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SDGsの浸透とともに、大学をはじめとした教育機関でも社会貢献活動が進められている。企業とは異なる発想で取り組まれる各大学の活動は、未来を変える大きな原動力になりつつある。中でも異彩を放つのが龍谷大学だ。キーワードは「仏教SDGs」。その「仏教SDGs」の一環として、仏教のマインドからソーシャルビジネスを支援し、社会課題解決に向けた多くのプロジェクトを立ち上げ、事業化しているのだ。
企業と大学、そして次世代を担う学生は、どのように連携し、社会課題にアプローチしているのだろうか。新たな視点を探るべく、龍谷大学学長 入澤崇氏と社会起業家支援で活躍する株式会社taliki 代表取締役CEO 中村多伽氏が、対談を行った。
社会貢献のあるべき姿と、“仏教SDGs”の可能性
江戸時代、京都・西本願寺境内に設けられた学寮から出発し、約380年の歴史を持つ龍谷大学。浄土真宗を建学の精神に据える同学は、全学を挙げてSDGsの達成に向けた「仏教SDGs」に取り組んでいる。
「SDGsの理念には、仏教の思想に通じるものがある」と入澤氏は語る。
入澤氏「SDGsが始動して間もない2017年、国連広報局のマーヘル・ナセル氏に本学で講演していただきました。その際に私は、“誰一人取り残さない”というSDGsの理念に着目し、“全ての者をおさめとって見捨てない”という仏教の “摂取不捨”という考えに通じていることから、龍谷大学こそ積極的にSDGsに取り組むべきだと感じたのです」
こうして始まった仏教SDGsは、研究成果の社会的な発信や企業・財団との連携を通じ、同学のリソースを社会に還元するものだ。
その取り組みの一つに、大学内での社会起業家育成がある。活動の担い手は主に学生で、障がい者支援、フードロス、ジェンダー平等など、多岐にわたるテーマでプロジェクトが立ち上げられてきた。実際に起業・事業化されているケースもあり、卒業後も持続される活動も多いという。起点となるのは、現役大学生のビジネスアイデア。それを実装していくことで、大学側も広く社会に貢献している。
入澤氏「支援の一つに、身近なところから社会問題を見つめ、ビジネスの手法で解決に挑む『社会起業家育成プログラム』があります。発表されたアイデアの一つ、『生理に関する正しい情報発信』は生理に関して信頼のおける情報を見つけることが困難であるため、正しい知識を得るための情報発信サイトを作りたいというものでした。
その一方で、社会問題の解決を目指す教職員有志の活動で取り上げたテーマが『生理の貧困』だったこともあり、大学側は教職員によるワーキンググループを構成し、キャンパス内の女子トイレで生理用品を無償で利用できる施策を推進。生理用ナプキンの無料提供を目指すソーシャルベンチャー企業との協働により実現しました」
まずはキャンパスからジェンダー平等を推進し、変化を学外に波及させていく。このような取り組みこそが仏教SDGsにおける社会起業家育成のモデルケースなのだろう。同じく京都で、社会起業家の支援に従事するのが、株式会社talikiだ。事業開発や投資、大企業との連携などにより、多くのソーシャルベンチャーをバックアップする同社のビジョンは、「命を落とす人、死ぬより辛い人の絶対数を減らす仕組みをつくる」こと。中村氏にとっても、SDGsは他人事ではない。
中村氏「SDGsの素晴らしいところは、17の目標に対するアプローチが明文化されていることです。これにより、地球市民全体の行動にベンチマークができたのだと思います。一方、私たちが支援する社会起業家の多くは、自ら“SDGsに取り組んでいる”と言いません。スタートアップは活動範囲が限定されるため、ミクロな課題に取り組んでいるからでしょう。しかし、対象を絞るからこそ、一つ一つの課題に対する解像度が高まります。目の前の小さな課題が着実に解決されていけば、結果としてSDGsの目標達成にも近づくはずです。だから私は、身近な問題に学生さんがアプローチする仏教SDGsに、可能性を感じます」
一人ひとりの思考と行動が、人類全体の課題解決に寄与する。そのためには産業や教育、地域は、どのようにアプローチすべきなのだろうか。未来を見据える両氏の対談から、社会貢献のあるべき姿を掘り下げていこう。
社会貢献を支える「ソーシャルビジネス×学生」の可能性
起業家育成に注力し、多くのプロジェクトの事業化を実現してきた龍谷大学。しかし、なぜ大学が、ビジネスの領域に踏み込むのだろうか。
入澤氏「今日、地球上で起きている問題のほとんどは、経済成長を前提とした市場での利益原理の帰結です。この点から目を背けては、SDGsなど達成されるはずがありません。仏教SDGsを推進する際には、“ビジネスのあり方”そのものを変えていく必要があると考えました。ここで私たちが注目したのが、仏教徒の多かった近江商人の『三方よし』です。『売り手よし、買い手よし、世間よし』のうち、『世間よし』の発想は仏教に由来し、現代のソーシャルビジネスに当たります。経済構造を変えるためにはソーシャルビジネスが最適だと判断し、支援を進めてきました」
中村氏「多くの若者が当事者意識を持って取り組んでいることも昨今のソーシャルビジネスの特徴と言えると思っています。環境をはじめさまざまな問題は、自分たちの世代が不利益を被るものだからでしょう。日本においては、“失われた20年”に市場競争の恩恵を受けなかった世代が、他者とつながる幸福感を求めて、社会貢献という手段を選択するケースも多いです。大学生と社会貢献は、これらの点において親和性が高いのではないでしょうか」
入澤氏「龍谷大学は、ソーシャルビジネスを推進するための『ユヌスソーシャルビジネスリサーチセンター(YSBRC)』を2019年に設立しました。『社会起業家育成プログラム』やプレゼンコンテストの実施、地域連携活動に取り組む学生へのマッチングや金融機関との連携に取り組んでいます。また、京都信用金庫など3金庫と提携し、社会課題解決に取り組む企業を認証する『ソーシャル企業認証制度』を創設。地元のソーシャルベンチャーを支援しています」
中村氏「支援制度に加え、多くの起業家を輩出している“龍谷大学”という看板の力も大きいと思います。例えば、ゼミで社会貢献活動をする学生さんを、企業が前向きにバックアップするといったケースが、龍谷大学ではよく見られるんですね。若い世代が活発に行動し、プロジェクトが実現することで、ソーシャルベンチャーを志す人財も集まってくる。こうした好循環が生まれているのではないでしょうか」
入澤氏「背景には、社会が若い世代の発想力を求めていることもあるのだと思います。龍谷大学から出発した『株式会社RE-SOCIAL』は、地域循環共生圏の構築を目指し、京都の笠置町でジビエブランドを立ち上げたソーシャルベンチャーです。農家の獣害被害が多発していた同町では、シカやイノシシが駆除され、大量に廃棄されていました。この問題に目を向けた学生により、RE-SOCIALは立ち上がっています。大人たちが見て見ぬふりをしてきた問題にアプローチし、ビジネスの力で解決したことは、ゼロから物事を考えられる若い世代だから可能だったのでしょう」
中村氏「RE-SOCIALのメンバーは、talikiが運営するメディアで掲載したことがきっかけで、何度かお話ししたことがあります。狩猟から加工処理、販売までを全て手掛ける彼らのたくましい姿に、感動してしまいました」
入澤氏「彼らも起業当時は、住民や地元企業の批判に悩んだそうです。しかし、活動を地道に継続していくうちに、周囲の人からの賛同を得ていきました。新しいことをやろうとすると、必ず反発が生じます。しかし人間関係のしがらみも、若者の実直で柔軟な姿勢があれば、乗り越えることができるのです。キャンパスの外に出て、社会の中で活動することで、新しいソーシャルビジネスが生まれていくのだと確信しました」
未来世代を育成するために、必要なのは“対話”
社会貢献活動を通じて成長する若者たちは、やがて地球の未来を担う重要な世代となる。龍谷大学は教育機関として、どのように人財を育成していくのだろうか。
入澤氏「現代の社会問題については、教育界にも原因があると、私は考えています。これまでの大学生は、受験勉強から解放され、在学中は好きなことにのめり込み、社会や人類ということを意識しないまま、就職をすることが多かった。“社会性”がないまま企業の論理にはまってしまうので、SDGsや社会問題はどうしても後回しになってしまいます。すると結果として、社会の“劣化”につながります」
中村氏「社会課題と市場原理は、どうしても逆行することが多いため、先にビジネスのルールに慣れてしまうと焦点がぼやけてしまいがちです。だからこそ、若いうちから社会貢献に取り組むことで社会課題とビジネスの接点を考えやすくなるでしょう。talikiを創業したのも、“ビジネスという手段で社会課題解決に取り組む若者を応援したい”という思いがあったからでした」
入澤氏「龍谷大学が目指す教育は、“大学を卒業して社会人になる”のではなく、“大学生自身が社会の一員となる”ことです。他者との関係性を重んじて行動をする。そのように意識を変えていくことで、実在する問題を解決できる人財が育つものと考えています。
しかし、日本の教育界には“大学は専門教育を施す場所”というイメージが残っており、学生が社会で課題解決に取り組むという感覚は、まだまだ浸透していません。むしろ、抵抗する人がいるほどです」
中村氏「課題に対して真摯に向き合う大学生よりも、それを適切に配置できない大人たちの責任の方が大きいですね。新しいことをする際に反対勢力は付き物ですが、壁や圧力によって若い芽を摘むことは、あってはならないと思います」
入澤氏「たしかに、若者が“壁”にぶつかるのは当たり前のことなのでしょう。それを“糧となる”と捉えることが、成長につながるのも事実です。しかし、社会貢献活動でより重要になるのは、“対話”なのだと思います。人類の歴史をひもといても、戦争が起こる前は必ず対話や交流が欠落していました。“壁”に相当する相手と交流し、信頼関係を築く。この能力を身に付けた人財が、将来社会の担い手になった時、サステナビリティや世界平和に貢献するのだと信じています」
中村氏「課題解決の本質が対話であることは同感です。特にイデオロギーの対立が生じるケースにおいては重要になるでしょう。“脱成長”は代表例ではないでしょうか。経済成長に対して脱成長という対立概念を持ち込んでも、真の解決策は生まれません。そうではなく、『経済成長をするとどのような問題が生じるか』『脱成長では何が困るのか』を、対話によってみんなが共有すべきです。対立構造ではなく、おのおのが思考をアップデートすることが求められているのではないでしょうか」
入澤氏「その通りですね。教育においてはまず、対話によるアップデートが生まれる環境づくりが大切です。龍谷大学では深草キャンパスに、障がいのある学生と健常者の学生が共同で運営する『カフェ樹林』という施設を設けています。ここでの交流からは、『株式会社 革靴をはいた猫』という、障がいのあるスタッフが靴磨きサービスを提供するソーシャルベンチャーが生まれ、現在は実店舗のオープンに至っています。
この事例で注目すべきは、障がいのある学生にとって最も障壁となる、雇用・就業という問題を解決したことです。組織というのは、弱い立場にある人や困難を抱える人を中心に置くことが重要なのかもしれません。人間は強い方へと向かいやすい生き物ですが、一人ひとりは結局、悩みや苦しみを抱えています。弱者の視点で世界を見ることで、物事の見方が大きく変わるのでしょう。こうした発想を、大学生が先駆的に取り組んでいることは、非常に意義のあることだと思います」
「個」から「社会」へ。社会課題を解決するためのマインド
SDGsを達成するのは社会起業家だけではない。教育や地域、企業が一体となることが必要だ。未来に向け、社会を構成する一人ひとりは、どのようにマインドをアップデートしていくべきなのだろうか。
中村氏「talikiでは20〜30代の会社員の方を対象に、社会課題解決に対する支援プログラムを運営しています。マクロな問題を解決するためには、社会起業家だけでなく、大企業の皆さんの力も必要だと考えたからです。プログラムでは、よく参加者から“人を巻き込めない”という声を聞きます。課題をしっかりと捉え、適切な手段を講じていても、実際の活動には多数のステークホルダーを説得できる力が必要です。龍谷大学の学生が学外に出ているように、まずは会社員も企業の外に出るべきではないでしょうか。社会起業家や学生、弱い立場にいる人などと交流することで、変革を起こす原動力が身に付くのだと思います」
入澤氏「京都は、異なる人や組織が交流しやすい地域ですね。程よい面積という地理的要因に加え、文化に対する感度が高い。連携によって新しいことに取り組む気風が、歴史的に根付いているのでしょう」
中村氏「地域や企業、大学が連携することで、セーフティーネットが生まれます。すると社会起業家や若者が活動を持続しやすくなるため、課題解決という目標も達成されやすくなります。サステナブルな京都の地域モデルを、日本中に発信していきたいですね」
入澤氏「次の時代、日本に求められているのは、“個”から“社会”へのシフトなのでしょう。“会社を大きくしたい” “利益を上げたい”といった自分の欲求がかなうのを、幸福だと感じてしまうのが人間の性です。しかし、環境破壊や貧困、飢餓、紛争に至る現象、SDGsがターゲットとする地球規模の問題は、必ず根底に人間の“欲望”が存在します。この人間が持つ欲望を、今後どこへ振り向けていくか。それは他者の安寧であるべきです。一人ひとりが自分だけでなく、社会全体の利益を考えるようになって、初めて未来は変わっていきます。そして“まごころ”を持って目の前の問題にアプローチしていけば、SDGsそのものを意識せずとも、世の中は良い方へと向かうはずなのです」
「自省利他」の行動哲学を掲げ、多くのアクションを実現してきた龍谷大学。仏教SDGsから私たちが学ぶべきことは、マインドセットの重要性であった。SDGsに代表される、難解な問題に挑む時こそ、思考の原点に立ち返る。そして他者との対話を通じて、自分自身をアップデートさせることが求められるのだろう。未来を大きく動かすのは、こうしたささいな気付きなのかもしれない。
※龍谷大学では仏教SDGsマガジン「ReTACTION 」を通してさまざまな活動を発信しています。