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マイクロソフトが1月中旬に、アクティビジョン・ブリザードを買収する意向を明らかにした。買収価格は687億米ドル(約8兆円)で、ハイテク業界史上最大の取り引きといわれる。2023年に買収が完了すれば、ゲーム事業の成長が加速し、メタバースへの取り組みが強化されることは間違いないといわれている。この買収はメタバース市場にどのような影響をおよぼすのだろうか。
買収を発表したマイクロソフトは、35年以上にわたって世界のPC市場をけん引し続け、企業間技術全般を先導し、VRやAR分野においても先駆者的存在だ。契約開始が今年9月からになったものの、昨年、ARヘッドセット「ホロレンズ2」をベースとした統合視覚補強システム(IVAS)を戦闘支援、訓練用に米国陸軍に供給する契約を結ぶなど、その動向は常に注目されている。
一方、買収される側のアクティビジョン・ブリザードは、ゲーム開発とインタラクティブなエンターテインメント・コンテンツ制作のパイオニアだ。世界各地にスタジオを所有し、約1万人の従業員を抱える。『ワールド・オブ・ウォークラフト』『ディアブロ』『オーバーウォッチ』『コール・オブ・デューティ』『キャンディークラッシュ』など、人気のゲームを手がけている。メジャー・リーグ・ゲーミングを通じ、eスポーツ事業も世界展開する。
「エンターテイメントの中で最高」のゲーム事業を強化
マイクロソフトの会長兼CEO、サティア・ナデラ氏は、現在、ゲームはあらゆるプラットフォームを通じて、エンターテイメントの中で最もダイナミックでエキサイティングなカテゴリーであると語っている。アクティビジョン・ブリザードの買収を通して、モバイルやPC、コンソール機、クラウドにおけるゲーム事業の成長を加速化させようと意気込みを見せる。
世界の各市場を調査するモードーインテリジェンスによれば、昨年のゲーム市場の規模は1737億米ドル(約20兆円)。2027年には3,144億米ドル(約36兆円)に達すると予測され、2022年から2027年の年平均成長率は9.64%と予想されている。中でも最大の割合を示すのがモバイルゲームで、490億米ドル(約5兆6500億円)と約45%を占める。
今回の買収で、「ゲームパス」による定額制ゲームサービスにアクティビジョン・ブリザードのゲームが含まれることになり、ゲームパスのポートフォリオが強化される。ゲームパスの加入者2500万人に、アクティビジョン・ブリザードの190カ国に広がる月間アクティブ・ユーザー約4億人が加わることになる。30億ドル(約3460億円)規模のフランチャイズも伴い、ゲームパスは業界でも多様なゲームコンテンツのラインアップを取りそろえる。
ビジネス・インサイダーによる報告書「インサイダー・インテリジェンス」によると、昨年は29億6000万人、今年中に30億人を超すと予測されるゲーマーにとって、非常に魅力的なゲームサービスになるのは間違いない。
ナデラ氏は、「今回の買収は、メタバース・プラットフォームの発展に重要な役割を果たすことになるだろう」と語っている。昨年10月にブルームバーグTVの取材に対し、ナデラ氏は自社のゲーム自体はすでにメタバースだとしながらも、課題は現在2Dであるそれらを、完全な3Dの世界に持っていけるかどうかだと話していた。と同時に、その課題をマイクロソフトは絶対に克服すると、決意を見せていた。
メタバースで変わる広告①――ブランドはオリジナルの3Dゲームで顧客にアプローチ
買収がきっかけで広がりを見せるであろうメタバース・ゲーム。ゲームへの広告の組み込まれ方に変化が生じている。中でも確実に変化を見せているのが、ゲーム内のブランド広告だ。フェラーリは、エピック・ゲームズの『フォートナイト』に新モデルである「296GTB」を登場させた。
ブランドが独自のゲームを制作するケースも出てきた。バレンシアガは、ストリームライン・メディア・グループとコラボし、『アフターワールド:ジ・エイジ・オブ・トゥモロー』というゲームを製作。ユーザーが未来を思わせる世界を行く中、途中で出会う人びとはバレンシアガの2021年オータムコレクションからの最新デザインのファッションを身にまとっている。
ロブロックスの協力のもと、ヒュンダイは、『ヒュンダイ・モビリティ・アドベンチャー』を、VANSは『ヴァンズ・ワールド・スケートパーク・エクスペリエンス』を、またバーバリー、ディオール、ヴァレンティノはWeChat上にミニゲームを公開している。
バレンシアガのゲームを手がけたストリームライン・メディア・グループのCEO兼共同設立者であるアレクサンダー・フェルナンデス氏は、ワンダーマン・トンプソン・インテリジェンスに対し、「商品を購入したり、客にサービスを提供したりするのは、それほど現状から大きな飛躍ではなく、実際私たちの身のまわりで起きていることであり、『コマースの未来』と言える」と話している。
メタバースで変わる広告②――ブロックチェーンゲームにもブランド進出
また、ブロックチェーンゲームにも、ブランドが進出してきている。NFT(非代替性トークン)を取り入れたミシカル・ゲームスのマルチプレーヤーゲーム『ブランコス・ブロック・パーティー』で、昨年中盤、バーバリーがNFTコレクションを開催した。
ゲームにはプレイヤーが収集、アップグレード、販売するためのNFTビニール玩具「ブランコ」が備えられているが、バーバリー版ではこれが「シャーキーB」と名づけられたサメに変更。ゲームの途中で、ブランド独自のゲーム内NFTアクセサリを発売。各々のプレイヤーのブランコに適用可能だ。
ほかにも、ベルギー産ビールのステラ・アルトワが、競馬を楽しめる『ゼッドラン』ゲームに参加している。NFTを使っての売り買いや、馬の飼育ができる。アイテムなどが売れた際には、NFTを現金化できる点も魅力的だといっていい。
メタバースで変わるビジネスシーンーーリモートワークを支援する
企業間技術全般のリーダーであり、VRとARのパイオニアでもあるマイクロソフトは、VRの中で主力商品であるマイクロソフト・オフィス製品を使えるようにすると、ブルームバーグのウェブメディアで語っている。今年前半には、メタバース版「Teams」のチャットの提供を開始する予定。ここではアバターを通してパワーポイントのプレゼンテーションができるようになる。
ほかにも、企業は、社員がどこにいても仕事ができるよう、ゲームの仕組みをベースにし、バーチャルな職場づくりをしたり、メタバースを利用し、社内トレーニングのシミュレーション、3Dデモ、製品やサービスを紹介するためのイベントを行ったりしようとしている。
現実同様、アバターを通し、現実そのままにイベントを楽しめるほか、意見交換や交流を行うこともできる。ロンドンのルームキーは3Dバーチャルルーム、アンコンベンションはゲーム向けの仮想イベント、UNスタジオは仮想ワークスペースを設けるなど、すでにいろいろな試みが始まっている。
新型コロナウイルスの影響を受け、ますます増えると考えられているリモートワークを、快適で充実させるためにも、メタバースは有用だ。
メタバースで変わる「レガシー・メディア」の動き――ディズニーも境界なしのストーリーテリング
2020年、1億5500万米ドル(約180億円) の収益を挙げ、破竹の勢いのゲーム業界。メタ・プラットフォームズやロブロックスといったテクノロジー企業は、メタバースを用いる新しいゲームに携わるチャンスを逃すまいという姿勢を貫いている。
一方で、ディズニーやコムキャストといったレガシー・メディアの企業は、サブスクリプション制のビデオストリーミングサービスに焦点を当て、メタバースやゲームといった、自社の中核能力ではない分野に深入りするのを避けてきた。
しかし、ディズニーもついに、メタバースを取り入れることをCEOのボブ・チャペック氏が明らかにした。現実世界とデジタル世界を密接に結びつけ、境界のないストーリーテリングを提供するとしている。米CNBCのインタビューで、同社のストリーミングサービス「ディズニープラス」での活用を考えていることを示唆した。
さて、マイクロソフトのCEO、ナデラ氏は投資家向けのカンファレンスで、このように語っている。「メタバースのビジョンについて、私たちは単一で集中型のメタバースは存在しないと考えている。いや、そうあってはならない。私たちは、多くのメタバース・プラットフォームやコンテンツ、ビジネス、アプリケーションの強固なエコシステムをサポートしていく必要がある」と。
メタバースが注目され、企業は取り入れて成功を収めようと必死だ。しかし、メタバースを通じて人間の生活を豊かにするには、自社のみでなく、新興のメタバース業界全体のことを考え、盛り立てていく必要があるのだ。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)