ウクライナ情勢、情報戦に関する海外メディアの論調

海外メディアでは、ウクライナが情報戦でロシアに勝利しつつあるとの見方が優勢になっている

米CNBCは3月1日の時点ですでに「Ukraine is winning the information war against Russia」と題した記事を発表し、ウクライナが情報戦で優位に立っていると報道した。

同記事では、欧州・ユーラシアでの極秘作戦を指揮した経験を持つ米諜報機関CIAの元職員マーク・ポリメロプロス氏の分析を紹介。

ポリメロプロス氏は「2週間前まで、ゼレンスキー大統領のリーダーとしての評価は低かったが、今やチャーチルのような存在になっている」と指摘。その要因として、ウクライナ側の情報オペレーションやソーシャルメディアが大きく影響していると分析している。

また同記事は他の専門家らの分析を交え、ウクライナが早期に情報戦で優位に立ったことで、3つのアクターに大きな影響を与え、行動を変えたと論じている。1つ目は「ウクライナ国民とその闘争心」、2つ目は「海外諸国による金融・外交的支援」、3つ目は「ロシア国民のウクライナに対する共感・同情」だ。

米シンクタンク・ランド研究所のレイチェル・コーヘン氏は、勇敢さと恐怖に関する情報は急速に広がる特性を持っていると指摘する。ゼレンスキー大統領が米国からの脱出支援を拒否し首都キーウに残ったという事実、またウクライナ国民が武器を持ち自国防衛に立ち上がったという情報が雪だるま式に拡散し、ウクライナの情報戦における優位性につながったという。

ロシア側はウクライナの無血開城を促すために、ゼレンスキー大統領がすでに国外に亡命したという偽情報やウクライナ軍に自国政府の転覆を促すなどの情報戦を仕掛けていたが、ウクライナ側の迅速な対応により、ことごとく失敗に終わっている。

ワシントン大学のロシア・ユーラシア研究を専門とするスコット・ラドニッツ准教授は、今回ロシア政府はロシア軍の勝利が確実であるとする情報を流布することで、ウクライナ側の士気を挫けると考えていたが、その前提が間違っていたため、情報戦で不利になったと分析する。侵攻前のゼレンスキー政権はウクライナ国民に人気がなく、ロシア軍が侵攻すれば国民は即時音を上げるという前提にあったというのだ。

またロシア情報戦の専門家モリー・マッキュー氏は、ロシア侵攻が始まった最初の段階でウクライナが力強い抵抗を示したことが、多くの国際支援を獲得する上で非常に重要な役割を果たしたと語る。ゼレンスキー大統領が国内に残り、多くの国民が立ち上がったことで、欧州各国ではそれぞれの政府に対する国民の圧力が高まり、経済制裁や武器支援といった動きにつながったと指摘している。

ウクライナが情報戦で優位に立った要因、国際メディアの役割

米シンクタンク、The Atlantic Councilは3月6日に発表した「Why Vladimir Putin is losing the information war to Ukraine」と題したレポートの中で、国際メディアが果たし役割について詳述している。

2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が始まる前から、米国がロシアの侵攻計画を公表していたことで、多くの国際メディアはすでにジャーナリストとカメラクルーをハリコフ、リヴィウ、マリウポリ、オデッサなどのウクライナの主要都市に送り込んでいた。首都キーウのホテルは2月上旬にはすでに国際メディアのクルーで満室になっていたという。

通常、国際メディアがウクライナ関連の情報を報じるとき、それは主にモスクワ支局から発信されるもので、そのほとんどはロシア視点の情報となっている。中立を保ちたい国際メディアであっても、モスクワ支局の編集長らは、制裁を恐れロシア側の意向を反映する情報を発信していたのだ。

実際これまでロシア政府にとって都合の悪い情報を発信したとして、英ガーディアン紙のルーク・ハーディング氏やBBCのサラ・レインズフォード氏がロシアから追放された事例がある。

しかし、今回は現地に張り込んでいる多くのジャーナリストとカメラマンによって、様々な事実が戦地から国際社会に発信されたことで、ウクライナ支援の国際世論が形成され、ロシアの情報戦略は機能しなくなったという。

情報戦、若いウクライナ閣僚の働き

上記The Atlantic Councilのレポートは、ゼレンスキー大統領がウクライナに残り日々会見を行い、継続的に国際社会にメッセージを発信していることが同国の情報戦における優位性を高めていることは間違いないとしつつ、閣僚の働きも情報戦において重要な役割を果たしていると指摘している。

特に、外務大臣のドミトロ・クレバ氏(40歳)やデジタル改革相のミハイロ・フョードロフ氏(31歳)の働きが顕著だ。

両者とも主にツイッターを通じて、欧州や米国の政府・企業にロシア制裁の呼びかけを行っており、それがきっかけとなり、制裁行動につながったケースは少なくない。

たとえば、アップルが3月1日にロシアでの同社製品の販売を停止したが、これに先立つ2月26日に、フョードロフ・デジタル改革相が同社宛てにロシアでの販売停止を求める書簡を送っているのだ。

フョードロフ・デジタル改革相は2月26日頃から精力的にGAFAMなどにロシアでのビジネスを停止するよう呼びかけていたが、その声に応じるように2〜3日後には多くの企業がロシアでのサービス・プロダクト販売を停止している

フョードロフ・デジタル改革相が送ったアップルCEOティム・クック氏宛ての書簡(フョードロフ・デジタル改革相ツイッターより)

ロシア側は、ウクライナから発せられる情報を断ち切ろうと同国のインターネットを遮断しようとしたようだが、この試みもフョードロフ・デジタル改革相がイーロン・マスク氏にスターリンクによる支援を呼びかけたことで失敗に終わっている。

フョードロフ・デジタル改革相のツイートによると、3月1日にはスターリンク社から送られたネット受信用のアンテナがウクライナに到着。200メガビット以上の通信速度が観測されている。

ウクライナに到着したスターリンクのネット受信機(フョードロフ・デジタル改革相のツイートより)

ウクライナ英字紙2022年3月7日の報道では、ロシアに宣戦布告したハッカーグループの「アノニマス」がロシアのテレビ局をハッキングし、ウクライナの現状を報じる動画を配信することに成功したという。これが事実であるとすると、情報戦におけるロシアの状況はますます悪化しているといえる。

文:細谷元(Livit