フィンランドの首都ヘルシンキから電車で約2時間、自然豊かで、EU内でも気候変動対策が高く評価されている南カレリア地方で、日本人・香港人向けの短期移住プログラムが開始された。
同プログラムは、南カレリア地方のグリーンテック(クリーンテックと同意)産業の発展を目的としており、グリーンテック関連の起業家、専門家、研究者、学生、投資家を応募対象としている。
グリーンテックとは、資源と環境を保護することを目的とした製品、サービス、プロセスのことを指し、南カレリア地方では、都市における気候変動対策と共に、地元のグリーンテック産業が盛り上がっているようだ。
同プロジェクトの狙いと南カレリア地方の現状を、南カレリア地方議会のシニアアドバイザーであり、同プロジェクトの責任者を務めるJyri Lintunen氏(ユリ・リントゥネン氏)に聞いた。
日本人・香港人向けに「短期移住」のサポートを提供
南カレリア地方が提供するプログラム「3 Months (or More) by the Lake Saimaa in Finland」は、3カ月(または、それ以上)の期間、南カレリア地方のサイマー湖のほとりで移住体験ができるものだ。参加者には、以下の特典がある。
1. 移住に必要な書類や手続きのサポート
滞在に必要なすべての書類、オリエンテーションサービス、滞在中の転居相談など
2. グリーンテック・ネットワーキング機会の提供
南カレリア地方のグリーン・テクノロジー・ハブやビジネス・ネットワークを紹介する懇親会の開催や直接の紹介
3. 住まいと暮らしのサポート
住居に関する相談、リモートワークや勉強を効率的に行うためのトップレベルの施設、学校や保育園の手配など
4. 将来計画のサポート
滞在中の懇親会、フィンランド体験、90日間滞在後の滞在許可申請のサポート
対象者は、日本人、あるいは香港人のグリーンテック関連の起業家、専門家、研究者、学生、投資家で、18歳以上、法人/個人は問わない。ユリ氏によれば「フィンランドや日本、その他の国でのビジネスや研究のネットワークがあること、3カ月間の滞在が可能なこと、リモートで仕事ができることも重要な要素になる」とのこと。
家族同伴での移住も歓迎しており、希望すれば子ども向けに語学や海外文化の学習機会の紹介もできるそうだ。応募締切は2022年3月14日で、Web上でのビデオ投稿、面接を通じて、両国から10名ほどが選出される予定だ。滞在開始は8月を予定している。
3カ月(90日間)は日本人が観光ビザで滞在できる最長日数で、それを越えて滞在する場合は、何かしらのビザ取得が必要となる。ヘルシンキに1年ほど暮らしている筆者の視点では、贅沢をしなければ東京近郊と大きく変わらない生活費で過ごせるのではないかと感じている(税金や保険、学費、暮らしのための初期費用などは含まない)。また、都心では基本的に英語が通じる。
ユリ氏は、同プロジェクト参加のメリットについて、以下のように話した。
「フィンランド、特に南カレリア地方は、大学の研究も企業もグリーンテック技術の質の高さで知られています。美しい自然に囲まれリラックスしたライフスタイルと共に、フィンランド人と一緒に長期的なプロジェクトやビジネスを行うためのきっかけを提供します。また、お子様は世界的に有名なフィンランドの教育を無料で(※)体験できます」(ユリ氏)
※小学校入学前の未就学児の教育においては、若干の費用がかかる場合があるそうだ。その場合、月100ユーロ(約13,000円)を越えない程度にとどめるとのこと。
EUで高く評価される「サステナビリティ施策」
南カレリア地方の中心となる都市、ラッペーンランタ市は、「European Green Leaf Award(ヨーロッパ・グリーンリーフ・アワード)2021」を受賞しており、先進的な気候変動対策で知られる。
ラッペーンランタ市では、2030年までにカーボンニュートラルな都市になることを目標としており、廃棄物削減、再生可能エネルギーやエコロジーな電気の利用、水質向上などに努めている。
例えば、同市の廃棄物処理センターでは一般廃棄物のほぼ半分が堆肥化、半分がリサイクルされ、最終的に処分されるのは10分の1以下にとどまっている。家庭で発生する廃棄物の多くがエネルギー生産に利用されるほか、バイオマス、庭ごみ、排水処理場の汚泥は、堆肥化され土木工事などに利用されている。
現状、市内で使用しているエネルギーは、100%再生可能エネルギーだ。地域暖房の70%以上がCO2を排出しないため、市内のCO2排出量は大幅に削減されているという。太陽光発電のモデル都市ともいわれ、フィンランド国内において、居住者1人あたりの太陽光発電量が8.2%ともっとも多い。
また、フィンランド自然保護協会によると、同市は世界で初めて持続可能性の基準をクリアした電力を導入した都市だという。この取り組みは2017年から始まり、国際的な電気のエコラベルであるEKOenergyの基準をクリアした電力が供給されている。
気候変動対策を牽引する地元のグリーンテック
ラッペーンランタ市では、地元のグリーンテック産業が盛り上がっている傾向も見られ、彼らの事業が地域の気候変動対策を推し進める原動力の一つになっているようだ。ここでは、日本とのコラボレーションが期待できる、いくつかの企業のビジネスモデルを紹介したい。
●フェリー、自動車、建設機械を「電気仕様」に「Danfoss Editron」
50年を超える実績を持つ「Danfoss Editron」は、フェリー、自動車、建設機械などの電気仕様を実現する電気駆動列システムを開発、提供する。20カ国以上に95の工場があり、全世界の従業員は37,000人以上。100カ国以上に製品を販売している。
●画期的な屋内外のCO2回収システムを提供「Soletair Power」
2016年に創業した「Soletair Power」は、空気中のCO2を回収する独自システムを提供する。製品は、屋内用、換気システムに統合するタイプ、屋外用の3つがあり、ビルや施設に組み込むことで、CO2排出量の削減を実現する。同時に、空気を新鮮にすることで、従業員のパフォーマンス向上も期待できるという。現状のシステムは、8時間ごとに1kgのCO2を回収するそうだ。
●骨材、鉱物処理、金属精錬業界向けに持続可能な技術を提供「Metso Outotec」
天然資源の有効活用を強みとする「Metso Outotec」は、150年の歴史を持ち、骨材の処理、金属、および鉱物の精製のための持続可能な技術を提供する。研究開発のために年間1億ユーロを費やし、6,300件の特許を持つ。50ヵ国に事業を広げており、90以上の国から15,400人の従業員が在籍する国際色豊かな企業だ。
その他に、ハイテクな脱水技術、産業用オートメーション技術、環境技術を持つ「Roxia」、世界でもっとも効率の良い小型ガスタービンを提供する「Aurelia Turbines」、高度な電気駆動系技術のスペシャリストである日本企業の「安川環境エネルギー/The Switch」も、現地で注目度が高い企業だ。
なぜ、南カレリアは日本との協業に注力するのか
南カレリア地方は、なぜ日本とのコラボレーションに焦点を当てるのか。ユリ氏は「日本の環境や国境間の関係性」に言及した。
「日本は、非常に高度な環境関連ノウハウの発信地であり、フィンランドと日本の人々や企業間の協力は非常にうまくいっていると思います。そういった背景から、私たちにとって日本はアジアの中でも注目度が高い国の一つ。両国間のグリーン関連テクノロジーやビジネスをさらに発展させ、新しいイノベーションやスタートアップを生み出すといった実りある結果を期待しています」(ユリ氏)
条件面を考えても、日本人は観光ビザで90日間滞在できるうえに、日本のプロダクトやサービスにおける品質の高さにも信頼があると、ユリ氏は付け加えた。
今回の短期移住プロジェクトは、サポートを除く渡航費、滞在費、海外保険費などは実費となるものの、参加者のキャリアと人生において、有意義な体験となる可能性がありそうだ。将来的にフィンランド企業や大学と連携し、ビジネスをグローバルに躍進させるキッカケにもなりえる。
現地での継続的なプロジェクトや共同研究などが決まれば、ビザを取得し長期的に滞在できる可能性もある。同プロジェクトの実施により、両国間の協力関係が育まれ、グリーンテック産業がより発展することを期待したい。
サムネイル写真提供:City of Lappeenranta
取材協力:南カレリア地方議会
文:小林香織
編集:岡徳之(Livit)