デザインを通じて暮らしや社会をよりよくしていくために、総合的なデザイン評価・推奨の仕組みとして、1957年に創設されたグッドデザイン賞。

多種多様な受賞作のなかでも、特に近年、ビジネスをはじめとして、社会に存在する課題をデザインで解決しようとする取り組みに注目が集まっている。この連載では、日本、そして世界が抱える課題の解決に貢献しているグッドデザイン賞受賞作と、それに関わる人々を取り上げ、どんな人が、どのようにして社会を「グッド」にするデザインを生み出したのかを紹介していく。

今回紹介するコクヨ株式会社が手がけた「都市におけるセンターオフィスの再定義 [ THE CAMPUS(ザ・キャンパス)]」は、2021年度グッドデザイン金賞を受賞。

JR品川駅港南口から徒歩3分の場所にある、築40年の自社ビルを大胆にリノベーションし、「都市におけるオフィスの未来像」として作り上げた新しいオフィス空間だ。

敷地内に緑をふんだんに取り入れ、低層部分を誰でも入ることのできるスペースにすることで、閉鎖的になりがちなオフィスを、街とひと続きの開かれた場所へと変化させている。

オフィスが街と繋がることには、どんな意図があるのか、そして、働き方が大きく変化している今、オフィスに求められる要素とは何なのか。プロジェクト立上げから設計デザインに携わった鷲尾有美さんに話を伺った。

コクヨ株式会社 鷲尾有美さん
都市の中の実験オフィス「THE CAMPUS」のプロジェクト立上げと設計デザインを担当。オフィス・コワーキングの空間設計や、新規事業企画に携わりながら「人が集い、文化の育つ場づくり」を進めている。

開かれた公園で、都市に余白を作り出す

−THE CAMPUSは、”オフィスのリノベーションプロジェクト”と表現できますが、鷲尾さん自身がこの場所を一言で表すとしたら、どんな言葉でしょうか?

鷲尾:都市の余白」と言いたいと思っています。「オフィスビル」とは表現したくなくて。もう少し簡単に説明するなら「開かれた公園」でしょうか。屋外空間を「PARK」と名付けたのも、場所全体が街と繋がった公園みたいにしたいという思いからなんです。

−オフィスという閉鎖的な表現ではなく、誰もが入りやすいイメージを持てそうですね。

鷲尾:実際に、近所のご家族が散歩に来てくれたり、周辺のオフィスワーカーのみなさんがランチミーティングをしていたりと、憩いの場所としても機能しはじめています。

元は3棟あった建物の1棟を減築して、空いた部分を誰でも利用できるパブリックスペースにしたのがこの「PARK」で、ここにはキッチンカーが来たり、イベントスペースとして使ったりもしています。

「THE CAMPUS」は、オフィスビルだった建物の一部を開放し、誰でも利用できるパブリックエリアを創設している[撮影:羽田誠]
PARK内には卓球ができるスペースも

残りの2棟は、社員自らが働き方を実験・提案するためのオフィスなのですが、低層部にはカフェを併設したショップや、館内ラジオやウェビナー収録用の配信スタジオがあったり、他企業とコラボレーションするラボも設けています。

−ショップには新商品を自由に試せるスペースもあり、コミュニケーターという役割の方に、なんでも相談できるとお聞きしました。

鷲尾:小学生が自由研究のために調べ物でショップを訪れたり、コミュニケーターさん発信で、ここで育ったレモンの収穫イベントを開催する等、想定していた以上に様々な活動が生まれています。もちろん、検討していたもののコロナ禍で実現していないことも多々あるのですが。

館内ラジオが流せる配信スタジオ
新商品を自由に試すことのできるコーナー

「働く街」を「行きたい街」に変える

−この大規模なプロジェクトを立ち上げたきっかけは何だったのでしょうか。

鷲尾:もともと私を含めた社長直下の数人のチームで、2030年の社会はどうなっているのか、そのときコクヨは何の課題に貢献するべきなのかという議論をしていました。そこでは、時代の変化が激しい中、一つの答えに縛られることなく、常に社会に向けた実験を継続していくカルチャーをつくることが大事なのでは、と話し合っていました。

そんな中で、「社会に向けた実験」というテーマの一つとして、老朽化によって建て替えも検討されていたこのビルを活用して、少なくとも10年ぐらいは実験に使ってみようという意思決定がなされて、正式なプロジェクトとして立ち上がりました。

−どのような問題意識を持って取り組んでいたのですか。

鷲尾:テレワークが普及した今、オフィスで働くってどういう意味を持っているんだろう、みたいなことから、コクヨの取り組んでいる事業は、そもそも世の中の役に立っているのだろうかという根本的なことまで、課題感は多岐にわたっていました。

もっと個人的なことを言うと、実は私、品川に来るのがすごい憂鬱だったんです。品川駅の通勤ラッシュの中を歩いていると、何かゾンビになっているような気がしてしまって(笑)

鷲尾:本当は働く街に愛着が持てたり、そこ自体が行きたい街になれば、もっと働き方が豊かになるのにな、という思いがありました。自分にとっては、この苦手なオフィス街をどうやって変えていけるかもテーマでしたね。

−特に港南口には、オフィスしかないイメージがありますね。

鷲尾:入り口にあるグラフィックサインやアートも、品川という街に色を入れたくて設置したんです。特にVI(ヴィジュアルアイデンティティ)には、あえてオフィス街にないピンクなどの明るい色を使うことで、街の温度を上げたいと思いました。

−今のお話を聞いて納得したのですが、グッドデザイン・ベスト100に選出された後のプレゼンテーションで、鷲尾さんが「引き算で居場所を作る」とおっしゃっていたのが、すごく印象的でした。オフィス家具や空間設計を手がけるコクヨが、見本市的な目的でこの場所を作り、訪れたステークホルダーの方々に自社への導入を検討してもらう、というビジネス的なストーリーと、「引き算」や「居場所」というキーワードが噛み合わないというか、違和感があったのを覚えています。

グッドデザイン・ベスト100プレゼンテーション動画

−ですから、「引き算で居場所を作る」という文言には、企業の価値観を超えたところで、何かしら個人の想いがのっているのでは、と思っていました。

鷲尾:たしかに、顧客に訴求力のある提案をすることより、オフィス街のあり方が変わったら、働く人がもっと豊かになるんじゃないかという気持ちの方が強かったですね。スーツを着たビジネスパーソンだけしかいないんじゃなくて、子どもからお年寄りまで、あらゆる人がいる環境の方が、絶対豊かだと信じていて、それを体現したかったので、いろんな人が集まるオープンな居場所を作りたかったんです。

[撮影:梁瀬玉実]

鷲尾:でも、そういう数値化できない価値って、「こっちの方がいいよね」とか、「こういうことが起きたらいいよね」と、口で言ってもなかなか伝わらないもので、具現化してはじめて気付いてくれたというのは結構多くて。

社員からは、自分の子どもがここで本を読んでいるのを見て、「自分の会社っていいな」と思ったとか、笑顔で仕事ができるようになったという話を聞いています。街の人も、今では勝手に入って自分の好きに過ごしていいんだと思ってくれているように感じていて、それがデザインの力なんだと思っています。

−できあがった姿を自分の目で見てみることで、「デザインの力」を実感できるんですね。

鷲尾:そうだと思います。会社の経営陣も、正直、はっきりとはわからないながらも、私たちプロジェクトチームのことを信じて見守ってくれていたのかなと思います。

−大企業のビッグプロジェクトで、なぜそれが実現できたのでしょうか。

鷲尾:若くてエネルギーを持ったメンバーが、さまざまな提案を積極的に投げかけていくことで、経営陣も共感してくれて、意思決定に至ったのかなと。あとはコクヨって、デザインの力を信じている会社だと思うんで。伝わりにくいかもしれないですけど。

−コクヨではデザインアワードも長年開催されているので、その印象はあります。

鷲尾:デザインやクリエイティブを重視する方向に進もうというのは、特に最近すごい強くなってきていて、それは若い世代が、この先会社の事業はどうなっていくのかということに対する危機感を抱えていたり、自社の持っているリソースを見つめ直して、デザインを通じて社会に還元していきたいと考えていることが影響していると思います。

鷲尾:そういう土壌があるので、さっき言った、言葉だけでは伝わらないビジョンや理念のような部分に関しても、説得して巻き込んで、一緒にやってもらうことで、共感してもらうことができたのかもしれないなと。

例えば、施設管理の観点からすると「誰でも入れるオープンな場所」ということ自体、管理がしづらくなるので、本来はすごく面倒なんですよ。なので、一つずつどうやって課題に対応するのかを議論し、それぞれの関係者と合意形成していきました。

−共感を獲得するために、具体的にどのようなアクションを行なったのでしょうか。

鷲尾:もともと3棟あった建物のうちの一つをなくすと決めて、それをみんなに共感してもらったときのプロセスでいうと、BEFORE/AFTERのスケッチを描いて見せて、この場所が育っていく様子を共有したりしましたね。建物を引き算し、そこに緑や階段が入り込むことで街とつながって、そうすると外から人が入ってきて繋がりができ、この場が育っていく‥みたいな。そっちの方がいいよねという未来を描いて、がんばって対話しました。

BEFORE/AFTERのスケッチ

枠を外して自由に考えること

−鷲尾さんのバックグラウンドは、建築分野だとお聞きしています。

鷲尾:学生時代は建築を学んでいました。コクヨに入社したのは、外側から建築を考えるだけではなくて、人の活動目線から空間や環境を作れるのではないか、という可能性を感じたからです。

最初の6年間はオフィスの空間デザインを手がけていたんですが、最近は新規事業開発に携わっています。インテリアの設計をしていたときに思ったのは、デザインの世界は、どんどん変化していて、デザイナーは職能を拡げていかなければいけないということです。それに対して、私はまだ力不足かなという思いもあって、ビジネスデザインという新たな領域にチャレンジしています。

引き続き空間設計の視点は持ちつつも、ソフト面も含めて、人の活動や体験を作っていくためにはどうしたらいいかと、日々模索しながら仕事をしているところです。

−デザインに取り組むにあたって大事にしていることを教えてください。

鷲尾:勝手に枠を設けないことですね。デザイナーの役割の範疇を自分で決めてしまわないことかなって思います。「私は設計者」と決めてしまうと、設計しかやらないことになってしまうので。いろんなところに口を出していきたいというか(笑)

仕組み自体を設計するときもあれば、翻訳者みたいな役割のときもあるし、経営的な部分に意見しなければいけないときもあるので、あんまり枠を狭めてしまわないようにしています。

もちろんなんでも1人でやる必要はないんですけど、考え方としては、そういうふうにありたいなっていう。

デザインは「作って終わり」ではない

−「THE CAMPUS」を設計するにあたって参考にした場所はありますか。

鷲尾:アメリカのペイリーパークのような、「街のリビング」と呼べる場所になっているポケットパークは調べましたね。事例を見ていくと、滝があったり水が流れていて、木がそよいでいて木陰が揺らめいているみたいな、ずっと揺らぎがある空間だと居心地がいいということがわかってきました。これはバイオフィリィックデザインといわれる領域ですが、植栽を選ぶときも葉っぱが心地よく揺れる種類の木を選んだり、室内でも風でカーテンがフワッとするようにしたり。自然の揺らぎを感じられる場所は、本能的に気持ちがいいし、また行きたくなるんじゃないかと思います。

−パブリックエリア以外のオフィスフロアには、どのような工夫がされているのでしょうか。

鷲尾:どこでも働ける時代のオフィスに必要な機能を検証して、フロアごとに形にしました。例えば、実物に触れたり、サンプルを見たり、スケール感を確認したりするようなことは家だとできないので、その機能が入っているフロアがあったり、チームで集まるために使う、プロジェクト基地のようなフロアがあったりします。「超集中できる場所」や「個人と組織の繋がりを育む場所」を設けるなど、特化した機能を持つようにすることで、社員一人ひとりがオフィスに来る意味を感じられるようにしています。

ミーティングルーム

−施設内にコミュニケーターを常駐させるという発想は、どのように生まれたのですか。

鷲尾:元々のプロジェクトチーム自体が、企画・設計・運営の3チームを一番コアにして動いていたくらいで、当初から施設をどう運営していくかという問題意識は、大きなテーマになっていました。施設を外に開かれたものにするためには、実際に人がいて物事を動かしてくれないと、作って終わりになっちゃうので。

実はその問題は、オフィス空間を設計する業界ではよくあることなんです。私たちデザイナーは完成したらいなくなってしまうので、その後をどう回せるかを常に気にしないといけないなと思っています。

街に気持ちのよい「居場所」を増やしたい

−今回、このプロジェクトをグッドデザイン賞に応募したのは、どんな理由だったのでしょうか。

鷲尾:応募するべきアワードをリストアップしていったときに、グッドデザイン賞には最も高い優先順位を意味する二重丸をつけていました。それは、表層のデザインだけじゃなく、社会的な価値を評価してくれる賞だからです。みんなで話し合って、グッドデザイン賞への応募に注力しようと決めました。

−受賞した後の反響はいかがですか。

鷲尾:やっぱり発信力があるんだなと思いました。周りの方々がたくさんお祝いの声をかけてくれるので。それに、お客様や、一緒に仕事をするパートナーにも伝わりやすいですし、私だけでなく、この施設を使っている社員も自信を持って外部にアピールできるようになりました。

−これからの「THE CAMPUS」の展開について教えてください。

鷲尾:ここは「実験場」なので、どんどん使い方が変わっていけばいいなと思っています。まだ施設としては箱を作っただけの段階なので。

例えば、ショップを併設したことで、プロダクト開発に携わっている社員が商品に触れている人の顔を直に見られるようになり、新たな発見が起きて、次の試作品を作り出したりもしています。これからは、コロナ禍でできていなかった側面として、街の人と一緒に家具作りをやってみたり、他企業さんとコラボレーションして新事業を生み出したり、そういう活動を増やすことで、ここをスタート地点にして、どんどん社会に新たな価値を発信していけたら嬉しいです。

−ご自身として、今後挑戦したいことはありますか。

鷲尾:さっきも言ったデザインの幅を広げたい、というのが一つあって、「設計者」という立場から、どこまで役割を広げていけるかが大きなテーマです。

あとは、このプロジェクトもそうなんですが、まちづくりをボトムアップでどう変えていけるか、ということにすごく興味があります。「まちづくり」といっても、必ずしも大きなことをやるだけじゃなくて、街の中で小さく、いい居場所や、いい活動を作っていきながら、街への愛着が育っていくようにできたらと思っています。

[インタビュー・文]  塚田真一郎  [写真]  余剣


この記事はグッドデザイン賞事務局の公式noteからの寄稿記事になります。