フェイスブックがメタに社名変更したのは2021年10月のこと。今後確実に来るであろう「メタバース時代」の覇者になるという、マーク・ザッカーバーグCEOの決意の表れでもあった。あれからわずか2年足らず、メタを含むテック大手各社は、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)開発を本格化し、早くも激戦の兆しを見せている。
VRにAR要素を取り入れる「Meta Quest2」のSDKがリリース
メタが開発したVRヘッドセット「Meta Quest」。2022年5月、その最新版である「Meta Quest2」のSDK(ソフトウェア開発キット)がリリースされた。これによって開発者は、現実世界にあるリアルなオブジェクトを仮想空間に取り込み、アプリやゲームに組み込むことができるようになるという。ネット上の3D世界に“現実世界”が組み込まれ、バーチャルと現実がミックスした「複合的な空間」に近づけることが可能になった。
現在のところ、VRはゲームやライブイベントなどエンターテインメントの世界を中心に拡張中だが、今後は医療や自動車産業など、多方面での活用が期待されている。実際、メタはロサンゼルス小児病院と提携し、生死のリスクの高い小児外傷を見分けるVRシミュレーションを開発した。また、同社が提供するビジネス向け仮想ミーティングスペース「Horizon Workrooms」や、プライベート仕様のソーシャル空間「Horizon World」は、コロナ禍のオンライン需要に見事にマッチし、話題となった。
VRゴーグル自体はまだ普及とまではいかないが、メタバースにコミットする同社の取り組みは加速している。
ザッカーバーグ氏はVRに加え、より現実的な使用が可能であるARにも力を入れている。
5月12日、自身のフェイスブックアカウントでARデモアプリ「The World Beyond」を公開し、現実世界に現れた3Dキャラクターと会話をしたり、ボール投げをしたりする姿が話題となった。現実世界と仮想空間を自由に行き来できる複合現実(MR: Mixed Reality)により近づいたサービスであり、同社の技術がここまで進んでいるということを世に知らしめた形である。
ザッカーバーグ氏が装着しているのは、2022年後半に発売が予定されているハイエンドVRヘッドセット「プロジェクト・カンブリア(Project Cambria)」である。よりARに近づいた内容で、外向きカメラを通して周囲の景色をフルカラーで見られるほか、顔の表情の確認や視線トラッキング機能も搭載されている。メタは数年のうちに3つの新デバイスを投入する予定で、メガネ型ARデバイスのリリースも示唆している。
ザッカーバーグ氏は「将来的に、VRは没入型テレビに、ARはモバイルデバイスになるだろう」と予見。同社はAR開発に取り組みつつも「VRに懐疑的な人たちを取り込むことはエキサイティング」と、メタバースのさらなる普及に取り組む姿勢だ。
2022年5月9日、カリフォルニア州バーリンゲームに開いた初の実店舗「メタストア」では、ゴーグルやスマートグラスなどを実際に装着して、仮想空間を体験することができる。
将来的には仮想空間と現実世界の境がない“シームレスなMR”を実現し、業界の覇者に狙いを定めているようだ。
商用MRで一歩先をゆくマイクロソフト
MRにおいて一つ頭が出ているのはマイクロソフトかもしれない。マイクロソフトが開発した商用MRヘッドセット「Microsoft HoloLens」は、トヨタ自動車やルノー、エアバスなど多くのグローバル企業に採用され、製造、建設、医療、教育などの幅広い分野で活躍している。
Microsoft HoloLensは、現実世界に高解像度のホログラムを投影・操作をする「世界初の自己完結型ホログラフィックデバイス」で、OSにはWindows10を搭載。デバイス自体がコンピュータであるため、PC接続の必要がなく、ハンズフリーで動き回りながら自由自在に操作ができる。
VR会議が「アバターの参加者たちが仮想空間に集って会話をする」のなら、MRを使った会議では、「ヘッドセットをつけた(リアルな)人たちが、全員で3D投影された対象物を見ながら話しを進める」という新しいミーティング形式が可能になる。MRはより現実に即した形で柔軟性のある使い方ができることから、さまざまな分野での課題解決に期待されている。
リアルタイム翻訳が可能、グーグルのARスマートグラス
グーグルは2022年5月11日のカンファレンス「Google I/O2022」で、リアルタイムで翻訳内容が映し出されるARスマートグラスを発表。まだ試作段階であり、市場に出回るかは不明だが、同社が一般向けARグラス開発を“諦めていないこと”が明らかになった。
グーグルのスマートグラスといえば、2013年に発売された「グーグルグラス」を思い起こす。リリースしたはいいが、プライバシー問題や見た目のイマイチさ、あまりに高額(1,500ドル)であったなどの理由から不評に終わった。
しかし、その後も同社はARグラス開発を進め、2019年にリリースしたエンタープライズ版はボーイング社の製造現場に採用された。そして2020年にはカナダのARグラスメーカーであるノース(North)を買収。今回のARグラスはノースが2019年に発売した「Focals」をベースにしていると言われる。
グーグルは同カンファレンスで初のスマートウォッチ「Pixel Watch」も発表。アップルウォッチの対抗馬として、のろしを上げている。
いまだ謎に包まれるアップルのARグラス
さてそのアップルも、どうやらARグラスを開発しているというのが“公然の秘密”のようである。
アップルのARグラス「アップルグラス」についての公式な発表はなく、憶測レベルで情報が飛び交っており、謎に包まれている。アップル情報を専門に扱う外部サイトの予測によると、ローンチは2025年頃で価格は499ドルになるとか。
アップルグラスに先駆けて、AR/VRヘッドセットの一般販売が予定されているとのこと。ブルームバーグによると、5月の取締役会でデモが行われたという。発売は2022年末〜2023年、超解像度の画面や迫力あるスピーカーを搭載する「リアルな試聴体験」が可能であるという。
イノベーティブなVR、ARデバイスが続々
ここまでテック大手の動きを紹介してきたが、その他にもイノベーティブなVR、AR製品は続々と登場している。
米カーネギーメロン大学の研究チームFuture Interface Groupが開発した「Mouth Haptics in VR using a Headset Ultrasound Phased Array」は、超音波を使用して口元や口内にリアルな感触を与えることができるデバイスだ。
装着者の口元に音響エネルギーを集中させ、振動や衝撃、スワイプなどさまざまな感覚を与える。これにより、歯ブラシがあたる感覚や、コーヒーを飲む時に液体が口内に流れる感覚、タバコを吸ったときの唇の感覚などが再現できるという。
動画ではMeta Quest2と連動しているが、今のところ製品化の予定はないそうだ。
オランダのテック企業Envisionは、視覚障がい者用のスマートグラス「Envision Glasses」を販売している。Envision Glassesはグーグルの商用ARグラス「Glass Enterprise Edition2」を改良したもので、視覚障がい者の生活をアシストする便利な機能を多数搭載している。
たとえば、周囲の文字や文章をスキャンして音声で読みあげる機能や(60の言語に対応)、顔認証で友人・知人を判断する機能、そして色を識別したり周囲の風景を音声で説明したりする機能などがあるという。
重さはわずか50gと軽く、普通のメガネをかけている感覚で装着することができる。価格は3268.91ユーロ(約44万円)と高額だが、世界的に需要があり、ディストリビューターは日本を含む世界18カ所にある。
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)
- MR
- 「Mixed Reality」のことで日本語では複合現実と訳される。MRは、デバイスが現実世界の空間(部屋など)や物体(イスやテーブルなど)を把握し、それらにデジタル映像を重ね合わせることができ、現実世界をあたかもデジタル世界かのように見せてくれる。