緊迫した状況が続くロシアのウクライナに対する軍事侵攻。戦況は混迷を深めており、専門家でさえ、今後どのような帰結を迎えるのか意見が別れているが、少なくともロシアに対して行われた苛烈な経済制裁により、欧州市場からロシアが締め出されている現在の状態が当分の間続く可能性は高い。
この状況下、欧州のスタートアップシーンでは、ロシアからの資金がどれほど欧州スタートアップへの投資に流れ込んでおり、どのような影響が出るかについての分析が始まっている。
ウクライナ侵攻に伴ってロシアに行われた前例なき制裁措置
国際法違反の侵略戦争として世界中で非難の声が上がっているロシアのウクライナ侵攻。
それに伴い、侵略国であるロシアに対して行われている経済制裁は、2014年のクリミア危機の際に行われたものを含む、これまでに世界で行われてきたどの経済制裁と比較しても、制裁対象国であるロシアの経済規模、制裁の決定と実行のスピード、対象範囲において、米バイデン大統領の言葉通り、まさに「かつてない規模」のものとなっている。
2月28日の第三弾の制裁では、EU域内の資産凍結や、資金提供などの措置の禁止対象に、これまでの制裁対象となっていたロシア政府・軍関係者に加えて、プーチン大統領と関係が近いといわれる「オリガルヒ」と呼ばれるロシアの新興財閥も加えられた。さらに、ロシア中央銀行に対しても、EUの資本・金融市場へのアクセス制限、保有資産・外資準備関連取引を禁止した。
ロシアに下される金融版核兵器「SWIFTからの締め出し」
上記の制裁に加え、ウクライナと同様に、かつて旧ソ連に占領されていたバルト三国の強い訴えもあり実行されたのが、最も厳しい経済制裁手段の一つ、「金融版核兵器」とも呼ばれる「SWIFTからのロシアの一部銀行の締め出し」だ。
国際金融取引を手がけるネットワークであるSWIFTは、世界中の1万1000以上の金融機関が利用し、1日あたりの決済額が575兆円にのぼる世界的な決済ネットワークであり、これを使用できなくなるということは、その国の企業は貿易の決済が困難になることを意味する。
制裁の対象となった国のGDPを数%押し下げるほどの影響を持つとされるこの「SWIFTからの締め出し」の結果、ロシアの通貨・ルーブルは急落した。
欧州のベンチャーキャピタルとロシアの資金
このロシアへの経済制裁は、世界各国の市民の生活から企業活動まで様々な影響をおよぼすが、欧州のスタートアップシーンに対する影響はどうだろうか。
新興企業に出資し、上場した際に大きな利益を上げることを目指す投資ファンドはベンチャーキャピタルと呼ばれる。設立から数年は利益がまったく出ない期間が存在することが多いものの、このベンチャーキャピタルからの資金調達はスタートアップのビジネスの存続を左右してきた。
そんな欧州に拠点を置いているベンチャーキャピタルの多くは、実は、資金提供を行うパートナーである個人や企業を通じてロシアマネーと関わりを持ってきた。
欧州ベンチャーキャピタルへの制裁の影響は限定的か
欧州のスタートアップメディアSiftedが英国系ベンチャーキャピタル20社のデータに基づき行った分析によると、欧州のベンチャーキャピタルに出資する資金のうち、ロシア資本はそれほど大きな割合を占めていない。
また、現在の経済制裁で対象となっているのは、ロシア政府・軍関係者に加えて、ロシアの新興財閥「オリガルヒ」のみであるため、欧州のベンチャーキャピタルのほとんどは、ロシアのパートナー自体は制裁を受けていないとしている。
上記のような理由から、現在のところ、欧州のスタートアップの資金調達への経済制裁の影響は限定的だとも言われるが、SWIFTからロシアの銀行の一部がブロックされたことで国際送金が難しくなること、また、ルーブルの下落の影響を受けるパートナーがいる可能性が示唆されている。
国際金融都市ロンドンのベンチャーキャピタルへの影響
Siftedは個別のベンチャーキャピタルについても調査を行っている。
世界最大の国際金融センターであるロンドンに本拠を置くベンチャーキャピタル「DNキャピタル」は、ロシア人投資家がパートナーにいるものの、政府関係者ではなく、全体の資本の1%未満であるため、特に影響はないとしている。
同じくロンドンのシードアクセラレーター「Seed Camp」は、ロシアのIT大手の一つであり、直接の制裁対象とはなっていないものの、ウクライナ情勢とロシアへの経済制裁により株価が大幅に低下している「Yandex」が、2014年までパートナーとして関わっていた。しかし、同社はその後の資金調達には参加していない。
ロシアに関連したベンチャーキャピタルへの影響
最も影響力のあるベンチャー企業の一つと言われており、世界の主要金融都市にオフィスをかまえる「DST Global」は、ロシア企業「Digital Sky Technologies」の創設者としても知られるロシア系イスラエル人の起業家ユーリ・ミルナーによって設立されている。このようなベンチャーキャピタルへの制裁の影響はどうだろうか。
「DST Global」は、Facebookを見いだした会社として知られているほか、Twitter、Airbnb、Spotify、Alibabaなど超有名スタートアップへの投資実績を持ち、板金・機械加工や加工部品の一括受注サービスを展開する日本発スタートアップ「キャディ」による大型調達にも参画している。
こちらも、広報担当者によれば2011年以降、ロシアの投資家からは資金調達を行っておらず、ロシアにオフィスも投資先もないため、影響はないとのことだ。
ロシアで設立された欧州最大のベンチャーキャピタルであり、現在はベルリンに本社がある「Target Global」も、過去にはロシア人投資家による出資があったが、現在、経済制裁対象となっているパートナーはおらず、影響はないとしている。
検討される追加制裁、刻一刻と変化するウクライナ情勢
ウクライナ軍の徹底抗戦、欧州を中心とした軍事支援、世界各地のみならずロシア国内でも続く反戦デモと相次ぐ逮捕者と、ウクライナ情勢は刻一刻と変化している。アメリカはロシア産原油の輸入禁止など追加の制裁措置も表明、日本の政治家からもさらに厳しい制裁の追加を求める声が上がっている。
この「前例なき経済制裁」に、世界中のあらゆる産業が影響を受けているが、ベンチャーキャピタルをはじめとするスタートアップシーンも、現在は大きな影響は受けていないとはいえ、引き続き今後の決定を注視し、迅速な対応を行っていく必要に迫られている。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)