今年1月に実施した調査では、3人に2人の割合で「ビジネストラベルに意欲的/非常に意欲的」だと回答している。一方で、より「サステナブル」な出張が必要だと考える管理職も少なくない。

出張にも求められるサステナブル

ここでいうサステナブルなトラベルとは、1回の出張により長い日程を組み、1カ所でより多くのクライアントを訪問するという形のサステナブル。これにより、移動に必要な交通機関の利用と費用を抑えるとともに、会社としては効率的な出張が可能になると言う利点がある。

また、より長期の出張でビジネスとレジャーを合わせた「ブレジャー(Bleisure)」スタイルの旅にしたいと考える人が今後増えていくと、トラベルマネージャーたちは見ているという調査結果も。ミーティングやアポイントメントが終わってからすぐに戻るのではなく、出張の前後の日程を組み合わせて、リラックスできる時間を付け加える、というスタイルに興味を持つだろうと予想しているのだ。

しかしながら、これに否定的な「出張者」の声も聞かれる。パンデミックで自宅にいることが増え、改めてワークライフバランスを見直した人が多く、出張でなるべく家を空けたくないと考える人が増えたからだと前述GBTAは分析している。

出張による排出量

排出量が計測できるツールを開発し活用しているSalesforce(イラスト:DemandBlue

パンデミックを経て、環境問題にも注目が集まる中、出張の見直しが始まっている。

全世界の出張における炭素排出の内訳は90%が航空機の利用によるものとされ、航空機利用者のわずか1%の利用者(そのほとんどが出張者)に、航空機の炭素排出汚染の50%の責任があるとする報告がある。極端な話、1%の人、ほとんどの出張利用者が航空機の利用を止めると50%の炭素排出が抑えられるという計算だ。

そんな中、環境活動グループ「Travel Smart」がこのほど、欧米230社のゼロエミッションへの真剣度を評価したランキングを発表した。

これによると、マイクロソフトやGoogle、Facebookといったテックジャイアントは、最新の「気候変動に関する政府間パネル」報告書に沿った責任ある、迅速かつ野心的なコミットを果たしていない、と指摘されている。

指標は排出量削減目標や報告、航空機の利用による排出から算出。企業をAからDまでランク付けしている。「航空機の排出削減への貢献度が非常に高く、2025年までに50%やそれ以上の削減を目標に掲げている」企業としているが、Aランクとなった企業はわずか3%の8社にとどまった。

ランキング中テックでトップはSalesforceのBランク(出典:TravelSmart

このAランクの付いたアメリカの企業は1社もなく、上記テックジャイアントは「出張の航空機使用を控えるための意義深い目標がない」としてすべてDランク。AppleはC、セールスフォースはBランクだった。

テックの中では上位のBランクだったセールスフォースはどのような取り組みが評価されたのだろうか。

同社は2030年までに総排出量を50%削減し、2040年にはほぼカーボンゼロ、という目標を掲げている。また目標達成のための新しいソフトウェア「Net Zero Cloud」を開発、日々の電力使用量や二酸化炭素排出が計算できるツールで、社内外での活用を目指している。

さらに、環境・社会・ガバナンス(ESG)への取り組みを加速させるため、取締役副社長以上の役員の変動報酬は4つのESG指標によって決定。例えば、今年は平等性とサステナビリティによって測られるといった風に、毎年目標が設定される。

平等性は人種や女性の雇用比率による評価がされ、サステナビリティは航空機利用によって生まれる排出の削減と、セールスフォースのカーボンゼロや気候変動への取り組みに賛同するサプライヤーとの契約量の増加で計算される。

同社が2021年に発表した気候変動へのアクションプランによると、出張による炭酸ガス放出への取り組みとして、世界を牽引するトラベルポリシーを含めた世界一サステナブルなトラベルプログラムを作成するビジョンを掲げた。

そこでは、2030年までに対2020年比で50%にまで出張による放出炭酸ガス削減を目標に設定。サステナブルな航空機燃料、電化された陸輸送手段、最適化された予約システム技術などの発展を支援し、利用するとしている。

一方、Dランクとされたテックジャイアントはどのような取り組みをしたのか、もしくはしなかったのだろうか。

例えば、マイクロソフトは今年3月、航空機を利用する出張に対して社内のペナルティ(罰金)を567%アップすると公言した。同社では現在、出張時の炭酸ガスの排出CO2換算1トンに対して15ドル(約1960円)を徴収しているが、今年7月から排出CO2換算1トンにつき100ドル(約1万3000円)に値上げするというもの。

背景にあるのは、2030年までに「カーボンネガティブ、ウォーターポジティブ、廃棄物ゼロ」を掲げたマイクロソフトの取り組みの目標だ。

排出ガスに対して集められたペナルティは、毎年値上げをし、会社のグリーン化に利用していく予定。今回のペナルティの値上げによって、出張者は旅程や移動手段を熟慮するようになるとしている。

マイクロソフトの出張といえば、世界各国各都市でその契約獲得競争が航空業界、ホテル業界で毎年繰り広げられるほどの大口顧客であるが、この社内規定によりその数が大幅に減少するのではと囁かれている。パンデミックで大打撃を受けた航空・ホテル業界で、このニュースはこれからの回復への希望的ムードに大きく水を差すニュースだった。

これに対して専門家は「この施策は確実に出張を思いとどまらせる効果があるが、それを踏まえた上で航空会社・ホテルはよりグリーンな選択肢を創出すべき」と喚起している。

なお、Googleは2007年の時点でカーボンニュートラルであるとしていて、従業員の出張や出勤による排出は相殺されていると説明。同社はGoogle Meetなどを利用したビデオ会議を奨励し、通勤には公共交通機関、シャトルバス、相乗りや電気自動車を奨励する一方で出張は最低限にとどめるように取り組んでいる。同社の2020年の環境報告書によれば、2019年の時点で従業員の出張と出勤による温室ガス排出は全体の5%未満に過ぎないと算出している。

コロナ後の出張の行方

エアバス社が取り組みゼロカーボン。電気もしくはハイブリッドの航空機が登場する(写真: Airbus)

その他のテック大手でDレベルと認定されたのはFacebookやIBM、Snap、さらにフォルクスワーゲンやユニリーバ、ディズニーもDレベルであった。

今回発表されたこのランキングは一方で、「2019年の出張を計測したもので、やや不公平だ」とする声も出た。テックをはじめとするグローバル企業はこの2~3年で、サステナブルへの積極的な取り組みと、出張の削減や出張の目的などを見直す取り組みを大規模に展開し始めたばかりだからで、2019年の指標は古いという主張だ。

それでも、ようやく世界がパンデミック以前の状態に戻りつつあり、出張が再開している今、これを発表したことに意義があるとしている。

出張者によるカーボンゼロを目標に全面的な見直しを掲げる企業が多い中、予約時に排出量が分かるサイトや明記している航空会社、レンタカー会社などはまだまだ少ない。カーボンゼロの目標達成のためには経費の増幅も否めないとしつつ、その数を減らしてバランスを取りつつコロナで受けた経済的打撃を回復したいのも本音だろう。

積極的に取り組んでいる会社ですら、「最終的には個人の裁量にゆだねている」という現状が今後どのように変化していくのか。奇しくも電気自動車大手テスラのCEOイーロン・マスク氏が、週最低40時間の出社を命じ、リモートワークを認めないとしたばかりだ。環境問題と出張は、パンデミックを経て現在過渡期にある。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit

参考
https://www.computerworld.com/article/3651108/the-rise-of-bleisure-trips-how-post-pandemic-business-travel-will-change.html
https://www.protocol.com/climate/salesforce-google-flights-emissions-calculators
https://skift.com/2022/05/13/tech-companies-so-far-not-focused-on-cutting-corp-travel-emissions-new-report/
https://www.salesforce.com/news/stories/salesforce-new-esg-measures/?bc=OTH&
https://www.salesforce.com/content/dam/web/en_us/www/assets/pdf/reports/salesforce-climate-action-plan-2021.pdf
https://www.gstatic.com/gumdrop/sustainability/google-2020-environmental-report.pdf

ブレジャー(Bleisure)
Business(ビジネス)とLeisure(レジャー)を組み合わせた造語。ミーティングやアポイントメントが終わってからすぐに戻るのではなく、出張の前後の日程を組み合わせて、リラックスできる時間を付け加えるというスタイル。