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悪化の一途、テック人材不足問題
コロナ前から世界各地・各産業で注目されてきた「人材不足/スキルギャップ」問題。コロナ禍の経済社会変化、コロナ後の経済復興に向けた取り組みの加速を背景に、複雑化・深刻化しているようだ。
特にコロナ禍では、今後数年かけて起こると予想されていたデジタルシフトが短期間で発生、これに伴いテック人材需要が急速に高まり、世界各地でテック人材の獲得競争の激化を招いている。
テクノロジー分野においても、人材不足問題はコロナ前から指摘されていたが、コロナ禍のデジタルシフトで人材供給がさらに逼迫した格好だ。
そもそもテクノロジー分野の人材不足問題は、コロナ前、どのように捉えられていたのか。
米コンサルティング大手Korn Ferryがコロナ前の2018年に発表した人材不足問題に関するレポートでは、テクノロジー・メディア・情報通信(TMT)分野の人材不足数は2020年に116万人、2025年に213万人、2030年に428万人に達すると予想されていた。
このうち日本におけるTMT分野の人材不足数は、2020年に28万人、2030年には50万人以上に達すると見積もられている。
経済産業省が2019年3月に発表した2030年のIT人材需給ギャップ予想では、IT人材不足数は、高位シナリオで79万人、中位シナリオで45万人、低位シナリオで16万人との予想が展開されていた。
その後、Korn Ferryは2021年10月に発表したレポートで、2022年の人材不足は慢性的な問題になると指摘。コロナ禍により人材不足問題は以前より悪化しているという。
実際、マンパワーグループが発表した世界労働市場調査によると、2021年7〜9月期に人材不足問題を報告した企業の割合は69%となり、2013年の35%から大幅に増加したことが明らかになっている。
新卒給与に反映されるテック人材不足
テック人材の需要が供給を大幅に上回っている状況は、給与という指標でも確認することができる。
経済産業省が2021年3月に発表した「我が国におけるIT人材の動向」レポートでは、日本でも大手企業が新卒者を対象に年収1000万円を提示したり、高度スキルを持つ30代の人材に年収3000〜4000万円を提示する事例が示されている。
日本以外のアジア諸国でも同様の状況が報告されている。
特に、GAFAMなど多くのテック企業がアジア太平洋拠点を構えるシンガポールでは、テック人材不足が深刻化しており、その給与水準も他業種に比べ高くなっているのだ。
まず新卒給与から見ていきたい。シンガポールでは教育省が毎年、学部ごとの新卒者給与調査を行い、その動向を発表している。最新調査では、コンピュータ系の学位が上位を占める結果となった。
最も給与が高かったのは、南洋理工大学(NTU)のビジネス&コンピュータエンジニアリングのダブル学位取得者で、新卒月給中央値は6300シンガポールドル(SGD)だった。日本円換算では約59万円となる。
2位は、シンガポール国立大学(NUS)のコンピュータサイエンス学位取得者で、月給は5800SGD(約54万円)。
3位以下は、シンガポール・マネジメント大学(SMU)の法学士(5500SGD)、4位NUS法学士(5150SGD)、5位NUSビジネスアナリティクス学士(5050SGD)、6位NUSコンピュータエンジニアリング学士/情報システム学士/情報セキュリティ学士(5000SGD)、7位SMU情報システム学士(4860SGD)、8位NTUコンピュータサイエンス学士(4800SGD)、9位NTU薬学士(4700SGD)、10位NTU工学&経済学ダブル学位(4700SGD)と、トップ10のうちIT系学位が半分を占める結果となった。
社会科学系学位取得者の給与中央値は3500~3600ドル。上位の給与は、これらに比べ50%以上高い水準となる。
シンガポールのテック人材不足、月額基本給は200万円近くに高騰
新卒だけでなく、職歴の長い人材の給与からも、同国のテック人材不足の現状をうかがうことができる。
人材会社Randstadの2022年最新調査では、職歴の長いIT人材(experienced)の月間基本給与水準(ボーナス等を除く)は、1万5000SGD(約140万円)前後で、その中でも特に需要が大きい職には2万SGD(約187万円)が支払われている事例が報告されている。
IT職の中でも給与水準が特に高いのは、クラウド・アーキテクト(2万SGD)、サイバーセキュリティ(1万8000SGD)、データサイエンティスト(1万8000SGD)。
このほか、フルスタックエンジニアが1万6000SGD、プロジェクト・マネジャーが1万6000SGD、ブロックチェーンデベロッパーが1万5000SGD、DevOpsエンジニアが1万5000SGDなどとなっている。
シンガポール人材開発省の統計によると、2021年時点における同国のフルタイム労働者の月間給与中央値は4680SGD(約44万円)。IT人材には少なくともこの4〜5倍の基本給が支払われていることになる。
Randstadは、シンガポール証券取引所でSPAC(特別買収目的会社)関連の枠組みが導入されたことで同国のIT人材需要は今後さらに高まる可能性があると指摘。また、インダストリー5.0の促進により、AI、自然言語処理、コンピュータビジョン、プレディクティブアナリティクスを専門とするIT人材の需要も大きくなると予想している。
シンガポールテック人材の意識と雇用側の課題
そんな人材不足の状況が続く同国の労働市場では、数年単位で転職を繰り返す「ジョブホッピング」が一般的だが、IT人材の間では異なるトレンドが観察されている。
それは転職先候補の面接官のIT職に対する理解が乏しい場合が多く、それを理由に面接を辞退し、現在の職を継続するIT人材が増えているというものだ。
Randstadが2021年11月に発表した調査によると、シンガポールで転職活動しているIT人材のうち、転職候補先の人事マネジャーの印象が悪かったため面接を辞退したという割合は41%だったことが判明。また、面接官がIT職に対する理解を持っていなかったため面接を辞退したという回答は39%と低くない値となった。
この傾向は特に若い世代に顕著で、18〜24歳のグループでは、転職候補先の人事マネジャーの印象が悪かったため面接を辞退したという割合は64%に上った。
一方、IT人材のうち専門領域を変更したいと考えている割合は96%と非常に高く、さらにキャリアチェンジできる場合の選択肢としてサイバーセキュリティを選ぶ割合が21%で最多となるなど、スキルギャップの現状を理解し、リスキル・アップスキルに対するモチベーションは低くないことが明らかになっている。
シンガポールではフィンテック分野の投資も加速する見込みがあり、テック人材需要は一層ひっ迫すると見込まれている。同国政府は、SkillsFutureなどの取り組みで国内テック人材の育成を目指すほか、2021年1月に導入したテックパスビザなどで海外トップ人材の受け入れも増やす構えだ。
文:細谷元(Livit)