ウクライナ情勢受け米国・欧州で活発化するエネルギー安全保障議論、高まる水素経済への期待

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活発化する欧米のエネルギー安全保障議論

エネルギーの多くをロシアに依存する欧州では、脱ロシア依存に向けた動きが加速しつつある。

ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長と米バイデン大統領は3月末、ロシアからの天然ガス依存を軽減することを目的とした、エネルギー安全保障タスクフォースを共同で設置することを発表。米国から欧州への液化天然ガス(LNG)供給などについて議論を進める構えだ。

CNBCの報道では、米国政府は今年中に欧州に対し150億立方メートルのLNGを提供する計画で、今後さらに供給量を増やすことも検討しているという。

また米国政府は、2027年までに欧州のロシア依存をなくすことを目標に、LNG供給を調整する計画だ。一方、欧州は2030年までに年間500億立方メートルのLNG需要を満たすことを目標に取り組みを進めるとのこと。

タスクフォースでは短期の目標だけでなく長期的な目標も検討対象となっていることから、欧州の脱ロシア依存の取り組みは長期のものになることが想定される。

Politicoによる欧州統計Eurostatのまとめによると、欧州が2021年にロシアから輸入したエネルギーの支払額で最大となるのは原油で、485億ユーロ(約6兆5547億円)だ。次いで、原油以外の石油が225億ユーロ(約3兆円)、天然ガスが163億ユーロ(約2兆2000億円)、石炭が52億ユーロ(約7000億円)。

このほどウクライナ・ブチャでロシア軍による虐殺行為が報道され、対ロシア制裁も厳格化されると思われたが、この時点においても欧州は、エネルギーに関して石炭の輸入禁止制裁にとどまっている

輸入額からも分かるが、ロシアにとって大きな痛手となるのは、天然ガスや原油の輸入禁止制裁だ。しかし、欧州は代替エネルギー源を確保できるまで、これらの輸入禁止は難しいと考えており、短期での脱ロシア依存は難しい状況だ。

実際、欧州最大の経済国ドイツのクリスチャン・リントナー財務相も、ロシアからの天然ガスや原油の輸入を即時停止したいが、ドイツ国内への経済・社会への影響を考えると、その選択は非常に難しいと発言している

高まる水素経済への期待

欧州と米国は、短期的にLNGにより脱ロシアを進め、エネルギー安全保障を向上させる一方、中長期では次世代エネルギーテクノロジーへの投資を進めエネルギー源の多様化も実現したい考えだ。

影響力が大きな米国シンクタンクの1つ「大西洋評議会(Atalantic Council)」が3月末にドバイで開催した世界エネルギーフォーラムでも、エネルギー安全保障がホットトピックの1つとなった。その中でも注目されたのが水素の可能性だ。

同フォーラムのスピーカーの1人、米国国務省のエネルギートランスフォーメーション担当者アンナ・シュピッツバーグ氏は、上記タスクフォースが欧州へのLNG供給に焦点を当てる一方で、他のエネルギー源にも目を向け、多様化を推進することも重要であると指摘。そのような理由から、米国政府は水素テクノロジー開発に多大な投資を行っていると述べた。

一方、欧州でも数年前から水素経済を実現するための取り組みが始まっている

1つは、2020年3月に発足した「EU Clean Hydrogen Alliances」だ。欧州内の水素バリューチェーンを拡大し、世界市場でのリーダーシップの実現を目標とする取り組みとなる。また、欧州連合は2020年7月に「Hydrogen Strategy(水素戦略)」計画を発表し、2050年までに計1800億ユーロ(約24兆3200億円)から4700億ユーロ(約63兆5200億円)を投じることを明らかにしている。

このほか、ドイツで90億ユーロ(約1兆2163億円)、フランスで70億ユーロ(約9460億円)、スペインで89億ユーロ(約1兆2000億円)などと欧州各国でもコロナ後の経済復興計画の一環として、水素テクノロジー投資案が次々と公開されている。

水素経済普及への課題

CNBCが2022年2月23日に伝えたゴールドマン・サックスによる水素市場予測によると、2050年の市場規模は年間1兆ドル(約123兆円)以上に達する可能性がある。現在の市場規模1250億ドル(約15兆4961億円)から、30年で10倍近く伸びると予想されている。

水素経済の実現に向けて注目されるのは、水素をクリーンな方法で生成する手段・テクノロジーだ。

一般的に水素は、電気分解によって生成されている。現在その発電方法はほとんどが化石燃料を使ったもので、大量の二酸化炭素を排出している。そのため、化石燃料による電力で生成された水素は「グレー水素」などと呼ばれている。

一方、天然ガスを利用しつつ、二酸化炭素貯留技術を活用し生成したものを「ブルー水素」、再生可能エネルギーで生成したものを「グリーン水素」と呼んでいる。各国の政府や企業が注目しているのは、グリーン水素だ。

グリーン水素普及への課題の1つは、生成コストの高さだ。現在、再生可能エネルギーのコストが高く、グリーン水素生成コストはグレー水素に比べ大幅に高い状況となっている。しかし、再生可能エネルギーのコストはこのところ下落傾向にあり、中長期ではグレー水素よりも安くなることが予想されている。

PwCの分析では、現在グレー水素のコストは1キログラムあたり1〜2ユーロ。一方、グリーン水素のコストは、3〜8ユーロとなっている。

しかし2030年には、グリーン水素のコストは50%下落し、その後も2050年頃まで下落を続ける見込みだ。2050年のグリーン水素のコストは、米国、オーストラリア、中東などの地域で、1キログラムあたり1〜1.5ユーロまで下がる見通しという。

文:細谷元(Livit

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