「メタバース広告」の可能性と危険性。没入感が消費者と企業にもたらすインパクト

今後10年でメタバース(仮想共有空間)は全世界でユーザー10億人、1兆ドル(約115兆円)を超える収益を生み出す市場になると、米大手暗号資産投資会社のGrayscale(グレイスケール)は予測している。

広告、デジタルイベント、Eコマースなどメタバースで想定される収益機会の中でも、最も参入障壁が低いのが広告領域と考えられ、メタバース上で新たなブランディング戦略を仕掛ける企業が次々に現れている。

一方でバーチャル世界での広告のあり方には、現実世界とは異なるリスクも顕在化しつつあり、メタバース広告への規制整備を求める声も出始めている。

メタバース上の広告とはどのような位置づけになるか?

メタバース上での広告機会というものをどのように捉えるかは、大きく2通りに分けられる。

1. 既存の広告と並ぶ新たなチャネルが一つ増えるという捉え方

1つ目は純粋にこれまでのモバイルアプリやグーグルのバナー広告、ソーシャルメディア上でのスポンサードコンテンツなどと並び、もう一つ広告チャネルが増えるという考え方だ。

メタバース上の広告は、「持続的」「3D」「バーチャルスペース」といった特徴を持つ広告チャネルとして捉えられる。そして、他の広告チャネルと同様、メタバース広告に最適化した独自のフォーマットや攻略法が編み出され、日々ブラッシュアップされていくだろう。

VR領域でのデジタル広告のプログラミング規格をメタバースにも適用するとすれば、顧客データに基づいたターゲット広告のメカニズムがすでに存在することになる。VR領域からデジタル広告のテクノロジーを横展開するイメージが描きやすいというのが、メタバースにおいて広告領域の参入障壁が低いとされる理由のひとつでもある。

2. ストーリーテリングが可能な新たなメディアとしての捉え方

2つ目は、メタバース上の広告をストーリーテリングの新たなメディアとして捉えるという見方だ。

これまでのグーグルやフェイスブック、リンクトインなどでの単純なポップアップ広告など比較し、メタバース上ではブランドや商品の世界観やストーリーを、圧倒的な没入感と共にユーザーに届けることが可能になる。

とは言え、これ自体は決して真新しいコンセプトというわけではない。VRヘッドセットが普及して以降、多くのブランドが360度カメラを使ったキャンペーンを実施してきた。

例えば、グッチの2017年秋のプレコレクションのキャンペーンでは、視聴者を「60年代のダンスホール」に誘うというコンセプトで、360度カメラを使ったVR映像が発表されている。

360度カメラを使用した2017年のグッチのキャンペーン映像

既存のチャネルから発展させたメタバースでの5つの広告イメージ

では、メタバース上では具体的にどのような広告が考えられるのか。XR Todayで言及されている、既存の広告から発展させたいくつかのイメージプランを見てみよう。

1. メタバース内の広告スペースにカスタマイズ広告を表示

メタバース内の「不動産」をデジタル広告の掲示スポットと捉え、そこにユーザーごとにカスタマイズされた広告を表示させるという方法。現在スマホアプリなどに差し込まれるカスタマイズ広告と同様の仕組みのため、デザインや挿入に技術的な障壁はないと考えられる。

例えば、メタバース内の共有ワークスペースで作業をしていて、ふと(メタバース内で)窓の外を見ると、そこにある広告スペースに、自分のお気に入りの菓子ブランドの広告が表示されるというようなイメージだ。

2. ソーシャルスペース上でのスポンサードコンテンツへの遭遇

現在のソーシャルメディアのフィードのような、オーガニック/スポンサード広告の入り混じった企業のPR活動が、メタバース内でも起こると想定される。

ユーザーはソーシャルメディアへログインし、家族や友人・仕事仲間たちとやり取りする。そのインタラクションの過程で、ターゲット広告に遭遇するような設計がなされ、広告主の元へ誘導される。

現在ソーシャルメディアのフィード上で起きていることが、メタバース内ではユーザーを具現化した存在である3Dアバターの行動として再現されるイメージだ。

ユーザーがメタバース内を歩き回ったり仲間とやり取りをしている最中に、スポンサードコンテンツに遭遇する。複数のインタラクションが入り混じるメタバース内では、1人で広告を見るだけでなく、複数人で一緒に広告体験をすることもあり得るだろう。

3. VRゲーム内でのプロダクト・リプレイスメント

プロダクト・リプレイスメントとは、映画などの小道具として目立つように商品を配置することで、商品の露出を高める広告手法。メタバース用のVRゲームが次々に開発される中で、プロダクト・リプレイスメントを用いたデジタル広告が増加するのも必然だ。

すでにこの広告戦略はARゲームの大成功例である「ポケモンGO」でも採用されていて、スポンサードロケーションへユーザーが誘導されやすい設計となっている。

4. 没入感のあるネイティブ広告体験と3Dショップ化

メタバースの特徴のひとつである没入感を広告領域でも活用すれば、ネイティブ広告の「溶け込み度」は極めて高いものになる。

ユーザーはメタバース内でブランドの世界観やストーリーを体感し、商品の検討や体験、購入までの一連をメタバース上で完結させることが可能になる。いわばメタバース内にブランドの3Dショップができるイメージだ。

例えば、オンラインゲームプラットフォーム「Roblox(ロブロックス)」上にナイキが開設したメタバース空間「NIKELAND」では、オリジナルゲームを自作・体験できるだけでなく、デジタルショールームにはナイキのシューズやスポーツウェア、アクセサリーなどがそろう。

これらのアイテムを購入して自身の3Dアバターに着用させると、アイテムに応じてアバターの身体能力がアップする仕掛けになっている。

様々なナイキのアイテムを身に着けたNIKELANDのアバターたち(出典:Nike

5. デジタルヒューマンのインフルエンサーが商品をPR

メタバースの広告領域において、AI搭載の3D人型ロボット、いわゆるデジタルヒューマンの存在感も増すと考えられる。

これまで企業は特定のモデルやインフルエンサーを起用し、広告活動を行ってきた。しかしモデルやインフルエンサーが生身の人間である以上、完璧な存在であるはずがなく、広告主にとって好ましくない特徴や言動も当然生じる。

それに対し、メタバース内のデジタルヒューマンならば、すべて広告主の意向に沿う形で設計し、AIによる自動学習を組み込むことも可能だ。

将来的には、これまでのインフルエンサーマーケティングで蓄積したデータに基づいて、ブランド独自のインフルエンサーをデジタルヒューマンとしてデザインし、活動させる可能性もある。

メタバース内の広告主が直面する課題とは?

メタバースにおける広告は、技術的にはVR広告の延長線上で捉えることが可能だ。

しかし、これまでにないスケールでの没入感とインタラクションの発生、そしてはるかに長い時間ユーザーと接するポテンシャルを持つという点で、既存の広告とは異なる課題や懸念が生じることも予想されている。

1. 広告の過剰表示や競合が激化する可能性

すでにデジタル世界では、絶え間なく流れるポップアップ広告や、一見広告と認識しづらいスポンサードコンテンツが溢れかえっている。メタバース内ではその傾向が大幅に加速すると考えられ、広告過剰の状態がユーザーにネガティブに受け止められる可能性がある。

また、メタバースは非中央集権的な仮想共有世界という構造のため、広告主が広告スペースを完全にコントロールすることはできなくなる。そのため、2つの競合する企業の広告が同じスペースに表示されるといったことも生じると考えられ、これまでとは異なる広告運用を求められる可能性がある。

2. メタバース内で現実世界と同様の顧客体験をさせられるか

メタバース内では、ユーザーの行動をすべてデータとして取得することが可能なため、高度にカスタマイズされた広告が表示されるようになると想定される。しかし、もし広告主側が現実世界と同様の顧客体験を提供できなければ、ブランドやプロダクトへのロイヤリティが下がるリスクもはらんでいる。

また、メタバース内において広告主はユーザーの視覚的なアイデンティティを3Dアバターの姿で認識することになる。しかし、それは現実世界でのユーザーの姿と完全に一致しているわけではない。そうであれば、広告主側がメタバース内でのユーザーの「見た目」に基づいてターゲット広告を打つことは意味を持つのだろうか?

メタバース内では広告主による消費者の操作が行き過ぎる危険性

米AIベンチャーのUnanimous AIのCEOであるルイス・ローゼンバーグCEOは、Venturebeatにおいて、メタバース内の広告が暴走する危険性を指摘し、消費者を守るためには積極的な法規制が必要であると主張している。

1. メタバースのインフラを提供する企業に必要以上のデータが吸い上げられる

まず一つ目の危険性は、かぎられた巨大テック企業に必要以上のユーザー情報が吸い上げられ集約されてしまうという点。メタバースは非中央集権的な仮想共有空間ではあるものの、その世界に没入するにはVRヘッドセットなどの機器やソフトウェアが必要になる。

これらの製品を手掛ける企業は、ユーザーがメタバース内でどこに行き、なにを見て、なにをしたのか、その際の表情や声、呼吸・体温・脈拍などの生理的情報に至るまで、すべてのデータを追跡することが可能だ。

その詳細なデータを広告主に販売すれば、広告主はこれまでとは比べ物にならないほど精巧なターゲティング広告を打ち、消費者を誘導することが可能になる。

ローゼンバーグ氏は、企業がメタバース内でのユーザー情報をトラッキングするのであれば、その通知を義務づけたり、収集したデータの利用方法や保存期間などへの規制が必要であると主張する。

2. メタバース内で広告と気づかないまま消費者がコントロールされる

どれが純粋なコンテンツでどれが広告なのか判別しにくいという状況は、すでに現実世界でも多数生じている。この傾向は、すべてがデジタルな仮想物であるメタバース内ではさらに増幅すると考えられ、ユーザーは広告という認識がまったくないまま、コンテンツを受容しコントロールされてしまうリスクも格段に高まることが推測される。

前出のローゼンバーグ氏はTechcrunchへの寄稿で、「メタバース内で友達だと認識していたものが、実は全部広告だった」というホラーな状況が現実味を帯びつつあることに警鐘を鳴らしている。

メタバース内ではすべてのユーザーが3Dアバターのような姿で動き回り会話をしているため、それが他のユーザーなのか、それともAIによって制御された実体のないデジタルヒューマンなのか、もはや見分けがつかなくなる。

上述の「広告主によって作られた完璧なインフルエンサー」の例もそうだが、自分が会話しているのが擬人化されたターゲット広告とは見抜けないまま、それによって影響を受けてしまう危険性があるのだ。

例えば、アバターの姿をした広告は、AIアルゴリズムでユーザーの表情や声のトーン、行動や思考に至るまで様々なデータを解析し、ターゲットにとって最適な「相手」に成りすますことが可能になる。自動応答のチャットボットではなく、身近な友人や親切なアドバイザーのような距離感で、ユーザーを広告主の商品やサービスに誘導することができてしまうのだ。

このように、メタバース広告には大きな可能性とビジネスチャンスがある一方で、適切に規制しなければ人間の思考や行動をコントロールするような暴走につながるリスクも見えてきている。GAFAMも本格始動し、ますます盛り上がることが確実なメタバース市場において、広告領域がどのような動きを見せるのか注視したい。

文:平島聡子
編集:岡徳之(Livit

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