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欧州連合によるロシア制裁
ロシアによるウクライナ侵攻を受け、世界各国からロシアに対する様々な制裁が実行されている。
欧州連合(EU)は経済制裁の一環で、ロシアからのエネルギー輸入を大幅に減らす計画だ。
Euronews3月8日の記事によると、EUはロシアからの天然ガス輸入を年間1550億立方メートルから1000億立方メートルまで減らすという。
ベルギー首都ブリュッセルを拠点とするシンクタンBruegelの分析によると、2021年1〜2月時点では、欧州は天然ガス輸入の47%をロシアに依存していた。一方、2022年1〜2月時点では軍事衝突危機の高まりから、すでにロシアからの輸入シェアは28%に低下していたことが判明している。ロシアからの輸入シェアが減った分、ノルウェーからのガス輸入や液化天然ガス(LNG)輸入の増加で補完された格好となった。
EUはロシアからのエネルギー輸入を大幅に減らす一方、米国、ノルウェー、カタール、アゼルバイジャン、アルジェリア、エジプト、トルコ、日本、韓国など、天然ガス供給元の多様化を急いでいる。
一方、天然ガス以外のエネルギー源を求める動きも活発化している。
エネルギー不足を補完する上で短期的な手段として注目されているのが液化天然ガスと石炭だ。
液化天然ガスに関しては、ドイツがカタールからの液化天然ガス輸入と輸入量を増やすためのLNGターミナルの建設などを検討。また、イタリアでもアルジェリアからの液化天然ガス輸入量を増やす計画が持ち上がっているという。
液化天然ガスだけでは不足分を補えないといわれており、石炭による火力発電を再開せざるを得ないという声もあがっている。
Euronewsが報じたところでは、ドイツのロバート・ハーベック経済・気候保護大臣は公共ラジオ放送で、最悪のシナリオを想定すると、石炭火力発電所をスタンバイ状態にすること、場合によっては発電所を稼働せざるを得ない状況になるかもしれないと発言したという。
変わる「代替可能エネルギー」議論
短期的なエネルギー補完策として、LNG輸入の増加や石炭火力発電の再開が検討されている一方、長期的にはやはり代替可能エネルギーがカギになるとみられている。
ただしこの「代替可能エネルギー」に関する議論は、今回のウクライナ危機をきっかけに大きく変化することが見込まれる。
これまで太陽光、風力、水力、地熱など自然の力をそのまま生かし発電するエネルギーを「代替可能エネルギー」と呼んでいたが、今後は原子力発電も代替可能エネルギーとして扱うことが標準となり、欧州で普及が加速する可能性が見えてきたのだ。
実際、上記Euronewsでも、ロシアのウクライナ侵攻は欧州域内で代替可能エネルギーへのシフトを加速するきっかけになると指摘した上で、原子力発電もクリーンエネルギーの選択肢の1つだと明言している。
エストニアの原子力発電スタートアップ、2030年代に運用開始計画
このようなエネルギー事情の変化は、投資家の認識にも影響を与え、欧州域内においては、これまであまり注目されてこなかった原子力発電関連のスタートアップに関心が注がれるようになってきている。
バルト三国の1つエストニアでは、2019年創業のFermi Energiaが同国内で2030年頃の小型モジュール炉の運用開始に向け動いている。
Fermi Energiaの共同創業者でCEOを務めるカレフ・カレメッツ氏は、もともとエストニアの国会議員だった。ロシアへのエネルギー依存が強いこと、エストニアの主要発電所が二酸化炭素排出量が多いオイルシェールに頼っていることに対する懸念から、同社を創業した。
Fermi Energiaが推進する小型モジュール炉の発電能力は、一般的な原子力発電所の3分の1ほどだが、エストニア国内30万世帯分の電力を供給できるという。エストニアの人口は約133万人、世帯数は60万世帯といわれている。小型モジュール炉1基で、国内半分の世帯をカバーできることになる。
欧州域内での小型モジュール炉への関心は高く、Fermi Energiaに対してスウェーデンのエネルギー大手Vattenfallが投資を行ったり、英ロールスロイスが共同研究を実施するなどしている。
投資資金集まる欧州域内の原子力スタートアップ
Fermi Energiaは、小型モジュール炉の設置・計画を専門とするスタートアップであり、技術そのものを開発している企業ではない。
一方欧州域内では、小型モジュールテクノロジーを開発する企業がいくつか存在しており、これらにも投資資金が集まり始めている。
たとえば、2015年にデンマークで創業されたSeaborg Technologyは、溶融塩を用いる小型モジュール炉を開発する企業。フィンテック大手Klarnaの株主であるデンマークの富豪ホルシェ・ポールセン氏、ゲームエンジン開発企業Unityの共同創業者デビッド・ヘルガソン氏などから2000万ユーロ(約25億円)を調達している。
このほか、デンマーク拠点のCopenhagen Atomics、スイスのTransmutex、英国のNewCleoやMoltex Energyなどに投資家の注目が集まっている。
液化天然ガス、太陽光、風力、そして小型モジュール炉、欧州はどのような手段で脱ロシア依存を達成するのか、今後の動きを注視したい。
文:細谷元(Livit)