身体的、精神的、社会的に良好な状態を指す「Well-being(以下、ウェルビーイング)」。サステナブル意識の高まりとともに注目を集めており、健康経営やワークエンゲージメント向上という形で企業経営にも浸透しつつある。しかし、ビジネスの現場に目を向けると、個々のウェルビーイングが十分に実現されているとは言い難い。この先、社会はどのような道を歩めば、誰もが幸せに働ける未来にたどり着くのだろうか。
その指針を明らかにすべく、ベネッセグループの取り組みを取材し、ウェルビーイング実現に向けたヒントを掘り下げていく。「Benesse」という社名は、ラテン語を語源とした「bene(よく)」と「esse(生きる)」の造語。同社は、1990年より「よく生きる(Well-being)」を企業理念として掲げ、長年にわたり人々のライフステージに合わせたサービスを提供してきた、ウェルビーイング実践の先駆的な企業なのだ。
2022年2月、ベネッセの社内シンクタンクである「ベネッセ教育総合研究所」は、立教大学経営学部 中原淳教授、パーソル総合研究所と共に、「若年社会人の『幸せな活躍』」に関する定量調査の結果を公表した。本記事では、調査の中心人物である3人、ベネッセ教育総合研究所・小林一木氏、立教大学・中原教授、パーソル総合研究所・小林祐児氏による鼎談を実施。若年層のみならず、すべての社会人が“幸福に働く”ためのヒントを探るべく、各々の考えを述べ合ってもらった。
“はたらく”志向性は7タイプ。若年社会人が持つ価値観の変化
今回実施された「若年就業者のウェルビーイングと学びに関する定量調査」では、幸せに活躍している若年社会人の特徴を仕事やキャリアに関する志向性として7タイプに分類した。これら志向性タイプを設計したのは、どのような理由によるものなのだろうか。
中原淳氏「志向性タイプのベースにあるのは、『学生もビジネスパーソンも十把一絡げにはできない』という考え方です。私は多くの学生の就職指導などに関わる中で、誰もが大企業に就職したいわけではないことを実感しています。粛々と仕事をしたい学生もいれば、人をサポートすることに幸せを感じる学生もいる。『学生はこうあるべき』『ビジネスパーソンはこうあるべき』というステレオタイプから脱却し、一人ひとりにとって、最もフィットした幸せを探る研究を行うことが、調査の狙いの一つでした。つまり、分析における解像度を高めたかったのです」
小林祐児氏「例えば『仕事で活躍していれば幸せ』というように、幸せのあり方を限定するのは、現実に即していないだろうと感じていました。多種多様な人々が満ち足りている状態を目指すとしたら、その手段は一つではないからです」
志向性の7タイプは、社会課題の解決を重視するタイプから、自身は目立たなくともサポートにやりがいを感じるタイプまでさまざまだ。一口に「働く」といっても、その内実は多彩であることが分かる。
小林一木氏「この調査結果で興味深いのが、各タイプの割合が10.6%から19.2%と開きはあるものの、予想よりも満遍なく分布していたこと。もっと顕著に偏りが出るかと思っていたので、若年社会人の多様性を感じました」
また、調査では「はたらく幸せ実感(幸せ)」「ジョブ・パフォーマンスの高さ(活躍)」も調べられ、各タイプとの関連性も分析されている。そして分析結果からは、「社会課題解決タイプ」「承認重視タイプ」において幸せ実感とジョブ・パフォーマンスの両方が高い、「幸せな活躍」をしているという結果が。さらに7タイプそれぞれに一定程度分布していることが分かった。
小林祐児氏「『社会課題解決タイプ』は幸せな活躍をしている人が7タイプの中では比較的多く、年収も高い傾向にあります。近年、企業においては利益や事業内容だけでなく、どのような社会貢献ができているのかという点にも注目が集まっているので、現代的な感覚が反映されているのでしょう。それが数値として抽出されたのが面白いですね」
各タイプの分析で注目すべきは働き方への意識が変化しているのは、「社会課題解決タイプ」だけではないことだ。約20年にわたり大学生と接してきた中原教授は、働くことに対する世代的な意識変化を感じているという。
中原淳氏「最も目立つ変化は、『社会や環境のことを考えず、利益追求しかしない企業はイケてない』という感覚が顕著になったことです。もちろん利益追求は大事ですが、同時に『社会や環境を視野に入れているかどうか』が問われるようになってきました。ビジネスを通して社会貢献をしたり、社会課題を解決したりすることに惹かれる学生が増えているのでしょう。それに加えて、生活より仕事を優先するような、ワーク・ライフ・バランスを無視した働き方も『ダサい』と感じる傾向も強くなっているようです」
これらの傾向が大学生全般に当てはまるというのが、中原教授の見解だ。若い世代ほど「幸せな活躍」を目指そうという志向が高まっていることになるが、「幸せ」と「活躍」の両立は、多くの人にとって実現可能な目標なのだろうか。
「活躍=幸せ」ではない。幸せと活躍の相関関係とは?
そもそも「幸せな活躍」とは、仕事で成果を出すと同時に、主観的に幸せを感じられている状態を指す。従来は「仕事で活躍していれば幸せ」というシンプルな“幸せの方程式”があったが、今回の調査は「活躍」と「幸せ」を分けて捉えていることが特徴だ。
「幸せ」と「活躍」の計測では、パーソル総合研究所と慶應義塾大学 前野教授が行っているウェルビーイング研究での「幸せ尺度」と、ビジネス系の調査で使われる「パフォーマンス尺度」が用いられている。
幸せ尺度は「幸せな気持ちを感じる瞬間は」といった主観的な回答から、パフォーマンス尺度は「周囲の期待に答えられているか」といった相対的な回答から計測している。本調査では、2軸を両立する「幸せな活躍をしている人」が全体の30.6%という結果が出た。
小林祐児氏「この2軸を設定したことで、『幸せを感じているけれど、仕事の成果は出せていない人』や『仕事の成果は出しているけれど、幸せを感じられていない人』『幸せを感じられていないし、仕事の成果も出ていない人』も存在することが明確になります。幸せと活躍に関する、4つのステータスが示されたわけです。
また、30.6%の人が幸せな活躍をしているのを、多いと感じるか少ないと感じるかは、人それぞれでしょう。私が注目したのは、幸せと活躍に密接な関係があることです。つまり、『全然活躍していないけれどすごく幸せ』もしくは『すごく活躍しているけれど全く幸せでない』という人は少ないということ。幸せと活躍が比較的強く相関したのが、興味深いポイントです」
中原淳氏「私はこの分析結果から、社会人2年目あたりから、SNSへの投稿が激減する人と、そうでない人が分岐する理由を感じました。学生たちは社会に出るまでの間、大学という同質性の高い空間にいます。日本の大学は、文化や学力水準、教育環境などが類似する人同士で関係を築く傾向にあるため、実は同質性が高いんです。そのため、大学時代に感じる満足度やウェルビーイングに“差”は目立たないのですが、社会に出ると、途端に異質な集団に参入。しんどい職場か、恵まれた職場かは人それぞれ大きく分かれるのです。
こうしてキャリアが多様になると、ウェルビーイングにも分散(ちらばり)が出てきます。これがSNSの投稿数として表れるんです。仕事が人生の希望となるケースも多いので、成長実感が得られて活躍できる職場を選んだ方が、幸せになれる可能性が高いということでしょう」
7つの志向性と「幸せな活躍」の関係性
では次に、志向性タイプごとの活躍、幸福度の集計を見ていこう。調査からは全体平均30.6%に対し、「社会課題解決タイプ」は35.5%、「承認重視タイプ」は36.7%が、「幸せな活躍」をしていることが分かった。
小林祐児氏「これらのタイプの人たちは、社会に対する貢献を実感したり、他者から感謝されたりすることに仕事のやりがいや幸せを感じています。意識が外に向いている人の方が、幸せ実感が高い傾向にあるといえるでしょう。ただし全タイプにおいては、最大で36.7%、最小で24.1%とそこまで差がつかなかったのは、少し意外でした。もともと『どの志向性が優れている』という議論はしていなかったので、そこが数字にも出たのは良かったですね」
中原淳氏「ウェルビーイング研究でも、他者と共にあることや仲間がいることが、幸福感と強く関連しているといわれています。しかし、意識が外向きのタイプが優れているとか幸せになりやすいというわけではありません。実際、意識が内向きの『スキル蓄積タイプ』は先述の2タイプに次いで、幸せな活躍をしている人の割合が33.6%と高くなっています。重要なのは、自分の志向性に応じた人生を選ぶことなのではないでしょうか」
小林一木氏「良い大学に入って、良い会社に就職すれば幸せが保証されているといった、いわゆる“昭和型”のルートはもう通用しないということでしょう。志向性のタイプが違えば、幸せを感じるポイントも活躍の基準も違います。そのことを理解していれば、どのタイプの人でも自分の行動によって幸せになり、活躍もできるわけです。こうした多様性を社会や若年層に示すことこそ、多くの人のウェルビーイングにつながっていくと考えています」
幸せの尺度が単一であれば、そこにそぐわない人は“不幸せ”と見なされてしまう。しかし、社会が多様な幸せの形を認めれば、幸せの総量は増えるのではないだろうか。活躍についても同様のことがいえる。他者のサポートを活躍と捉えることができれば、仕事にやりがいを見いだせるビジネスパーソンも増えるはずだ。
中原淳氏「他人や社会の物差しを自分に当てはめて、進路を決めたり、『自分はダメだ』と勝手に落ち込んだりする学生は少なくありません。この“単一の物差し”文化を捨てることが、幸せな活躍への近道なのだと思います」
「人生100年時代」 次世代がウェルビーイングを実現するためには
本調査の各結果から見えてくる、日本社会の変化。3人は、調査を実施した背景を振り返りながら、教育や企業のあるべき姿を模索する。
小林一木氏「現代人を取り巻く環境が変化していく中で、思考力や問題解決力、コミュニケーション能力など、さまざまな能力を身につけることが重要だとされています。しかし、能力を身につけさえすれば活躍できるのかというと、それは分かりません。社会で“役立つ能力”について画一的な議論をするよりも、一人ひとりが自分の志向性を理解して強みを生かす方向にシフトしなければならない。そして、これからの“人生100年時代”を生きる子どもたちに多様な生き方があることを示したいというのが、調査の最初の構想でした」
ベネッセ教育総合研究所のターゲットは子どもの教育が中心。そのため今回は、ビジネスパーソンや企業マネジメントの領域に強みを持つパーソル総合研究所と、大人の学びの専門家である中原教授との共同研究という形になった。
中原淳氏「大人のウェルビーイング研究は発達しているのですが、子どもや若年層のウェルビーイングという視点が新しい。そして、ただ調査をして終わりにするのではなく、子どもや若者が自分のキャリアや進路について考えるための“ボキャブラリー”を増やしたいという狙いもありました」
キャリアや進路に関する判断材料、つまりボキャブラリーを増やすことは、自分を深く知ることにもつながる。“自分を知る鏡”は同時に、社会人領域の課題解決にも役立つだろう。
小林祐児氏「社会人領域では、安定した大手企業からスタートアップに転職する人が増えていて、『今の若手が何を考えているか分からない』という課題がありました。そこを解決するために、若年社会人の活躍や幸福感にフォーカスした調査をしたいと考えていたのです」
本調査は、専門領域も課題感も異なる座組となったが、それが功を奏して教育領域と社会人領域の課題の関連性が見えてきたのだ。
小林一木氏「私の専門領域は教育なのですが、社会人領域と分断されやすいのが実情です。しかし、人間は0歳から100歳まで生きるわけですから、教育の分野だけで物事を論じても一側面でしかありません。特に、今の世の中は『良い』『悪い』の二元論では語れない。だからこそ、ウェルビーイングというキーワードを軸に、教育領域と社会人領域を結ぶことが必要でした」
中原淳氏「教育機関の関係者と仕事領域の関係者とは、実は互いに不満を抱えていますね。仕事領域の人は『教育機関がダメだから若手がすぐ辞める』、教育機関の人は『私たちが手塩にかけて育てた学生を企業がボロボロにする』と、それぞれが考えてしまいがちです。教育と社会が責任の押し付け合いから脱却するには、両方を一気通貫に捉えて同じ言葉で語り合わなければいけません。私たちは、そのための共通言語をつくりたかった。今回の研究は、その最初の一歩です」
仕事で幸せと活躍を実現するためには、個々の志向に合った働き方が目指されるべきなのだろう。そして、一人ひとりが自身の志向を見いだすためには、教育という視点も重要になるということだ。教育とビジネスはこれまで分断されてきたが、2つの領域をウェルビーイングというキーワードで結んでいくと、“学ぶ”ことの重要性が浮かび上がる。
次回、後編記事では、幸せな活躍をする若年社会人に共通する、“学びの特性”を明らかにしていく。
▼ベネッセグループのサステナビリティに関する取り組み
■「若年社会人の『幸せな活躍』」に関する定量調査
■持続可能な社会に向けたベネッセグループの社会貢献活動
■ベネッセグループのサステナビリティ方針