龍谷大学はSDGs(持続可能な開発目標)を積極的に推進するために、「自省利他」という行動哲学を基本に据えた「仏教SDGs」を掲げている。
「自省利他」とは、自身に自己中心性が宿っていることを自覚し、払拭に努めることを指す「自省」と、他者への思いやりと幸福を願う精神を指す「利他」を掛け合わせた行動哲学だ。この考えは、自己利益の追求ではなく社会問題の解決を目的とする、ムハマド・ユヌス博士が提唱した「ソーシャルビジネス」との親和性が高く、持続可能な社会の実現に近づく鍵となり得ると、龍谷大学では考えられている。
今回は、2019年11月に龍谷大学で行われたムハマド・ユヌス氏の講演内容をダイジェストで紹介する。ユヌス氏は、自身の実体験から「自省利他」とソーシャルビジネスの深いつながりを感じたと語った。そのきっかけとは、何だったのだろうか。
グラミン銀行立ち上げのきっかけは地域の人々の救済だった
ユヌス氏はバングラデシュの大学では教育分野の仕事に携わっていた。しかし、そこで感じたのは経済学の敗北という現実だった。
当時、パキスタンとの血なまぐさい紛争が終わり、独立したバングラデシュは新しく国を立て直し始めていた。そうした中、飢饉が起こったのだ。バングラデシュの大学で経済学を教えていたユヌス氏は、飢えが原因で人々が死んでいく様子を間近で見て、「大学で教えている経済理論は実際の社会では何の役にも立たない、なんて無意味なものだろうか」と感じたと言う。
ユヌス氏は現実をこの目で見なければと感じ、実際に村を訪ねた。するとそこには、経済学の教科書には決して登場しない”ローンシャーク “と呼ばれる高利貸しが横行していた。
「私が学んできた知識は全く役に立たない。どうやって止めたらいいのだろう」ユヌス氏は考えた。そして出した答えが、ユヌス氏自身がローンシャークの代わりにお金を貸すことだったと言う。
その取り組みに従事したものの、彼の私財はあっという間に底をついた。それでも彼は、ひとまずローンシャークから貧しい村人たちを守れることがうれしかったと当時を振り返る。私財は無くなったが、活動をどうにか持続していきたい。その想いから、ユヌス氏は未経験で銀行の起業を決意した。
これがのちに世界中に広がる、グラミン銀行誕生のきっかけとなったのだ。
他者の救済を貫いた不屈の精神
ユヌス氏が設立したグラミン銀行の融資の考え方は、既存の銀行とは全く違うものだった。
既存の銀行はすでにお金を持っている人や信用価値がある人に融資をしていたのに対し、グラミン銀行が融資したのは貧しい女性たちがほとんどだったのだ。「世界の富はごく一部の人々に集まるようにできている。これは経済制度そのものに問題があり、そのシステムを変える必要がある。」とユヌス氏は言う。
当時ユヌス氏には、銀行業の知識も起業の経験もなかったが、祖国の人々を助けたい一心で、政府の規制や許可の取得など、数々の困難を乗り越えグラミン銀行を設立した。
その後ユヌス氏は、社会問題を解決するためにさらに会社を立ち上げていった。
銀行の次に始めたのは病院の経営だ。国全体の医療制度に問題を感じたことが行動のきっかけだった。そして社会問題を発見するたびに、その問題を解決するビジネスを彼は作り続けた。
しかし、起業を続けるうちに、ある論争が起きた。それは、「なぜ、儲からないビジネスをやっているんだ」というもの。
ユヌス氏の立ち上げたビジネスは、人々の問題を解決する手助けをするためのもので、必ずしも収益を上げているとは限らなかった。
たしかにビジネスとは、利益の最大化を目的として立ち上げられることがほとんどだ。周囲からは、利益のために効率をあげるべきだと何度も言われた。
しかしユヌス氏は、他の人の利益を全部無視して自分の利益だけを追求するのではなく、自分と社会の利益両方を組み合わせてこそ経済だと考え、ソーシャルビジネスを今も続けている。
すべての人間は生まれながらにして起業家
ユヌス氏は「すべての人間は生まれながらにして起業家」だと言う。自身が全くの未経験から銀行業を立ち上げ、既存の方法とは異なる独自の発想で成功させたことがその裏付けだろう。
「もし、自分が望む仕事がなかったのなら、自分でつくり出すことも考えてみてください。人間はだれしも内なる素晴らしい創造力を持っています。」とユヌス氏は説く。
そして、誰かに指示された人生を生きるのではなく、自分が選んだ行動に信念をもって行うこと、そして何よりも社会を良くする選択肢を意識することが重要だという。
この意識が、ソーシャルビジネスの起点である「どうしたら社会の問題を解決することができるのか」という疑問へのアンテナとなるのだ。
ユヌス氏が唱えるソーシャルビジネスは、まさに龍谷大学が提唱する「自省利他」の行動哲学との深いつながりがあった。
龍谷大学は、19年の6月にユヌス氏と共同でユヌス ソーシャルビジネス リサーチセンターを設立。起業のための実践プログラムなどをもとに、学生のソーシャルビジネスの起業のサポートを行なっている。
今後もユヌス氏の精神に共感し、経済と社会どちらの利益も上げられるようなソーシャルビジネスのあり方を、龍谷大学は考えていく。
※この記事は龍谷大学オウンドメディア 「ReTACTION」からの寄稿記事になります。
「ReTACTION 」はコチラ