英国のエネルギー安全保障戦略、脱海外依存に向け原子力や風力に焦点
欧州連合でエネルギー安全保障議論が加熱する中、英国でもエネルギーの脱海外依存に向けた動きが加速している。
英国政府はこのほど発表した「英国エネルギー安全保障戦略」の中で、ウクライナ情勢やエネルギー海外依存の現状に触れ、二酸化炭素削減を進めつつ、海外依存を減らしエネルギー独立を目指す手段を説明している。
海外メディアも関心を寄せるこの英国の新エネルギー戦略で注目されるのは、原子力発電、風力、水素、そして原油・ガスだ。
原子力発電については、2050年までに発電能力(設備容量=installed capacity)を現在比(7ギガワット)で3倍以上となる24ギガワットに拡大する計画だ。これが達成されると、総発電能力に占める原子力発電の割合は25%まで高まることになる。既存の原子力発電所を増設するほか、小型モジュール炉など次世代原子力エネルギーの開発にも注力するという。
洋上風力発電を大幅に拡大する計画も盛り込まれている。2030年までの目標値は50ギガワットと以前設置された目標値である40ギガワットを超える数値が新設された。50ギガワットのうち、5ギガワットは、浮体式洋上風力発電によって発電する計画だ。英国政府は、これまでに洋上風力発電に16億ポンド(約2590億円)の投資を行い、3600人以上の雇用を創出。洋上風力発電の発電能力は現在11ギガワットだが、近々これに12ギガワットが追加され23ギガワットとなる見込み。
水素に関しては、低排出水素の生産を拡大する計画だ。特に、再生可能エネルギーによる余剰電力を活用し「グリーン水素」の生産を拡大、2030年までに10ギガワットを目指すという。
脱海外依存には、国産の原油・ガス生産が必須
北海油田を有する英国は、1980〜90年代にかけてエネルギー純輸出国であったが、現在は純輸入国だ。
英国政府の統計によると、同国のエネルギー輸入依存率は、2018年に36%、2019年に35%、2020年に28%と推移。エネルギー自給率11%(依存率89%)の日本と比べると、英国のエネルギー時給率は低くないように見えるが、海外エネルギー市場の価格高騰の影響を受け、英国内の家計は大きな打撃を被っており、政府も無視できない問題となっている。
今回発表された英国エネルギー安全保障戦略では、この価格高騰問題を回避するには、エネルギーの脱海外依存を進める必要があり、短期では国産原油・ガスの生産が必要になると強調されている。
CNBCによると、英国のビジネス・エネルギー産業戦略相クワシ・クワーテング氏は、エネルギーの脱海外依存を達成するには、再生可能エネルギーと原子力発電を拡大させるだけでなく、同時に北海油田における原油・ガスの生産を最大化することが唯一の手段になると発言している。
エネルギー分野での英国のロシア依存は欧州と比較すると小さい。原油に関しては、英国内需要全体のうち、ロシア産が占める割合は8%、天然ガスは4%未満。英国政府は、2022年中にロシアからのエネルギー輸入率をさらに下げる方針だ。
英国の原油輸入先国で最大となるのはノルウェー。英国の原油輸入に占めるノルウェーの割合は、2019年に38%、2020年34%だった。一方、米国からの輸入割合が2019年の26%から2020年には32%に増加している。天然ガスの輸入でもノルウェーが最大の輸入先国で、その割合は55%(2020年)に上る。
エネルギー海外依存を懸念する英国市民、エネルギー代の高騰が家計に直撃
エネルギー海外依存率30%未満の英国だが、エネルギーを海外に依存することに懸念を募らせる国民は非常に多い。
Ipsosが2022年3月10日に英国で実施した意識調査によると、英国がエネルギーを海外に依存している状況を懸念しているという回答割合が83%、またこの依存状況が家計に影響を与える可能性があるとの回答が82%とともに8割を超えたことが明らかとなった。
エネルギー依存を懸念する人が多い理由の1つが、エネルギー代の異常な高騰だ。
BBCが伝えたところでは、英国の一般家庭における2022年の年間エネルギー代は平均1277ポンド(約20万7000円)から1971ポンド(約31万9000円)と693ポンド(約11万2000円)も値上がりする可能性があるという。
世界的にエネルギー市場が混乱する中、日本でも電気・ガス代が月間平均2000円弱ほど値上がりするとの報道がある。年換算では2万4000円。英国での値上がり幅は日本の5倍近い値、エネルギー依存やエネルギー安全保障への関心が必然的に高くなる状況となっている。
英国が2030年までに50ギガワットを目指す洋上風力発電、日本でも注目が高まっている。日本政府は、2040年までに洋上風力発電により原発45基に相当する45ギガワットの発電を目指す方針だ。この政策に関しては、多くの外資企業が参入を狙っていたようだが、公募では三菱商事グループが圧勝。洋上風力発電の世界市場は、年率10%以上で成長し、2026年には568億ドル(約7兆円)に達する成長市場。エネルギー安全保障の文脈でも注目度はさらに高まっていくはずだ。
文:細谷元(Livit)