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時代とともに変化する、お酒の楽しみ方。“家飲みマーケット”という言葉に見られる自宅での需要拡大や、“フルーティー”な香りを求める嗜好(しこう)などが、その代表例だろう。酒類メーカーでは熾烈なシェア獲得競争が繰り広げられ、各社が新たな価値の創造に向けて試行錯誤をしている。2022年2月、宝酒造株式会社は日本酒と焼酎における新商品を発表。最大の特徴は「香り」だという。その先にはどのようなユーザー体験があるのだろうか。同社の発表会を取材した。
縮小する国内酒類市場と、宝酒造の勝算
酒類の国内市場は、全体として縮小傾向にある。背景にあるのは、少子高齢化や人口減少、長らく続く消費者の低価格志向などだ。またコロナ禍により飲食店での消費は一段と減少。酒類業界では、商品の差別化や高付加価値化、海外市場の開拓など、各企業が独自の戦略を展開し、存亡を懸けて変革を推進している。
日本酒や焼酎をはじめとした和酒市場も例外ではない。宝酒造株式会社の新商品発表会では、冒頭で常務執行役員・山内徹氏が、業界の現況に対する力強い姿勢を述べている。
山内氏「宝酒造は、伝統的な和酒に強みを持つメーカーとして、独自の技術力を生かした商品を数多く発売してきました。しかし、国内和酒市場は減少が続き、厳しい状況が続いています。市場環境の変化や消費者ニーズを捉えた新たな商品を開発・育成し、市場を活性化していくことこそ、和酒ナンバーワン企業である当社の使命であると考えています」
和酒というと高年齢層がメインターゲットであるイメージが強い。例えば同社における一般的な清酒では、多くの商品のメインターゲットが60代に達している。ユーザーを次世代につないでいくためにも、若年層の獲得は酒類業界にとって急務であることが分かる。
今回、宝酒造は次世代層を含む新規ユーザーの開拓、新たな価値の提供を目指す姿勢を見せた。発表された新商品は、長年培われた技術力を結集することで実現した、全く新しい味わいの体験なのだ。
キーワードは「香り」。生活様式の変化からひもとく次世代のニーズ
宝酒造がまず着目したのは、近年の生活様式の変容であった。巣ごもりによる“家飲み”の増加により、日本酒や焼酎は若年層の飲用頻度・量が増加したという。
山内氏「“家飲み”に伴い、日本酒や焼酎を、『食事と合わせて楽しむ』『時間をかけてゆっくりと飲む』『リラックスしてたしなむ』といったスタイルが定着。こうした中で伸長しているのが、フルーティーな香りの商品です」
“香り”を打ち出した商品というと、プレミアムビールやクラフトビールでの需要の高まりをイメージする読者も多いだろう。フルーティーな香りの酒類における消費量推移は2012年と比べて1.8倍にも伸びており、酒類市場の縮小の中でも高まるニーズの一つなのだ。
日本酒市場に目を向けると、純米・本醸造酒の販売量が低下している一方で、吟醸酒やフルーティーな普通酒が拡大。これら香りの高い日本酒には、ビールやワインといった酒からの流入も目立っている。焼酎市場でも、香りを訴求した本格焼酎が大幅に伸長。中でも “香り系芋焼酎”は炭酸割りでも楽しめることから、既存の芋焼酎、ビールやチューハイなどからの流入が顕著なのだ。
山内氏「日本酒、焼酎ともに、香りを訴求した商品は、特に若年層の人気が高まっていることも分かります。つまり、和酒市場を活性化するチャンスは、『香り系和酒商品の伸長』と『若年層新規ユーザー拡大』なのです。そのマーケットに新商品を投入するのが、今回における宝酒造の戦略になります」
しかしなぜ、若者は“香り”を求めるのだろうか。背景にあるのは、味だけでなく“体験”も求める消費傾向があるのかもしれない。先述した『リラックスしてたしなむ』といった声も、物を超えた体験 “コト消費”の表れなのだろう。実際に高まる“香りニーズ”に日本酒や焼酎で応えるためには、技術力も必要だ。この点でも長い歴史と伝統を持つ、宝酒造は優位に立っている。
こうして出来上がったのが、松竹梅「昴」と全量芋焼酎「ISAINA」である。具体的にはどのようなユーザー体験を提供していくのだろうか。
“香り系和酒”が実現する、食卓を彩るユーザー体験
松竹梅「昴」は、爽やかな果実感を実現した、鮮烈にフルーティーな香りの新しい日本酒だ。商品第二部副部長 醸造酒課課長の橋本倫徳氏は、「日常の食卓を華やかにする」一杯を目指して開発したと、その魅力を力説する。
橋本氏「日本酒における香りトレンドにおいて、代表的な吟醸香は2タイプあります。リンゴ様で甘い香りの『カプロン酸エチル』タイプと、バナナやメロン様で爽やかな香りの『酢酸イソアミル』タイプです。このうち、近年の傾向を見ると、酢酸イソアミルタイプの方に人気が集まっているといえます。
ユーザー動向を見ると、香りを訴求するパック日本酒を選択する理由では、『フルーティー』『後味すっきり』『食事を選ばない』が上位を占めています。そこで私たちは、『和食だけでなく洋食にも合う』『ウイスキーのように食事がなくとも香りをじっくりと楽しめる』というニーズが高いと仮説を立て、それに応える“フルーティー感”と“すっきり感”を実現しようと、松竹梅『昴』の開発に踏み出しました」
こうして完成した「昴」は、ビーフシチューやスペアリブといった焼き付け料理、カマンベールチーズやチーズケーキといった乳製品とマッチする。比較的濃い味付け、甘い香りのする料理との相性が良いのだ。特にフレッシュな果実を思わせる香りは特徴的だが、ここには独特の製法が隠されている。
橋本氏「『昴』は、純米大吟醸などの特定名称酒ではなく、比較的香りを出しづらい普通酒です。そこでまず、香りを高生成する酵母を独自に開発。さらに仕込み条件やブレンド比率を100パターン以上試作することで、香り成分のバランスを追求しました。一般的な吟醸酒の2倍以上の吟醸香、酵母由来の三つの香り成分によって、突き抜けるようなフルーティーな香りにたどり着いています」
一方の「ISAINA」の名は、“異才な”からネーミングされた全量芋焼酎。「飲み方で香りが変わる、これまでになかった体験を味わえる」と語るのは、商品第一部 蒸留酒課課長の高井晋理氏だ。
高井氏「コロナ禍により、香り系焼酎のユーザーにおける自宅での飲む量・時間は増加傾向にあります。ここで求められている価値は、『より手軽に』『食事と一緒に楽しむ』の二つ です。従来は食事の後半から食後にかけて飲まれることが多かった芋焼酎ですが、炭酸割りの普及により、食事の前半にも楽しむシーンが広がっていることが、背景にあるのでしょう。
また、芋焼酎好きの若年層は、『食中酒として芋の甘い香りを求めている傾向があること』『従来の無骨なものではなく、おしゃれでテーブル映えするデザインを求めていること』が分かりました。これらニーズに応えるべく、研究を重ねてたどり着いたのが『ISAINA』です。チーズやピザといった洋食と一緒に楽しむ、また食後にドライフルーツとともに楽しむなど、新しい体験を可能にします」
「ISAINA」最大の特徴は、飲み方で香りが変わることだ。炭酸割りではみずみずしい果実のようなフルーティーな香りを、ロックでは焼き芋のような甘い香りを楽しむことができる。この酒質は、果実の香り成分を強化する独自の香り酵母に、芋麴仕込みを組み合わせることで実現した。
高井氏「香り酵母由来のフルーティーな香り、芋由来の甘い香りは、アルコール度数によって強度のピークが異なる仕組みです。これを当社独自の計算方法によって、一定の度数を超えると香りがガラリと変わるように設計しました」
和酒カルチャーを継承する、伝統と革新の企業戦略
新規層獲得のために、宝酒造は販売戦略にも尽力する。「昴」は、広告展開において香り高さを前面に押し出して訴求。「こんなに香り高い日本酒があるなんて。」をキャッチコピーに、新時代をイメージさせるビジュアルとともに表現している。
橋本氏「日本酒のメインユーザーは60代以上。まずは次世代層に当たる40~50代男性に向けた情報発信をすることで、ユーザー拡大を狙います。この年代は、香りの高い特定名称酒を普段から楽しんでいます。しかし大吟醸などは価格が高いため、『パック酒を平日、特定名称酒を休日』というように、使い分けている方も多いです。そこで、『昴』を日常でもお買い求めになりやすい 紙パック日本酒として、1,248円(1.8L税抜き)という低価格で提供。身近に香りを楽しむ習慣を浸透させたいという思いがありました。売り場では、日本酒売り場での香り系を打ち出すゾーニングに加え、焼酎と併せて『香り和酒コーナー』として展開することで、新しい層を引きつけたいと考えています」
一方で「ISAINA」のメインターゲットは、30~40代の芋焼酎好きである。ラベルは芋のホログラムになっており、“変化する香り”を見る角度で色が変わることで表現。リッチかつシンプルなデザインで、従来の焼酎に多かった和のイメージと差別化を図っている。キャッチコピーは「ロックとソーダで別の顔。」SNSでの情報発信、ドリンクに対するこだわりが強い若年層が集まる料飲店での展開を通じ、ユーザーとの接点を増やしていく狙いだ。
高井氏「『ISAINA』の価格はやや高いですが、ターゲットとしている芋焼酎ユーザーは、価格よりも品質を求める傾向にあります。まずは芋焼酎ユーザーの心をしっかりとつかみ、成長軌道を築くことで、そこから新規のユーザー、若年層にも展開していきたいです」
伝統と革新を両輪に、私たちに豊かさを与えてくれる宝酒造。令和の日本酒・焼酎カルチャーは、同社によって大きく進化するのかもしれない。今宵、未来の和酒体験に期待をしながら、「昴」「ISAINA」をたしなんでみてはいかがだろうか。
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