コロナ禍で人の動きが制限され、大きな打撃を受けた観光産業だが、このところ米国やヨーロッパを中心に大きく回復の兆しを見せている。
この良いニュースと同時に、欧米各国で社会問題となっているのが、航空サービスに対する不満の高まり、そして「エアレイジ」の深刻化だ。
エアレイジとは、航空機内において、客が暴言や暴力といった悪質な行動を起こすことを指し、アジア圏では比較的少ない一方で、欧米ではSNSに理不尽に怒り狂う乗客の姿を映した動画が頻繁に投稿されるなど、広く注目されている問題だ。
コロナ前を超える勢いで回復しつつある観光・航空業界は、新たな課題としてこの「エアレイジ」への対応を迫られている。
緩和されるコロナ規制、戻りつつある観光需要
コロナ禍で多くの人が待ち侘びていた旅行・観光業の復活だが、米国では特に顕著で、世界旅行観光協議会(WTTC)は今年の予測を、米国における同業界のGDPへの貢献が約2兆ドルとコロナ前を6.2%上回る可能性があり、雇用もコロナ前を20万人近く上回る約1680万人に達する可能性があると発表している。
パンデミック前の2019年、旅行・観光業は世界のGDPの10.4%を生み出し、世界で3億3400万人以上の雇用を創出しており、WTTCは世界各国政府に対し、ワクチンの普及と、ワクチン接種完了者に対する規制を緩和、デジタルを活用したユーザーフレンドリーなものにすることで、この重要な産業分野の回復を後押しするよう要請している。
パンデミックを経て大きく低下した航空機の顧客満足度
この観光産業の回復に伴って、順調にコロナ前の状態への復帰を目指す航空業界が直面しているのが、顧客満足度の突然の低下だ。
世界最大規模の消費者調査コンサルティング会社J.D. Power社による、2021年3月からの1年間に7,004人の乗客を対象とした調査によると、米国ではエコノミー、プレミアムエコノミー、ファーストまたはビジネスクラスなど、すべてのランクの客席の利用者において、過去10年間で初めて顧客満足度が下がるという結果となった。
これは、旅行需要の高まりと燃料価格の高騰によって、2019年より20%も高くなっているという航空機運賃によりサービスへの期待値が上がっていることが、その一因ではないかと言われている。
また、需要が急増したことで、ほぼ満席のフライトで機内のスペース不足、長い待ち時間、一人の客室乗務員が対応する乗客数の増加といった現象が生じたことも、乗客の不満が高まっている要因ではないかと推測されている。
欧米諸国で社会問題化する機内の問題行為「エアレイジ」
この不満度の高まりや、航空機内におけるコロナ感染対策を背景として問題となっているのが、乗客がフライト中に暴言、暴力などの問題行為を起こす「エアレイジ」の急増だ。
国際航空運送協会は昨年末に開催された会議で、「手に負えない乗客」や「客室乗務員のウェルビーイング」に関するパネルディスカッションを行い、対応を協議している。
米国を例に挙げると、パンデミック以前、例年100~150件だったというエアレイジは2021年には6,000件近くまで増加している。
エアレイジをキーワードに欧米各国のメディアを眺めてみると、数多くのショッキングな振る舞いが報じられている。
その多くはマスク着用義務に関連しているが、他にも荷物について口論となりパイロットの腕や指に噛みついた親子、喫煙を注意されて暴れ、他の乗客に暴言を吐く泥酔女性など、「レイジ=怒り」の背景はさまざまだ。
アメリカではエアレイジに対する罰金額の新記録も
深刻化する乗客の暴言・暴力事件への対策として、米国では、FAA(連邦航空局)がゼロ・トレランス政策を打ち出し、乱暴な振る舞いをした乗客には、一つの違反につき最高3万7000ドル(約473万円)の罰金を科すことができると定めた。
FAAがこれまでに課した罰金額は、56万3800ドル(約7,210万円)に達し、そのうち最高額はコックピットのドアを襲撃し、客室乗務員に暴行を加えたとされる乗客に対する罰金額の新記録となった5万2500ドル(約671万円)とのことだ。
このように、罰金額自体はこれまでになく増加しており、懲罰は重くなっているものの、事件の件数増加に歯止めはかかっておらず、一時の感情に流され我を忘れた乗客にはあまり効果がないのではという悲観的な意見もある。
アルコール禁止など航空会社が取り組むエアレイジ対策
一時的な怒りで、同乗している乗客やスタッフを危険に晒し、自身も大金を罰金として失い、前科がつく上に、暴力的な振る舞いが記録された動画がインターネット上に永久に残る可能性もある「エアレイジ」。
それにもかかわらず、理性を失う乗客が後を絶たない理由については、アルコールも要因の一つだと考えられている。
サウスウエスト航空、アメリカン航空、ユナイテッド航空は、エアレイジの被害を受けて、アルコールの機内販売を、一部路線や座席のクラスを除いて原則中止する措置をとった。
しかし、このようなアルコール規制も、素面で迷惑行為をはたらく乗客や搭乗時にすでにある程度酔っている乗客には効果がないだろう。
アジアでは少ない「エアレイジ」 しかし今後は不透明
日本もエアレイジとは無関係でなく、2020年、ピーチ・アビエーションで、マスク着用を拒否し、スタッフとトラブルの末、怪我を負わせた乗客男性が逮捕された事件が思い出される。
しかし、それでもアジア圏において、航空機内における乗客の暴言・暴行は欧米諸国より圧倒的に少ない。
日本を含む多くのアジアの国で、マスク着用がパンデミック前から広く浸透し、受け入れられていた点は、欧米のエアレイジで一般的な「マスク着用の指示に激怒する乗客」が、比較的少ない原因の一つではあるだろう。
もっとも、単に観光客の戻りが早かった欧米圏で、一足早くエアレイジ問題も顕在化しただけという見方もあり、今後、アジアにおいても同様の問題が生じる可能性は否定できないという見方もあるようだ。
ようやくパンデミックの逆境を抜け出し、人手不足の中で旅行者の急増に対応している航空業界にとって、新たな悩みの種となっているエアレイジ。これ以上、この現象が拡大せず、収束に向かうことを祈るばかりだ。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)
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