「大退職時代」人材市場の大きな変化、日本の変化予想
北米や欧州の人材市場では、「大退職(Great Resignation)」というトレンドが起こっている。このことは日本でも多くのメディアが伝えており、広く知られるようになっている。
「大退職」または「大退職時代」とも呼ばれるこのトレンドの発祥は米国だ。2021年初め、米国ではワクチン接種率の増加や経済回復を受け、退職・転職者が増え始めた。これに伴い、4月の退職者数は400万人と過去最高を記録、同月の求人数も930万件と過去最多を記録している。その後も退職者数は高い水準が維持されている。
大退職の要因に関して様々な分析がなされている。きっかけは、パンデミックによる環境変化とそれに伴う意識変化といわれている。コロナ禍により、多くの人々は、キャリア、労働環境、長期目標などを熟慮するようになった。その結果、より良い環境を求め転職する人が増えたという。
アドビが2021年8月に発表した調査では、大退職トレンドをけん引しているのは、Z世代であることが示唆された。同調査では、Z世代の半数以上が1年以内の転職を計画していると回答。その理由として、現在の仕事やワーク・ライフバランスに対する満足度が他の年齢層に比べ低いことが挙げられている。
一方、ハーバード・ビジネス・レビューに寄稿された論文(2021年9月)では、実際に転職した事例を見ると30〜45歳のミッドキャリア層が多いことが明らかとなった。この年齢層における退職率は、2020〜2021年にかけて20%増加したという。
一方、20〜25歳の層では、退職率は若干低下。金銭的に不安定であることやエントリーレベルの求人需要が減少したことなどが理由と考えられる。また、60〜70歳層でも退職率は低下している。このほか25〜30歳、また45歳以上でも退職率は増加したものの、30〜45歳層ほどの増加は確認されなかった。
30〜45歳のミッドキャリア人材の退職が他の層に比べ多いのは、リモートワークが関係しているという。
リモートワークでは、エントリーレベルの人材に細かなトレーニングを提供することができないため、生産性を高めることが難しくなる。一方、ミッドキャリア人材は、そのようなトレーニングを必要とせず、ワークフローを構築できるため需要が顕著に伸びたというのだ。
米国だけでなく、世界的に広がるこの大退職トレンド。日本でも起こるのではないかとの予想もされている。
第一生命経済研究所のまとめによると、日本における実際の転職者数は減少傾向にあるものの、転職希望者の数が増加しており、経済回復によって転職市場の市況が改善すれば、欧米ほどではないものの、退職・転職者が増える可能性があるという。
日本の転職希望者数は、2019年に800万人、2020年に819万人、2021年前半だけで841万人と増加を続けている。
悪化するスキルギャップ問題、2022年に求められるコアスキルとは
欧米ではこの大退職トレンドの中、雇用者が人材に求めるスキルも変化している。
米国の人材市場調査会社Monster Intelligenceの2022年最新調査で、欧米人材市場の最新動向があぶり出されている。
同調査は2021年8〜9月にかけて、リクルーターやHR部門責任者など3000人以上、また各国800〜2000人の人材を対象に実施されたもの。国別のウェイトは、米国が13%、カナダが13%、英国が13%、スウェーデンが10%、イタリア13%、フランス14%、オランダ10%、ドイツ10%。
この調査で、欧米人材市場では依然「スキルギャップ」が課題であることが判明。スキルギャップに悩む企業の割合は、2020年の87%から2021年には91%と4ポイント上昇しており、スキルギャップ問題の悪化が示唆される結果となった。
具体的にどのようなスキルにギャップが生まれているのか。
ハード面のスキルギャップ・トップ3は、1位「ITスキル」、2位「戦略プランニング」、そして「オペレーション」と「コンピュータースキル」が同率3位となった。
2022年に求められるカギとなるソフトスキル
一方、ソフト面のスキルギャップは「コミュニケーション」「問題解決能力」「自立・信頼性(Dependability)」の3つがランクイン。
特に後者のソフトスキルは、コロナ禍のリモート/ハイブリッドワーク文脈で重要度が増しており、上記Monster Intelligenceのキャリア専門家らも、それらが2022年の人材市場で最も重要なスキルであると指摘している。
まず「コミュニケーション」について。
多くの人々が、リモートワークやハイブリッドワークに移行したことで、それぞれが異なる場所で働くようになった。この状況下で、プロジェクトをスムーズに進捗させるには、チームメンバーの認識を常にアップデートし、またモチベーションを維持させる必要がある。適切なコミュニケーションスキルがなければ、チームはばらばらとなり、高い生産性を達成するのは困難だ。
このほか、ミーティング内で詳細な質問ができるか、同僚やチームメンバーにフィードバックを適切に与えることができるかなども効果的なコミュニケーションスキルとして評価されるという。
「問題解決能力」もリモート/ハイブリッドワークの文脈で重要なスキルとなる。
リモートワークやハイブリッドワークでは、オフィスワークでは存在しなかった問題が多数発生する。オンラインでの顧客との折衝、デジタルツールの不備、プロジェクトの遅延などさまざま考えられるだろう。企業は、クリティカルに考え、クリエイティブな方法を編み出し、問題を乗り切れる人材を求めている。
「自立・信頼性(Dependability)」は、上記ハーバード・ビジネス・レビューの論文で明らかとなった状況とも合致するスキルだ。
Monster Intelligenceのキャリア専門家らがカギとなるスキルだと指摘する「自立・信頼性(Dependability)」。これは、プロジェクトを自立的に遂行させる能力であり、また締切を守る、顧客や上司からのリクエストを適宜処理するなどを含むスキルだ。
ハーバード・ビジネス・レビューの論文が指摘するところでもあるが、リモートワークでは、十分なトレーニングやディレクションを与えることが難しくなる。この状況を鑑みると、自立的に考え行動できる人材が求められるのは想像に難くない。エントリーレベルではなく、ミッドキャリア人材の需要が高くなる理由といえる。
2022年、米国では退職して新たな転職先をみつけた人材が増えており、大退職トレンドの勢いは2021年に比べ低下するとみられている。変化の激しい人材市場、この先のスキルトレンドの変化に注視が必要だ。
文:細谷元(Livit)