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2021年8月に「国家水素ミッション」の策定を発表していたインドのモディ首相。コロナ禍にあえぎ、過去最大のマイナス成長を記録するなど、疲弊したインド経済の目玉政策として独立記念日の演説で明らかにされたもので、2030年までに年間500万トンのグリーン水素生産を目標に掲げていた。その具体策が今回明らかにされ、グリーン水素を掲げた投資の呼び込み、外資との提携を急いでいる。
インド政府「国家水素ミッション」と国内事情
2021年8月のモディ首相による発表から3カ月後、11月にスコットランドのグラスゴーで開催されたCOP26でインドは、2070年までにネットゼロ目標も表明。これは2050年をターゲットに掲げた日本やEU、アメリカ、2060年の中国、ロシアと比べると、見劣りがするものではあるが、インドがコミットメントを表明したこと自体が大きな前進、と注目を集めた。インド政府は、2030年までに総エネルギーの50%を再生可能エネルギー源とし、同時に温室効果ガスの排出量を予測値から10億トン削減、GDPあたりの炭素強度を45%削減するとする目標を掲げた。
またその前提としてインドは、先進国からまずは1兆ドル(約130兆円)の資金支援が緊急で必要だとした上で、気候変動のアクションだけをモニターするのではなく、こうした資金面についてもフォローアップのモニターをすべきだと強調。気候変動に関して真剣な取り組み姿勢を示す一方で、インド経済への支援をアピールし、責任のボールを先進国側に投げ戻した形だ。
インドは現在、国内消費の石油とガスのうち約80%を輸入に頼っているが、これを将来的には全てグリーン水素に置き換えたい考えだ。ゼロ・エミッションに向けて、グリーン水素とグリーンアンモニアの生産に取り組み、インドを世界の「グリーン水素ハブ」ないし、グリーン水素の主要生産輸出国にする目標を掲げている。
またこの問題がインドにとって深刻なのは、輸入依存の高さと原油価格の高騰による支出額の上昇だけではない。インドは二酸化炭素排出量の多さが中国、アメリカ、EU諸国に次いで世界第4位という不名誉な事実がある。1人あたりの排出量で見てみると排出量は依然低く、しかも発展のためにはまだエネルギーを使用しなければならないという事実があるため、大量の貧困層にも利用可能な国産の安価なエネルギー確保が急務なのだ。インドはかねてから「温暖化の責任は主に先進国にあり、途上国は発展する権利があり同等の負担を強いられるべきではない」と主張している。
相次ぐ投資と外資の誘致
いわば条件付きで目標を掲げたインドだが、以降国内では将来を見込んだ投資が相次ぐ。
2021年11月に世界最大の太陽光発電開発のAdaniグループは、2030年までにグリーン水素を含む再生可能エネルギーのインフラに700億ドルを投資すると発表。世界最大の再生可能エネルギー会社を目指している。
1月にはインドの時価総額トップのReliance Industriesがグリーンエネルギーに750億ドルを費やすと約束、内訳の額は非公開だがグリーン水素もこれに含まれるとした。
国内の石油製品の約半分を担う、国有企業のIndian Oil Corporationは3月、私有企業2社と共同でグリーン水素を開発するジョイントベンチャーを発表。同時に電解槽の製造販売も計画にあるとした。
4月の初めにはハイデラバードに拠点を置く電力会社GreenkoがベルギーのJohn Cockerillと共同で2ギガワットの水素電解槽巨大工場の建設について合意した。完成すれば、中国を除く世界最大の規模になる予定だ。
また5月になるとインド最大の天然ガス供給会社で国営企業のGAILが、10MW級の電解槽の購入と1日あたり4.3トンのグリーン水素を生産すると発表。
Reliance IndustriesとAdaniグループ両者ともに、現在の1キログラム当たり5~6米ドルという割高なグリーン水素を「世界でも最も安価な1キログラムあたり1米ドルにする」と約束しているが、詳細については両社とも発表していない。
Reliance Industriesの会長は「インドがエネルギーを自給できるようになり、巨大輸出国になれば、世界の強国になれる」と言及。一方、長年にわたり水素ガスや石油精製に携わってきた同社ですら、大量生産に踏み切る前にパイロットタイプでの操業が不可欠であり、これにはあと数年かかる見込みと慎重な姿勢も見せている。技術と資金があれば、グリーン水素の生産は可能であるものの、大量生産にこぎつけて価格が減少しないかぎり需要は生まれない。そこまでにはかなりの時間を要するとしている。
国内での投資が活発なのは、グリーン水素が確実に将来のエネルギー業界におけるゲームチェンジャーになることと、一方ではコロナ禍で疲弊した国内経済を活性化させるのに、外国からの投資を呼び込める目玉商品だという背景もある。ただ単に投資を呼び込むのではなく、地球環境という大義名分もあるからだ。
それになによりも政府による各種優遇策がこの投資に拍車をかけている。
グリーン水素やアンモニアの生産者は、再生可能電力の購入と再生可能エネルギーの容量の拡大を自由にできることとなり、すぐに利用しない再生可能電力は流通先に最大30日まで預け、いつでも取り出すことが可能になる。また生産者が2025年6月末までに遂行するプロジェクトは、向こう25年間の州をまたぐ送電コストの免除があるほか、送電網への優先アクセスなどの優遇策に、国営企業を含めた大手各社が飛びついたのだ。
外国資本も例外ではない。水素分野で先端技術を所有する日系企業、欧州の大手各社、そして潤沢な資金を所有するアラブ首長国連邦(UAE)などが、意欲的な姿勢のインドに期待を寄せている。
日本企業ではトヨタが3月に、燃料電池自動車MIRAIをパイロットプロジェクトの一環として発表。セレモニーでは連邦政府の大臣が出席し、ゼロエミッションに向けての最良の解決法と絶賛。インド側はこれから豊富に生産される水素を利用した自動車は環境にも優しく、クリーンで安価なエネルギー確保を目指すインドの将来に重要な役割を果たすと期待を述べた。トヨタ自動車のインド法人であるトヨタ・キルロカスモーターは、政府支援の自動車技術拠点「自動車技術国際センター(ICAT)」と共同で、インドの道路ならびに気候状況の元で水素を使用したMIRAIを走行させ、研究評価するとしている。
インドの投資誘致活動
今月ドイツ・ミュンヘンで開催された国際太陽エネルギー見本市「Intersolar Europe 2022」に出席した新再生可能エネルギー省大臣のバグワント氏は再度、インド国内でのクリーンエネルギーの分野における1969億8千ドル(約25兆6千億円)規模のプロジェクトの存在に言及。この分野におけるインドのポテンシャルの莫大さと、モディ首相の発表した優遇策を強調することで、「先進国と、主要な再生可能エネルギーの立役者は、インドが提供するこの絶好の機会に投資するよう、いま一度呼びかける」とした。
インド政府はまた、太陽光発電セクターでの国内生産促進にコミットし、目標達成を目指すと発言。高性能の太陽光発電モジュールの増産に、予算240億ルピー(約400億円)の拠出を決めたとし、さらにグリーン水素は254.25億ルピー(約420億円)の拠出の予定だとした。グリーン水素ミッションでは、年間410トンのグリーン水素産出を目指している。
グリーン水素への迅速な意向をアピールすることで世界から注目を集め、排出量の高い国という汚名返上に乗り出すインド。技術と資金集めに励みながらも、確かにグリーン水素は将来のクリーンエネルギーのホープとして世界中から期待が高まっている。安定した大量生産とコストの低下を実現できるのか、世界中が資金をつぎ込みながら、インドの動向を注視している。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)
- グリーン水素
- 水素は水の電気分解で生成されるが、その電気分解プロセスで使われる電力は、石炭や化石燃料など複数の発電方法がある。そのなかでも再生可能エネルギーで発電した電力により生成された水素は「グリーン水素」と呼ばれる。
参考
https://www.bbc.com/news/world-asia-india-59125143
https://www.timesnownews.com/auto/car-news/toyota-mirai-hydrogen-car-launched-in-india-as-part-of-pilot-project-article-90272056
https://www.offshore-energy.biz/uae-and-india-to-collaborate-on-clean-energy-and-green-hydrogen/
https://www.cnbc.com/2022/05/03/ambani-adani-in-indias-green-hydrogen-rush-but-hurdles-remain.html
https://economictimes.indiatimes.com/industry/renewables/renewable-energy-projects-worth-around-usd-197-billion-underway-in-india-union-minister-bhagwant-khuba/articleshow/91574893.cms