長期化の様相を呈しているロシアによるウクライナ侵略。この戦争により、特に欧州において、ロシアへのエネルギー依存の深刻さが浮き彫りとなり、これからのエネルギー安全保障をどう確立するのかという議論が活発化している。

そのキーワードの1つとなっているのが、多様なエネルギー資源から生産が可能であり、特定地域へのエネルギー依存を避けられる点が注目されてきた「水素エネルギー」だ。

EU、また欧州のいくつかの国では、それぞれ水素経済構築に向けた動きが始まっており、トヨタなど日本企業も深く関わるところとなっている。しかし、その一方で、水素エネルギーが、本当にロシア産化石燃料の現実的な代替手段なのかについては、疑問も呈されている。

欧州が直面するエネルギー安全保障の危機

ロシアによるウクライナ侵略以前、EUは化石燃料のかなり大きな割合をロシアからの輸入に頼っていたが、今年に入り、EUはロシアからの石炭、石油の原則禁輸を承認するなど、脱ロシア産化石燃料に大きく舵を切った。また、バルト三国が4月末にロシアからの天然ガス輸入を停止し、他加盟国にも後に続くよう呼びかけるなど、個々の加盟国レベルでも同様の動きがみられている。

欧州はロシアからの化石燃料の代替手段を模索している(Photo by Guillaume Périgois on Unsplash

ロシア側からも、EUの経済制裁やガス代金のルーブル払い拒否、北欧諸国のNATO加盟方針に対する報復として、ポーランド、ブルガリア、オランダ、フィンランドなどへのガス供給停止という措置がとられ、6月にはドイツに対しても一部ガスの供給停止がなされた。

欧州が現在、明確にロシアを安全保障上の脅威とし、ウクライナを支援する方針をとっている以上、このロシアの化石燃料の代替手段を確保することは、安全保障上の急務となっている。

エネルギー安全保障と気候変動対策との狭間で

ロシアに代わる化石燃料、特に天然ガスの取引先を求めている欧州だが、ここで問題となっているのが、欧州は対ロシアエネルギー安全保障を進めると同時に、気候変動対策として脱炭素化に向かって動いているという点だ。

つまり、潜在的にロシアに代わる天然ガスの産出国は、欧州と長期にわたる取引を求めているが、今後グリーンエネルギーへのシフトが欧州の計画通りに進んだ場合、長期的には天然ガスのニーズが減じていく可能性があり、そのことが新たな産出国とのパートナーシップ構築の障害となっている。

そこで、EUで環境政策を統括するティメルマンス上級副委員長は、天然ガス輸出国に対し、ガスから水素エネルギーの取引にシフトするような形での長期的なパートナーシップを提案していくと述べている。これによって、これまで欧州において、基本的にグリーンエネルギーの余剰電力を貯蔵する手段という位置づけにすぎなかった水素エネルギーに関する議論が活発化することとなった。

ティメルマンス氏は、「未来のエネルギーシステムの原動力として、グリーン水素を強く信じている」と、4月28日の欧州議会環境委員会との会合で述べている。

欧州委員会は、水素エネルギーの利用に必要なインフラ、貯蔵施設などの開発を迅速に進め、再生可能エネルギーにより製造される「グリーン水素」の国内生産を1000万トンまで拡大、さらに中東、アフリカ、南米、オーストラリアなどから1000万トンの水素を輸入することを想定した「水素アクセラレーター」プログラムを発表した。

グリーン水素生産国として躍進するオーストラリア

このように水素エネルギーの半分は欧州の外から輸入されることが計画されているが、EU加盟国の中でも特にロシアの化石燃料への依存度が高いドイツが、グリーン水素製造元として期待を寄せているのが、大規模な太陽光発電や風力発電プロジェクトを数多く進めているオーストラリアだ。

2021年に世界最大規模の水素およびアンモニア製造プロジェクトを実施、パースに本社を置くフォーテスキュー・フューチャー・インダストリーズ社は、2030年までに年間1500万トン、2030年代にはさらに年間5000万トンの生産を目指しており、その一部は輸出に当てられる予定だ。

世界最大規模の水素プロジェクトが進められているオーストラリアの都市パース(Photo by Nathan Hurst on Unsplash

同社は昨年、日本のENEOS社とも日豪間のCO2フリー水素サプライチェーン構築に向けた協業検討を実施するために覚書を締結するなど、水素エネルギー関連企業として世界的に注目の存在となっている。

ポルトガルはトヨタと水素モビリティ事業を進める

一方、ポルトガルでは、トヨタとの連携の元、水素モビリティ事業を同国を拠点として構築し、他の欧州諸国への拡大を目指す動きが報じられている。

トヨタはこれまで水素燃料電池セダン「ミライ」、そしてバスや大型トラックのプロトタイプ「ソラ」の開発にも取り組んできており、ポルトガルにも、トヨタ・カエタノ・ポルトガルと三井物産に属するカエタノバスが本社を置いて、燃料電池バスを展開していた。

トヨタはポルトガルを拠点に水素モビリティプロジェクトを進めている(Photo by Christina Telep on Unsplash

このカエタノバスと、トヨタ自動車ヨーロッパ、産業ガスメーカーのエア・リキードが協定を結び、水素を利用した輸送手段の開発を進めており、燃料電池バスの普及が進むポルトガルやドイツ、フランス、オランダなどに水素モビリティの提供を進める方針となっている。

グリーン水素はロシア産化石燃料を代替できるのか?

水素エネルギーは、これまでも原料の多様性や貯蔵性という点でエネルギー安全保障上のメリットが大きいとされており、このところのガス価格の高騰で、割高であるというコスト面のデメリットも小さくなっている。

しかし、ロシアのような化石燃料の輸出大国からの供給を、グリーン水素が代替するのが現実的な話なのかは、これまでとは桁違いの量の水素供給が必要になることから、欧州内でもいまだ議論があるところだ。

欧州委員会もグリーン水素の活用を望ましいとしつつも、化石燃料から製造し、炭素回収と貯蔵により排出を抑制するブルー水素も当面の選択肢とするとしており、気候変動への悪影響は避けられないのではないかとの懸念も表明されている。

多くの課題を抱えつつも進められる水素エネルギーの活用

気候変動への影響、供給量確保の実現可能性など、課題が多いグリーン水素を活用した欧州のエネルギー安全保障戦略。

仮にグリーン水素の活用がうまく進んだとしても、しばらくの間、光熱費や交通費の高騰への対応や省エネに配慮した暮らしを多くの欧州市民が強いられることになるだろう。特に貧困世帯は、水素に対応した自動車、ボイラー、家電をすぐにそろえることは難しく、彼らを取り残さないためには、政府の支援が不可欠となるだろう。

しかし、解決すべき問題は数多くあるものの、ウクライナでの戦争犯罪のみならず、北欧、東欧の周辺国への軍事的挑発や、日本を含むウクライナ支援国への核恫喝を繰り返すロシアに対し、効果的に経済制裁を行い、エネルギー依存を脱却するために、ロシアの化石燃料の代替手段を確立することは、欧州にとって避けることのできない課題となっている。 

文:大津陽子
企画・編集:岡徳之(Livit

ブルー水素
水素は水の電気分解で生成されるが、その電気分解プロセスで使われる電力は、石炭や化石燃料など複数の発電方法がある。そのなかでも天然ガスを利用しつつ、二酸化炭素貯留技術を活用し生成したものを「ブルー水素」と呼ぶ。