プエルトリコが米「暗号資産ハブ」に。“タックスヘイブン”への相次ぐ移住で超富裕コミュニティーが増殖

カリブ海のリゾート地、プエルトリコが、米国の「暗号資産(仮想通貨)ハブ」として注目を浴びている。節税目的の富裕層の海外移住はよくある話だが、米国の“ビットコイン長者”が一斉に目指すのは、自国の領土でありながらタックスヘイブン(租税回避地)であるプエルトリコ。シリコンバレーやニューヨークからの移住者が現地で超富裕コミュニティーを形成し、ブロックチェーン関連ビジネスに乗り出す動きが加速している。

プエルトリコへの移住ブームが最初に巻き起こったのは、ビットコイン価格が急伸し、2万ドルに迫った直後の2018年。その後は価格の下落で、一時の熱狂が影を潜めたが、過去最高値の6万8000ドル超えを記録した2021年に再び、一大ブームが到来した。

米国の「暗号資産の街」といえば、フロリダ州マイアミ(州所得税非課税)だが、それより南にあるこの島の人気はマイアミ以上。暗号資産ビジネスの最先端を走り、時にインキュベーターとして機能する現地の富裕層コミュニティーが今や、新たな移住者を呼び込むプエルトリコの魅力の一つとなっている。

ただ、節税目的でプエルトリコに集う超富裕層に対しては、批判的な声も少なくない。このコミュニティーは果たして、「暗号資産植民地主義」(カナダのジャーナリスト、ナオミ・クライン氏)の権化なのか。それとも地震やハリケーン被害、さらには財政破綻という災難が続くプエルトリコ経済を支える存在になり得るのか。米政財界や投資家が、暗号資産相場の行方とともに、プエルトリコの行く先を注視している。

プエルトリコは西インド諸島中部にあるアメリカ合衆国の自治領であり、フロリダ州の南東。西川にはドミニカ共和国やハイチ、ジャマイカがある(出典:Shutterstock)

南国ビーチにキャピタルゲイン税ゼロ、低法人税率で“一挙三得” 

暗号資産投資家がプエルトリコに向かう理由は分かりやすく、「タックスヘイブンである」ということに尽きる。暗号資産の売却時にかかる米国のキャピタルゲイン税は、日本の最大55%(住民税込み)より低いとはいえ、短期保有で最大37%、1年以上の長期保有で最大20%に上る。ところが、プエルトリコでは一定の要件さえ満たせば、これがゼロになる。有価資産の売買差益を指すキャピタルゲインも、配当や利息などのインカムゲインも、要件を満たせば税率ゼロという、アメリカで唯一の場所がプエルトリコなのだ。

その要件とは主に、プエルトリコに1年の半分以上(183日以上)滞在すること。さらに米国やその他外国よりプエルトリコと密接な関係にあることなど。移住して腰を据え、「現地でビジネスを」と考えるなら、さほど難しい条件でもない。2021年にはリモートワーク化の流れもあり、2021年には個人の優遇税申請が3倍増を記録。過去最多の1200人超がキャピタルゲイン税免除を申請したという。

また、現地でサービス輸出ビジネスを行う投資家にとっては、法人税率の低さも魅力だ。米国での21%(連邦法人税21%+州税)に対して、わずか4%。富裕層にとっては、優雅な南国ステイが楽しめる上に、キャピタルゲイン課税がゼロ、かつ法人税も格安という、まさに“一挙三得”だ。

さらに言えば、プエルトリコは米国の領土であるために、移住してもアメリカのパスポートを手放す必要がない。ビットコインを法定通貨としたエクアドルや他の中南米諸国も税制優遇を通じて投資家を誘致しているが、米国の市民権を持ったまま税率ゼロの恩恵に預かれるプエルトリコのアドバンテージは圧倒的なのだ。

首都サンファンの旧市街からのパノラマ(出典:shutterstock)

プエルトリコそのものの魅力は、山あり森あり海ありの美しい自然と、アメリカ、スペイン、カリブという3つの表情を見せる街並みや文化にあるという。住民は米国籍を保有するものの、米連邦税の納税義務を負わない。ゆえに大統領選挙投票権はなく、連邦議会に代表者を送り出せるものの、議決権を持たない。

総面積は9100平方キロメートルというから、日本で言えば鹿児島県とほぼ同じ。四国の約半分、東京の4倍強の広さとなる。人口は約330万人。現地で事業を立ち上げるだけの十分な規模があることもプエルトリコの魅力という。

お騒がせ有名人も暗号ビジネスの専門家も大挙して移住

これまでにプエルトリコに居を移した超富裕層の顔ぶれを見ると、特に存在感が強いのはブロック・ピアス氏。2018年の移住前に発表した「プエルトピア」(暗号資産のユートピア)構想が、移住ブームのきっかけともなった先駆者であり、よくも悪くも、現地の暗号資産コミュニティーに君臨し続ける人物だ。数々のブロックチェーン企業の設立を支援した経験を持つブロックチェーン財団の会長である同氏は、元「子役」という異色の経歴を持ち、2020年の米大統領選では無所属候補として名乗りを上げた。

ブロック・ピアス氏。プエルトリコへの移住ブームの火付け役となった暗号資産の億万長者で、ビットコイン財団の会長を務める(出典:https://bitcoinfoundation.org/

ほかに、メタ(フェイスブック)の内部告発者として知られるデータエンジニア兼科学者、フランセス・ハウゲン氏も「暗号資産友達との合流」を目的に、2021年3月にシリコンバレーからプエルトリコに移り、話題となった一人。青木ヶ原樹海で撮影した動画が大炎上した“お騒がせ”ユーチューバーで、自称プロボクサー兼NFT投資家でもあるローガン・ポール氏も、プエルトリコへの移住がニュースとなった人物だ。

なにかと有名人が注目されがちだが、移住組にはブロックチェーンビジネスのプロフェッショナルも多い。関連企業の移転も目立ち、暗号資産専門のヘッジファンド、パンテラ・キャピタルや、大手ビットコインマイナーのコインミント、NFTマーケットプレイスのスーパーレアなどの有力事業者がこぞって、首都サンフアンに拠点を構えている。

首都サンフアンの旧市街(出典:Shutterstock)
首都サンフアンのヒルサイド、カラフルな家が並ぶ(出典:Shutterstock)

投資家誘致の経済効果に疑問符、植民地主義などの批判も

2021年の相次ぐ移住で、プエルトリコの投資家コミュニティーは肥大化し、暗号資産ビジネスは活況を呈している。ただ実際には、現地にどの程度貢献しているか見えにくく、経済効果に対して懐疑的な見方や地元住民による不満の声も少なくない。

プエルトリコが個人投資家向けの税率ゼロを定めた税法「Act22」を制定したのは2012年。その4年前のリーマンショックによるダメージから抜け出せず、経済的苦境に陥る中、投資を呼び込もうとする窮余の策だった。ただ、キャピタルゲイン税の免税措置を受ける資格がない地元住民の中には、来訪者への特別扱いに対する不満もあり、左派系議員などが「Act22」の廃止を求める声を上げ始めている(Act22は2019年に、法人税率4%を規定したAct20と一本化して「Act60」の一部となった)。

また、プエルトリコにおける移住者コミュニティーは、暗号資産仲間にはオープンでも、現地社会においてはやはり閉鎖的。居住地はほぼ3つのエリアに限られ、周辺地域での不動産価格の急騰がすでに無視できない問題となっている。コロナが影響した可能性があるとは言え、早い段階で移住したグループによる投資や寄付が計画通り進んでいるかもかなり疑問だ。

米国から移住した富裕投資家が住むエリアの一つ、コンダード(出典:Shutterstock)

先駆者ピアス氏はコロナ対策向けの寄付やハリケーン被害で閉鎖したままとなっているホテルへの投資といった形で関与を続けているが、前出の「プエルトピア」構想を発表した当時に約束した「10億ドルの寄付」は実現せず、『ワシントン・ポスト』紙のインタビューでは、「もとより具体的な計画はなく、ざっくりしたアイデアだった」と語ったという。

振り返れば、プエルトリコの財政破綻とハリケーン「マリア」による被災が重なった直後の2018年に移住ブームが起きた当時から、「災害便乗型の捻じれた資本主義」「暗号資産植民地主義」などとする批判が強かった。

移住者の最大の目的は、やはり税逃れ。特権を持った超富裕層に関しては、米国内での批判も、プエルトリコの地元住民による反感も、やはりそれなりに強いのだ。

プエルトリコの特産と言えば、ラム酒バカルデイ(出典:Shutterstock)

ビットコインは再び急落、問われるコミュニティーの真価

ただ、その半面、移住者の存在がプエルトリコに恩恵をもたらしているのも事実。コンサルティング会社Estudios Tecnicosの調査では、「Act22」は2015〜2019年だけで4万人以上の雇用を創出したという。投資家が増えれば、たとえ低税率でも現地の税収に寄与するし、雇用も増える。これはまさに、プエルトリコ当局が狙った通りの成果だ。

米国本土からの投資の誘致以外に、復興に向けた道筋が見えにくい中、「Act60」の推進役だったプエルトリコ経済開発商務省のアルベルト・バコバグ前長官は、「優遇税制は意図した通りになっている」と自賛する。ただ、社会の分断は望まず、「理想は1つのプエルトリコを作ることだ」とも語る。投資家の誘致に成功したプエルトリコ側の次の課題は、この優遇措置の効果を地元住民に納得してもらうことにあるという。そうなれば、今後は移住者の側にも、「暗号資産で儲ける方法の伝授」にとどまらない、地元社会とのコミュニケーションが求められそうだ。

ビットコイン相場はここ3カ月弱で急落。暗号資産コミュニティーを取り巻く環境が変わった(出典:Shutterstock)

折しも、ビットコイン相場は2021年11月半ばから急落し、2022年1月末までの2カ月半に40%を超えて下げた。また最近では暗号資産と従来型の金融資産、特にハイテク株との連動性が高まり、「他の金融相場と相関関係のない投資対象」であるという暗号資産の定説が崩れ始めたという。そうなれば、この先予想される米国の金融引き締めは基本的に不利。暗号資産への投資の分散効果も後退する可能性がある。

逆境ともいえるこのタイミングで、プエルトリコの移住者たちはどう動くのか。自らのコミュニティーに誇りを持つ暗号資産投資家の真価が、今こそ問われている。

文:奥瀬なおみ
編集:岡徳之(Livit

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