ウクライナ侵攻で転換期を迎える「中立主義」 スウェーデン・フィンランドの安全保障

TAG:

世界に衝撃を与えているロシアによるウクライナ侵略。この戦争をきっかけとして、欧州では、安全保障に対する各国の姿勢が大きく変わり始めている。

防衛費の大幅な増額の表明が相次いでいることに加え、米国や欧州と連携をしながらも、伝統的には中立国の立場をとってきたスウェーデン、フィンランドでも、自国の安全保障の在り方を再考する議論が活発化しており、NATO(北大西洋条約機構)加盟を望む声が大きくなっているのだ。

国際秩序の根幹を揺るがす行為として、欧米諸国や日本から強い非難を浴びているロシアのウクライナ侵略は、軍事同盟とは一定の距離を置いてきた北欧スウェーデン、フィンランドをどのように変えようとしているのだろうか。

日本とも緊密な連携、集団防衛同盟「NATO」

ウクライナ侵攻に関する報道でよく聞くキーワード「NATO」は、1949年に英米主体の北大西洋条約により誕生した、加盟国への攻撃に共同で対処する集団防衛同盟だ。

冷戦下の東ドイツやソ連といった共産圏への対抗を目的としていた創設時は、英国、米国、カナダ、フランス、ベルギー、オランダ、デンマーク、ノルウェー、ポルトガル、イタリア、ルクセンブルク、アイスランドの北米・欧州12カ国がメンバーだった。

そしてソ連崩壊後、ソ連にかつて占領されていた旧東側諸国の多くが、威嚇や挑発を続けるロシアへの対応として加盟を強く希望した結果、ギリシャ、トルコ、ドイツ、スペイン、チェコ、ハンガリー、ポーランド、エストニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、アルバニア、クロアチア、モンテネグロ、北マケドニアが加わった全30カ国の巨大な軍事同盟となった。

日本は加盟国ではないものの、この4月に行われたNATO外相会合に参加するなど、緊密な連携を取っている。

独自路線をとってきたスウェーデンとフィンランド

北欧デンマークとノルウェーを含む欧州の多くの国が加盟しているNATOだが、スウェーデンとフィンランドは、協調路線をとりながらも、一定の距離を置いてきた。 

スウェーデンは、国のサイズと比較して大規模な軍を持ち、二度の大戦でも原則中立を貫き、戦後も軍事同盟には所属しない方針をとってきた重武装中立国。2010年に一度は廃止した徴兵制を、クリミア併合などのロシアの脅威を受けて2017年に復活させており、国民には男女共に従軍義務があり、軍事産業にも力を入れている。

ストックホルムで行われるウクライナ支援デモ(Photo by Philip Myrtorp on Unsplash

フィンランドも、徴兵制(女性は志願制)をとっており、人口の7割を収容可能な核シェルターを配置するなど、有事への備えを常に意識している国。こちらも、軍事同盟には加盟しておらず「フィンランド化」と呼ばれる独自の中立路線をとってきた。

しかし、このたびのロシアの大規模な侵略戦争は、両国のこれまでの方向性を根底から揺るがし、その変化は、ウクライナへの武器供与、ロシアへの経済制裁への参加という形ですでにあらわれている。

スウェーデンで進むNATO加入の議論

スウェーデン首相は、ウクライナ侵攻初期は、「スウェーデンのNATO加盟は欧州の安全保障をさらに不安定にするもの」として、加盟に否定的な立場をとっていた。

しかし、国民の過半数がNATO加盟に賛成という世論の変化を受け、先日「紛争に巻き込まれないようにするため非同盟主義をとってきたが、安全保障の全体地図が書き換えられるとき、我々は分析を改めて行い、その分析に基づいた決定を下す必要がある」と方針の変更を表明。ナポレオン戦争後、約200年続いた非同盟主義、中立志向の立場を再考することを宣言した。

その背景には、ウクライナがNATO非加盟であるため、侵略されても直接的な軍事支援を受けられていないこと、また、スウェーデンの中立を支えてきた強力な自国軍が、冷戦後に一度解体されており、その再構築は、現在の急激な国際情勢の変化に対応できるほど迅速には行えないということがある。

スウェーデン国内からは慎重意見も

一方で、スウェーデン国内からは、NATO加盟の判断に慎重さを求める意見もある。ロシアと直接国境を接しているわけではなく、さほど侵略のリスクは高くないと思われるなかで、加盟によるロシアへの挑発を避けたいという視点だ。

またロシアが、NATO加盟国であるバルト三国や東欧諸国へと侵略を拡大した場合、欧州・北米とロシアが戦う世界大戦にスウェーデンも巻き込まれることを危惧する人もいる。

さらに、NATOにはトルコや米国など、スウェーデンが協調できない軍事行動をとる可能性のある国が含まれていることへの不安もある。

そのため、EUの相互防衛条項に基づく独自部隊の整備や、英国主導の北欧・バルト三国の連合であるJEF(統合遠征軍)といった​​、NATOとは異なる共同防衛の強化の道を模索すべきという意見もあるようだ。

ロシアと国境を接するフィンランドもNATO加盟を検討

フィンランドはロシアと長い国境線を共有している(Photo by Joakim Honkasalo on Unsplash

ロシアと直接国境を接するフィンランドにも、ウクライナ侵略は、安全保障の方針の抜本的な変化をもたらした。

フィンランドは、かつてソ連による侵略戦争である冬戦争、継続戦争を経験し、なんとか独立を守りきったものの、一部領土を喪失し、多くの犠牲を出した。ソ連が求める国境線変更や軍の駐留等の要求に応じなかったことで、「フィンランドから攻撃を受けた」との一方的な主張に基づく侵略を受けたフィンランドの記憶は、現在のウクライナの状況とも重なる。

その後、独自の中立路線をとってきたフィンランドだが、スウェーデンと同じく、ウクライナ侵攻後、世論が急激に変化しており、NATO加盟への支持が初めて過半数を超えている。

脱ロシア依存へと進められるエネルギー安全保障

同時に進んでいるのが、エネルギー安全保障を再考する議論だ。

ウクライナ侵略で欧州のエネルギー安全保障も変化の時を迎えた(Photo by Nicholas Doherty on Unsplash

ロシアの軍事費は、化石燃料の輸出に大きく依存しているため、ロシア軍に多数の非戦闘員が拷問・殺害された「ブチャの虐殺」を受け、欧州委員会はロシア産石炭の段階的輸入禁止を提案した。

さらに、バルト三国はロシア産天然ガスの輸入停止を宣言、他のEU加盟国にも後に続くよう呼びかけ、EUは2027年までにロシア産エネルギーからの脱却を宣言している。

スウェーデンでは、グリーン電力ベンチャーが躍進しており、国内エネルギー自給率は2015年にはすでに75%、総エネルギー供給量のうち天然ガスはわずか2%、ロシアの原油輸入量は原油輸入量全体の約8%にすぎないという状況。

一方、フィンランドは、これまで原油の約半分・ガスのほとんどをロシアに依存してきていた。

しかし、そんなフィンランドも、ロシアからの海底ガスパイプラインを代替する存在として、隣国エストニアと天然ガス浮体型LNGターミナルの共同レンタルに合意。今年後半には稼働させ、ロシアからのガスの使用を停止する予定だ。原油も大部分を他国からの輸入へと急速にシフトさせている。

欧米諸国ではロシアの侵略戦争の遂行と拡大を阻止せよとの声が高まっている(Photo by Tong Su on Unsplash

急速に変化する世界情勢に対応し、ロシアへのエネルギー依存を脱却、NATO加盟を本格的に検討し始めたスウェーデンとフィンランド。

フィンランド首相は6月24日の夏至祭(北欧の伝統的な行事)までに結論を出すとし、スウェーデンもそんなフィンランドに歩調を合わせている。6月のNATO首脳会議で決定がなされるだろうという予想もある。

懸念事項は、加盟申請の受け入れから正式な加盟までの期間における両国の安全確保だ。

フィンランドは、すでに先日、ロシアによる領空侵犯を受け、攻撃元は特定されていないものの、国防省と外務省にサイバー攻撃を受けている。

いずれにしても、ウクライナ侵攻は、強力な軍をもつ北欧二カ国とNATOとの距離をこれまでになく近づけるという、ロシアにとっては皮肉な効果をもたらしている。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit

モバイルバージョンを終了