欧州、ゴールデンパスポート廃止へ

ロシアによるウクライナ侵攻を受け、対ロシア制裁の動きが加速している。

これに呼応して、欧州やカリブ諸国では、ロシア富豪らのパスポート複数所有を可能にする「ゴールデンパスポート/ビザ」制度の規制強化の動きも広がりを見せている。

世界各国の富裕層を対象にするゴールデンパスポートは、200億ドル(約2兆4208億円)以上の市場といわれるが、各国での見直しの動きにより、今後の見通しは不透明になりつつある

欧州議会ではこのほど、EU諸国におけるゴールデンパスポート/ビザ制度の段階的廃止案を可決。賛成595人、反対12人、棄権74人と、圧倒的多数での可決となった。

この廃止案には、2025年までにEU諸国におけるゴールデンパスポート/ビザ制度を完全に廃止することに加え、申請者の身元確認強化の即時施行案が含まれている。

ただし、この可決案には法的拘束力はない。欧州委員会が詳細案を策定し、その後EU各国の議会での可決が必須になるという。

欧州ドイツメディアDWによると、ベルギーの欧州議会議員サスキア・ブリクモン氏は「ゴールデンパスポート/ビザ制度は、脱税、汚職、資金洗浄などのリスクを内包するもの」と指摘。また「オリガルヒ、犯罪者、汚職政治家などが同制度を悪用し、欧州での資金洗浄に加え、そのイメージやアイデンティティを洗浄することを可能にしている」と批判している。

EU諸国は、同制度を通じて2019年までの8年間、世界各国の富裕層から約200億ユーロ(約2兆6729億円)の投資を得たという。

EU諸国の中で現在最もゴールデンパスポート/ビザ制度の恩恵を受けているのは、マルタ、キプロス、ブルガリアの3カ国といわれている。

マルタのゴールデンパスポート制度に関しては、2021年4月に内部告発者によるリーク情報が発信され、その問題の深刻さが公にされたところ。

このリーク情報によると、マルタは約91万ユーロ(約1億2000万円)相当の投資と引き換えに、ロシア、中国、サウジアラビア国籍の者に、ゴールデンパスポートを発行していたことが発覚。マルタは2018年度、ゴールデンパスポート制度によって、4億3200万ユーロ(約577億円)を得たとも報じられている。特に、2014年のクリミア危機に伴う対ロシア制裁を受け、ロシア人によるゴールデンパスポート申請が増えたという。

この時点で欧州委員会は、ゴールデンパスポート制度の運用自体は認めていたが、パスポートを持つ者は欧州に深いつながりのある人物に限定されるべきとの立場をとっており、その方針に反する現状が露呈した形となった。

今回のEUによるゴールデンパスポート廃止の動きは、今後の資金洗浄や脱税、汚職を減らすことにつながると期待される一方、多くの専門家らは、すでに発行されたゴールデンパスポートに関する対策がないと警告している。

英国や米国でも規制強化

EU以外でも、ゴールデンパスポート/ビザ制度を見直す動きが活発化している。

英国では、通称ゴールデンビザと呼ばれる富裕層向けの「tier1 investor visa」制度の廃止計画が進行中だ。

200万ポンド(約3億2000万円)以上の投資を行った者に、英国での在住許可を与える同制度。2008年に導入された制度だが、資金洗浄など様々な問題を抱えるとして批判の的になってきた。

英ガーディアンが伝えた汚職問題を専門とする監視団体Spotlightの調査によると、これまでに同国で発行された全ゴールデンビザの半数に相当する6312件に関して、国家安全保障リスクにつながる可能性があるという。

CNBCによると、2020年3月時点で、同制度のもとロシア国籍の人物に発行されたゴールデンビザは、2581件に上る。

また、Investment Migration Insiderの分析によると、2008〜2021年のゴールデンビザ取得者の国別割合は、中国が33%、ロシアが18%、その他が18%、米国が6%、香港が5%と、中国とロシアの割合が特段高いことが明らかになっている。

一方、米国でも投資家に永住権を与える「EB−5ビザ」プログラムの改定が進められている。CNBCによると、申請条件となる投資額の増加や申請者に対するスクリーニングの強化が実施される見込みだ。

カリブ諸国もロシアとベラルーシからの申請受付停止

欧州に比べ低いコストでゴールデンパスポート/ビザを取得できるカリブ諸国でも、ロシアやベラルーシ向けの新規発行を停止する動きが相次いでいる。

口火を切ったのはドミニカ国だ。ドミニカは3月4日、現在処理中のものを含めロシアとベラルーシからのゴールデンパスポート申請受付をすべて即時停止することを発表

また同日には、アンティグア・バーブーダもロシアとベラルーシからの申請受付を一時停止することを明らかにした。さらに3月8日にはセントクリストファー・ネービスが、3月10日にはグレナダが、3月18日セントルシアがそれぞれロシアとベラルーシからの申請受付停止を発表している

欧州、米国、カリブ諸国のほか、ニュージーランド、マレーシア、タイ、オーストラリアなど世界各地に同様のプログラムが存在する。今回の動きがどこまで波及するのか注目されるところだ。

文:細谷元(Livit