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男女平等の意識が高く、子育てしやすい国として知られるフィンランド。男女平等ランキング2021(※1)では2位を獲得しており、首都のヘルシンキはワーク・ライフバランスが良い都市2021(※2)で1位に選ばれている。
そんなフィンランドで、じわじわと支持を集めているコミュニティがある。フィンランド語で「悪いお母さん」を意味する「Huono Äiti」(以下、「ダメな母親」と表記)だ。1人のフィンランド人女性から生まれた同コミュニティは、今や15万人を超えるフォロワーを持つほどの人気となっている。
「ダメな母親」とは、どんなコンセプトなのか、なぜ同コミュニティがフィンランドの女性たちに支持されているのか。「ダメな母親」の創業者であり、2児の母親でもあるSari Helin(サリ・ヘリン)さんに聞いた。
※1……世界経済フォーラムが提供する「世界ジェンダー・ギャップ報告書(Global Gender Gap Report)2021」を参照
※2……米国企業Kisiが提供する「Cities with the Best Work-Life Balance 2021」を参照
劣等感を共有して、癒やすコミュニティ
サリさんは、「ダメな母親」は価値観に基づいたソーシャルメディアコミュニティだと話す。
「すべての母親は、私は子どもにとって十分な母親なのか、家庭の責任と仕事やその他の活動とのバランスをどう取ればいいのか、といった普遍的な疑問を抱えていると思います。さらに、十分でない自分や生活に劣等感を持ってしまうんです」(サリさん)
「ダメな母親」は、多くの母親が抱くそんな劣等感を共有し、「完璧である必要はない」というメッセージを伝え、ネガティブな気持ちを癒やす場として機能しているそうだ。加えて、他の親をサポートすること、有益な情報をすばやく共有すること、姉妹のようなつながりを提供すること、ユーモラスに表現することも大事に考えている。
「ダメな母親」のホームページには、多くの母親から寄せられた悩みや体験談の紹介と共に、それらの投稿に対する共感やアドバイスのコメントが掲載されている。サリさんいわく、多くの投稿はSNSには書けないような赤裸々な内容が多いという。
「投稿を見ていると、孤独を感じている人が多い印象があります。例えば、私生活でも会社でも『居場所がない』と感じる、本音で付き合える友人がいない、夫とのロマンスやセックスライフの欠如など。フィンランドでは離婚がめずらしくないため、離婚後に新たなパートナーを見つけることが難しいという悩みもあります」(サリさん)
フィンランド統計局によれば、女性の初婚が離婚に終わる確率は38%(2019年)だ。おおよそ10組中4組が離婚することもあり、現地で1年以上暮らしていた筆者の感覚では、「ブレンドファミリー(日本でいうステップファミリー)」はめずらしくない印象だった。
意外にも「ワーク・ライフバランスが取れていない」という声も多いのだとか。多くの夫婦が共にフルタイムで働き、帰宅すると家事と育児が待っている。配偶者との関係性構築も重要だ。男女平等が進んでいるといっても、サリさんいわく、育児休暇を取得するのは多くが女性であり、子どもの習い事や学校の活動に関与する割合も母親が多いとのこと。
サリさんは、「近年は両親からのサポートが受けづらい」とも指摘する。「私が子供のころは祖父母が近所に住んでいて、毎日のように彼らが面倒を見てくれていました。しかし、近年は田舎で両親と同居する価値観が薄れ、ヘルシンキやタンペレといった大きな都市に住む人が増えています。両親と物理的に距離が遠いことに加え、祖父母世代が旅行など自分の人生を優先して楽しむようになっています。結果的に両親からのサポートが受けられない人が多いのです」(サリさん)
このようにやるべきこと、配慮すべきことが多いために、すべてのバランスを取ることが難しいと感じてしまう女性が少なくないようだ。
「マスカラを落とさず寝てしまう」本音のツイートに反響
サリさんは、1995年から2010年までジャーナリストとして働き、1999年からは「Yle」(フィンランド国営放送)でニュースや時事番組の司会者やレポーターを務めた経験を持つ。その後、2012年に「ダメな母親」の名前で企業とコミュニティを立ち上げ、実業家となった。
私生活では2001年に結婚、2002年に長男(19歳)、2008年に長女(13歳)を出産。2021年に離婚し、現在は元夫と共に共同親権を持ち、週替わりで子どもたちと過ごしているそうだ。
サリさんの創業には、両親が若くして亡くなってしまったことが大きく影響しているという。
「両親の死を通して、私は自分が本当にやりたいことをやらなければ、夢を追わなければと思いました。そして、やりたいことをやるための会社を起こすことにしました。また、子育てにおいて両親からのサポートを受けられなかったことは、ダメな母親というコミュニティを立ち上げるキッカケのひとつだったと思います」(サリさん)
最初の活動は、サリさん自身がFacebookに投稿した1つのポストだった。長男を出産したあと、育児に疲れきっていたサリさんは、ユーモアを交えつつ正直な気持ちを投稿。それに対し、周囲の母親たちが心から共感してくれた。そんな経験から、母親が素直になれるコミュニティを作りたいと思ったという。
「長男はあまり眠らない子でした。当時の私はフルタイムで働きながら子育てをしていて、マスカラを落とさずに寝てしまうほど疲れていました。他のお母さんたちが笑顔で子供と遊んでいるのを見て、ツラい気持ちになることも。でも、正直な投稿に共感してもらえたことで癒やされ、子育ての悩みを赤裸々に話すことは、子どもにとっても良いことだと思えたんです」(サリさん)
さまざまな企業とコラボした自社ブランド商品も
1つのFacebookポストから始まった活動は徐々に大きくなり、今やFacebookに約12万人、Instagramに約3万人のフォロワーを持つまでに拡大している。このコミュニティの影響力を活かし、インフルエンサー事業も行っている。
ノルウェーのシューズブランド「Viking Outdoor Footwear」とは、6年間にわたりコラボレーションを継続している。「ダメな母親」が商品をPRするコンテンツを作成し、コミュニティのメンバー向けに発信しているそうだ。
さまざまな企業とコラボレーションした自社ブランド製品の販売も。現在、シャンパン、チョコレート、魚の缶詰、レトルト食品、ビタミン剤を扱い、フィンランド国内のスーパーマーケットなどで販売されている。
「製品をつくるときに配慮するのは、原材料です。新鮮で健康的な食品であることを心がけ、地元の食材をメインとして、国内で手作業によって作られています。また、環境にも気を配り、リサイクル素材で梱包されています」(サリさん)
食品はグルテンフリー、ラクトース(乳糖)フリーで、サプリメントは5種類のうち3種類が100%ヴィーガンだ。さらに、レトルト食品は半日分の野菜が含まれている。時短と健康的な食生活を同時に叶えられるような商品といえる。
売り上げや成長率は非公開だが、事業は堅実に成長しているとのこと。現在「ダメな母親」には、サリさんを除いて3名の社員が在籍しているそうだ。
育児休暇を男女平等に。フィンランドの改革は続く
フィンランドでは、2022年8月に、両親に平等の育児休暇を与える新しい家族休暇制度が施行される。これは「男女平等を向上させ、低下している出生率を押し上げること」が主な目的で、男女間の賃金格差の縮小につながることも期待されている。フィンランドの保健社会省の大臣によれば、スウェーデンやアイスランドなどで、父親の育児休暇を増やした後に出生率が上昇した事実があるという。
新制度では、160営業日分(6.6カ月)の育児休暇が両親に与えられる。そのうち、63営業日分(2.6カ月)をもう一方の親に譲渡することができる。片親の場合は、両親の枠(320営業日分)を1人で利用できる。双子や三つ子などの多胎児は例外で、第2子以降、1人当たり84営業日分が増える。子どもが2歳になるまで、最大4回に分けて取得できる。
現状の制度では、出産予定日前から始まる母親の産休・育児休暇が105営業日、父親の育児休暇が54営業日で、両親のどちらかが取得する、あるいは両親が共有する親族育児休暇が158営業日となっている。しかし、新制度に移行することにより、父親が最低でも97営業日分(4カ月)の育児休暇を取得することになるのだ。
しかし、同国の男女平等委員会のメンバーは、「妊娠や育児休業に関する差別問題は、法律だけで解決できるわけではない」と語る。この点についてサリさんにたずねたところ、「今後、教育が大事になるのではないか」と話す。
「完全な男女平等の実現は非現実的かもしれませんが、もっと平等に近づけることはできると希望を持っています。特に、家庭や学校での教育を通して男女平等の重要性を教えることで、子どもたちが大人になったときに、より良い選択ができるのではないでしょうか」(サリさん)
さらに、子育てをしながらワーク・ライフバランスを良くするには、働く時間を短縮することも必要だとサリさん。
「例えば、1日8時間の拘束を6時間にする、毎週金曜を休みにするなどが実現するといいですね。会議時間ももっと短くてもいいかもしれません」(サリさん)
サリさんは、今後、国境を越えてスウェーデンやデンマークなどの近隣諸国にも活動を広げていきたいと意気込みを語った。
「お母さんたちがリラックスした状態で、今のままで十分なんだと思えるコミュニティを広く提供したいと思っています。まずは、自社商品の販売を通じて、私たちの価値観を他国にも広げていけたらいいですね」(サリさん)
写真提供:Huono Äiti
文:小林香織
編集:岡徳之(Livit)