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ロシアからの侵攻を受けたウクライナ政府は、武器調達のために様々なファイナンシング活動を行っている。従来のような戦時国債の発行のほか、暗号資産(仮想通貨)やNFTといった新しい手法を取り入れ、中には「ミームコイン」であるドージコインの調達も開始。暗号資産はこの戦争を左右する金融手段として、急速に存在感を高めている。
超高利回りの戦時国債
ブルームバーグによると、2022年3月1日、ウクライナ政府は戦時国債を売却して81億グリブナ(2億7700万ドル)を調達した。また、同日政府は国外の投資家に約3億ドルの債権利息を支払い、戦時中でも投資家に対する責任放棄をしない姿勢を表した。
戦時国債は戦時下に政府が発行する債務証券のことであり、日本では日清戦争以降、戦争の際に大々的に発行されてきた。
今回のウクライナ政府の戦時国債の利回りは11%であり、アメリカ財務省のインフレ連動債(TIPS)「シリーズI貯蓄国債」の7.12%よりも高い。
戦時国債には大きなリスクが伴うが、それでも一部の投資家は注目をしている。実際、ロビンフッドやフェデリティ、シティグループなどに対し、人びとがツイートする動きも広がっているという。
しかし、債権の大半は機関投資家に直接販売され、投資額もそれなりに大きいものであるため、個人投資家の購入は難しいようだ。
あらゆる暗号資産の寄付を受け付け
ウクライナ政府は暗号資産による寄付集めにも乗り出している。
ツイッター上では積極的に仮想通貨の寄付を呼びかけており、2月26日に政府公式ツイッターで、ビットコインやイーサリアムなどが送金できるデジタルウォレットのアドレスが公開された。3月2日時点で3万5000以上の仮想通貨の寄付がされ、調達額は3500万ドルを超えたという。
使用できる通貨の種類も増え続け、ビットコイン、イーサリアム、テザーなどのステーブルコイン(法定通貨と関連づけられた仮想通貨)をはじめ、ポルカドット、ソラナなど比較的新しい通貨も受け付けている。
ブロックチェーン分析企業のマークルサイエンスによると、現段階では仮想通貨による寄付の69%が、ビットコイン、イーサリアムによるものであるという。
また、ドージコインも話題となっている。ドージコインは2013年にビットコインを模倣した「面白いコイン」として作られた仮想通貨であり、「ミーム」と冗談まじりに言われることもある。
しかし、イーロン・マスク氏の「ドージコインがお気に入り」というツイッター発言をきっかけに注目され、2021年には価格が一時高騰。2022年3月現在、仮想通貨の時価総額ランキングで13位をマークしている。
ウクライナのミハイロ・フェドロフ副首相は自身のツイッターで「今ではミームでさえ、私たちの軍隊を支援し、侵略者から命を救うことができるのです」と、ドージコインの寄付を呼びかけた。フェドロフ氏は3月2日時点で、ドージコインの価格がロシアのルーブルを超えたことも指摘した。
NFTによる資金調達も活発化
暗号資産に加え、NFT(非代替性トークン)も存在感を示している。CNNによると、ウクライナ国旗のNFTの収益が670万ドルに達したという。
このNFTは、ロシア人活動家のパンクバンド「プッシー・ライオット」による自律分散型組織(DAO)「ウクライナDAO」が販売。ウクライナDAOの基盤はイーサリアムブロックチェーンであり、販売開始から72時間以内に3200件以上の購入者が殺到し、3月2日時点で2258イーサが集まったという。
この寄付金はクラウドファンディング「カムバックアライブ」を通して、全額ウクライナ軍のメンバーとその家族に寄付される予定だ。
「東欧のシリコンバレー」ウクライナはIT立国
ウクライナがこれだけ迅速に暗号資産の資金調達を行えたのは、国のデジタル化が進んでいることも大きい。
ウクライナは「東欧のシリコンバレー」と呼ばれるほどのIT立国。ジェトロによると、ウクライナには約150のテック系高等教育機関があり、優秀なIT人材を豊富に抱える。IT市場も年々右肩上がりで、2018年の市場規模は約45億ドルと、10年間で約9倍の伸びをマーク。事業内容はサイバーセキュリティ、クラウドデータ、AI(人工知能)などが大半を占め、ウクライナにアウトソーシングをしている日本企業も多い。
また、国内にいながら海外の仕事を受注している人も多いため、ウクライナ語、ロシア語に加え、英語が堪能な人も少なくない。巧みな「ツイッター外交」で注目されるフェドロフ副首相は、大学卒業後にSNSに特化した広告サービスのスタートアップを創業しており、2021年にはゼレンスキー大統領とともにアメリカ大手IT企業の誘致を行っている。今回はその卓越したIT ・グローバル感覚が発揮されているようにも見える。
経済制裁の「抜け穴」になる可能性
ウクライナが仮想通貨で資金を集める中、ロシアでも買い注文が殺到している。ロイターによると、ロシアがウクライナに侵攻した2月24日、ルーブル建てのビットコインの取引高は、前日比259%増の13億ルーブル(約13億5000万円)に達したという。
政府による法的措置を受けない仮想通貨は、経済制裁の「抜け穴」になる可能性も指摘されている。スイスクオート銀行のシニアアナリスト、イペック・オスカルデスカヤ氏は、「仮想通貨は、強力な価値貯蔵場所として機能するだろう」と話している。デジタル通貨は窮地のウクライナをバックアップする存在である一方、ロシアへの経済制裁効果を弱める可能性も無視できない。
史上初の「暗号資産戦争」という指摘も
ロシアへの経済制裁は日に日に強まっており、大手クレジットカード会社やペイパルのロシアにおけるサービス停止も発表された。
EU(欧州連合)とアメリカは3月2日、ロシアの大手7行を国際送金の決済ネットワークSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除することを決定。世界の高額資金決済の約半数を占めるSWIFTから締め出されることは、ロシア経済にとって死活問題だ。通貨ルーブルは急落し、市民の間でも動揺が広がっている。
さらに3月6日時点で、EUとG7(先進7カ国)は仮想通貨取引も制裁対象にすることを検討しているとのこと。ロシアは暗号資産のマイニング(採掘)規模が世界3位であり、暗号資産取引は同国の重要な外貨獲得手段である。
ブルームバーグによると、アメリカの暗号資産取引大手コインベースのブライアン・アームストロングCEOは、「現段階で全ロシア人への利用禁止はしていない。しかし今後は、アメリカ政府の措置に従う」意向を示している。一方で、「ロシアの一般人にとって仮想通貨は命綱。利用禁止にすることで、侵攻に反対する人たちにも打撃を与えることになる」と懸念も示した。
かつて、戦時下にこれほどまで暗号資産が存在感を示した例はなく、「史上初の暗号資産戦争」と見なす専門家も多い。今回の件をきっかけに、暗号資産は金融対策のゲームチェンジャーとなる可能性もあるだろう。
混迷を極めるウクライナ情勢。いずれにせよ、これ以上の犠牲者を出すことなく早期の停戦を望むばかりだ。
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)