ジェンダー平等は、社会の仕組みへのアプローチが鍵 国際協力から学ぶ「仕組みを変える気付き」とは

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スイスの非営利財団「世界経済フォーラム」が算定する、社会における男女間格差を示すGGI(ジェンダー・ギャップ指数)ランキングでは、日本は世界156か国中 120位(2021年)。G7の中では最下位という結果だ。

ランキングを決める4つの指標は、
1.政治への参加と権限
2.経済活動への参加と機会
3.教育の到達度
4.健康と生存率

とされ、日本の順位を押し下げているのは、1と2といった政治経済分野での男女格差であり、国会議員数や上場企業の社長数などにその現状が反映されている。加えて、3の教育分野でも、高等教育以上になると男女格差が生じている。教育分野の格差は、「働き方」の男女格差に直結していると言えそうだ。

今回は「ジェンダー平等と働き方」というテーマを切り口に、タレントのパックンことパトリック・ハーランさん、ジェンダー・スペシャリストの大崎麻子さん(関西学院大学客員教授)、JICA職員の四方八重戸(しかたやえこ)さん(ジェンダー平等・貧困削減推進室)の鼎談を通し、日本の男女間の格差、国際協力を通して見えてきた開発途上国での格差の現状や格差是正の取り組みに触れ、社会の構造や、文化、制度を変えていくためにどのような意識を持つ必要があるのかを探った。

日本人の“特性”は、ジェンダー平等実現の力になる?

――みなさんは、GGI(ジェンダー・ギャップ指数)が156か国中120位という結果について、率直にどう感じられますか?

パックン:一応、2020年より1ランク上がりましたね。そうやって毎年1つずつ順位を上げれば119年後には…って、待っていられない!日本は「健康と生存率」という指標についてはほぼ完ぺきに満たしていますよね。

パックンさん

大崎:男女間のギャップが出てくるのは、高等教育からですね。2020年度は男性の大学(学部)進学率が57.7%で女性が50.9%。男女間格差だけでなく地域格差もあり、2021年春のデータでは、東京都の女子の大学進学率は74.1%でしたが、東北や九州を中心とした10県が30%台にとどまっています。

パックン:僕は、日本の男女間格差を是正するなら、東京大学の学生男女比を変えようぜと言っています。女性の在籍が2割っておかしいですよ。日本のエリート層を輩出してきた東大の男女比を50%ずつにしたら、経済も政治も変わるはずです。

今、日本では「共働きいいじゃない! 男性も女性も、定年後もみんな頑張って働こう!」といった雰囲気ができていますが、「男性が家庭に専念するのもいい」という意見はほとんど耳にしません。これは、ジェンダーロール(性別による社会での固定的な役割)が凝り固まっているひとつの象徴。ジェンダー平等を実現するには、そういった視点も忘れてはならないと思います。

四方:ジェンダーロールを固定化している「雰囲気」はありますね。日本の男性の育休取得率は2020年で12.7%。女性は81.6%でその差はとても大きいです。権利があっても、活用できない「雰囲気」をどう変えていくかは課題ですね。

JICAジェンダー平等・貧困削減推進室 四方八重戸さん

大崎:男性の育休取得率が少しずつ上がってきたのは、勇気あるファーストペンギン的な存在がいたからだと思うんです。その人をロールモデルとして、後に続いた人たちが増えてある点を超えてくると、一気に空気が変わると期待しています。

パックン:僕が来日して30年近く経ちますが、例えば、容姿をいじったりするセクハラ発言は、来日当時より明らかに減りましたよ。良くも悪くも、日本は空気に流されやすい。その性質を良い方に活かしていけば、ジェンダー平等も急速に実現していけるのではないかと僕も思っています。

ジェンダー・スペシャリスト・関西学院大学客員教授 大崎麻子さん

――日本の男女間における雇用形態の格差、それにともなう経済面の格差についてはいかがでしょうか?

大崎:男性の所定内平均給与が33万8,800円、女性は25万1,800円で、男女間の賃金格差は22.5%と、世界主要38カ国中ワースト2位です。日本では正社員の同じ職位での男女格差は小さいのです。ところが、会社全体で見ると報酬の高い職位は圧倒的に男性が多くて女性が少ない。また、非正規雇用比率は男性が22.2%、女性は 54.4%と女性は男性の2倍以上です。それが賃金格差を生み出しています。

所得税の配偶者控除や、被扶養者の健康保険料の免除、企業の配偶者手当てなど、ある一定の年収に抑えれば「お得になる」という理解のもと、また、家事・子育てと両立できるようにと、合理的な選択として、低賃金・短時間で働くことを希望する女性が多いですね。

ところが、また、パートナーとの関係を解消してシングルになると、主たる稼ぎ手がいることを前提とした非正規雇用の処遇で子どもを養うのは難しい。「子どもの相対的貧困」は女性のひとり親世帯に集中しているのが現状です。(※内閣府男女共同参画推進連携会議による)

男性がひとりで生涯、家計を支えるという時代は終わりました。男女が共に働き、共に家庭責任を担いながら、生きていく。そのためには女性が経済力をつけること、男性が家事・育児などの家庭責任を担えるようにすることが不可欠です。家事ができて、家族や地域とのつながりが深まれば、男性の人生も豊かになるのでは。

開発途上国のさらに厳しい現実、それでも立ちあがる女性たち

――日本よりもジェンダー平等が進んでいる開発途上国もあるのですが、より深刻な男女間格差もあると聞きます。いったい、どのような現実があり、どのような課題があるのかお聞かせいただけますか?

四方:近年は、新型コロナウイルス感染拡大により、開発途上国に生きる女性の暮らしは深刻な影響を受けています。インドでは、都市のロックダウン前と後では男性から女性へのDV件数が2.3倍に増えました。困窮が原因で幼い娘を結婚させる児童婚も50%増えたという報告があります。

大崎:コロナ禍の日本では、女性の自殺の急増が報告されました。特に 無業で同居人がいる女性、つまり、主婦が多かった。その背景には、DVの増加、パート就労を辞めたことによる経済力の低下、社会的な孤立があると考えられます。シングルマザー世帯の生活困窮にも拍車がかかりました。女性が経済力を持たないことのリスクの大きさが改めてわかりました。

女性に対する暴力は、女性の社会参加や経済活動を妨げる大きな要因ですよね。JICAでは、インドの女性に対する暴力や性被害を防止するためのプロジェクトを進めていたとお聞きしましたが、いかがですか?

四方:インド東部オディシャ州のNGOと協力して始めたのが、ジェンダーと性に基づく暴力に対応するボランティア(SGBV戦士)の育成です。州内90ヵ村で選出された男女4名に、暴力を受けた女性への対応について研修を実施し、問題解決に向けた協議を定期的に行いました。各村にはヘルプデスクが設置され、コミュニティ全体で性とジェンダーに基づく暴力を防止しようという動きが強まっています。

このプロジェクトのポイントは、女性だけではなく男性をSGBV戦士として育成し、被害女性の保護に関わってもらったこと。より多くの男性が性とジェンダーに基づく暴力に対してアクションをとり、ジェンダー平等を推進する動きにつながったと思います。

パックン:「異文化を尊重しながら、ジェンダー観を変えていく」って、すごく難しいと思うんですが、どんなことを大事にして活動を進められているんですか? 極端な話をすれば、「女性器切除」が文化として根付いている地域もありますよね。「他の宗教や地域のジェンダー観に口出していいのか」という想いもどこかであって。

四方:難しい問題ですが、地域に根付く規範というのは、誰かがある時決めたものです。なので、地域のリーダーとの“対話”でルールの成り立ちといったところの話を聴くことを大切にしていますね。

なぜ、女性器切除がいけないという意見があるのか、この先どうすれば地域にとって良い結果が得られるのかを現地の人たちに寄り添って、話し合いながら方針を決めていく。インドのSGBV戦士の事例と同様、女性だけにアプローチするのではなく、問題を存在させている構造は何かを把握して、人々や社会の意識の変容、制度や法律といった仕組みの変革に取り組んでいます。

大崎:権限を持つリーダーが、村の未来について合理的に考えてくれると、女性も生きやすい社会に変わっていくんです。女性器切除を止め、女性の教育や経済力の向上に力を入れると乳幼児死亡率も下がり、就学率も上がる。家族や村の健康状態が良くなり、経済も活性化する。村の未来が開けてきます。

――JICAではコロナ禍で経済的にダメージを受けた開発途上国の女性への取り組みもされていますよね。

四方:例えば、南米の国、ボリビアの取り組みが挙げられます。ボリビアでは、従業員数4人以下の零細企業の約8割を女性が営んでいます。路上や小さな商店で、革製品などの雑貨や食品を販売していた女性たちは、ロックダウンの影響をまともに受けて収入の多くを失いました。そこで、JICAボリビア事務所は、彼女たちの生活を立て直すためにできることはないかと模索し、デジタル技術を活用したビジネスの仕方を習得できる「デジタル教育プラットフォーム」の開発に着手したんです。

ボリビア国民のほとんどはスマートフォンを持っているので、プラットフォームにアクセスしてもらい「デジタルバンキング」「SNSマーケティング」といったビジネスに必要な知識を、動画で学べるようにしました。また、ボリビアのスタートアップ企業と連携し、若年層の女性も安心して使える就職マッチングアプリも開発しました。

パックン:プロジェクトの成果にはどんなものがありましたか?

四方:女性のビジネススキルや収入の向上はもちろんですが、女性たちの自信、起業家精神を育てることにつながりました。JICAの活動は可能性の共創です。技術と知識を届けて一人ひとりが自分で未来を切り開けるように協力する活動なので、ボリビアの女性が何かを実現する力(Capability)や自信をつけてくれたなら活動の意義はあったと思います。

社会構造の変革と他者との対話で、一人ひとりがロールモデルとして生きる時代へ

――国際協力・開発援助の歴史を振り返ると、「開発と女性(Women in Development)」から「ジェンダーと開発(Gender and Development)」へと変遷してきたかと思いますが、この違いとはどんなものなのでしょうか。現在はどのような形での国際協力となってきているのでしょうか。

大崎:国連が設立されてから開発援助が始まりましたが、1960年代のアプローチは大規模な経済開発が中心で、国内の貧富の差が拡大してしまった国が多くありました。 70年代は貧困層に向けて、食料、医療、初等教育などの基礎的なニーズを供給するアプローチを導入し、その中で、開発を進め、貧困を解消するには女性の力を活用すべきという発想(Women in Development)が生まれました。家庭内でのケア役割(家事・育児・介護・看護など)に加えて、経済を支える役割も担ってもらおうと、女子教育、職業訓練、農業・経済活動への参画支援が行われました。

しかし、当然ながら「家庭内でのケア役割」に「経済的な役割」をプラスされた女性には、大変な負荷がかかりました。そこで、女性の力を「活用する」だけではなく、「意思決定にも対等に参画できる」ようにする、つまり、性別役割分業や男女間の力関係が構造化された社会を変革しなければいけないという議論が起こり、1990年代には「ジェンダーと開発(Gender and Development)」という流れが定着します。現在の国際協力でも、女性にとって差別的な法律を変えるなど、ジェンダー平等の実現に向けた取り組みが多いですね。

四方:そうですね。JICAの国際協力においても、女性自身が力をつけること、ジェンダー平等で格差を生まないための法律や制度、組織をつくること、ジェンダー平等に向けて人々や社会の意識を変革すること、の三つの視点を持って包括的な取り組みを行っています。

大崎:女性に差別的な法律を改正するなど、ジェンダー平等を推進する上で重要なのは、強い市民社会。JICAのような開発援助機関の支援も受けながら、現地のNGOが問題提起をし、共感の輪を広げ、政府や議会に働きかけ、法律や政策を変えていく。そうした一つ一つの動きが社会変革につながっていきます。日本にも、他国の事例を学んで活動しているユース団体もあり、とても頼もしく思っています。

四方:仕組みを変革していくのは現地の市民ですが、JICA職員にとっても、異文化との対話や他国の事例を知ることは大きな学びであり、互いに学びあうことが重要であると感じています。

パックン:そうですね。自分の価値観は当たり前すぎて見えない。他者の言葉や異文化に触れたり、自分が生きる環境が変わったときに初めて気付くものです。同時に、他者の存在や考え方に触れることで、これまで無意識に型にはめていた自分の考えや価値観の枠を広げられる。そういった意味でも対話は重要ですね。ジェンダー平等、そして、実在するジェンダー不平等についても、対話で気づくことがたくさんあると思います。

異文化や、さまざまな考え方や意見を知ることで、自分に合った生活の選択肢、ジェンダー、アイデンティティの選択肢が増えていく。ぜひ、与えられた価値観だけでなく、自分で自分の生き方を選んでほしい。一人ひとりがロールモデルになる時代。若い方も、自分も社会の一員だと自信を持って、ジェンダー平等を推進していってほしいと思います。

参考:コロナ禍でさらに取り残されがちな女性たちを支える:起業家支援やドメスティック・バイオレンスを防ぐ取り組みをボリビアとインドから【JICA】

文:岡島梓
写真:西村克也

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