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Zoomなどウェブ会議システムを通じての冠婚葬祭が一般化してきた。新型コロナウイルスの影響で、結婚式が延期やキャンセルになることも珍しくなくなった。刻一刻と変わる状況に左右されない、バーチャルで結婚式を挙げるカップルが増えている。
そんなカップルの代表といえるのが、2021年9月に挙式したギャニヨン夫妻だろう。米国ニューヨークタイムズ紙は夫妻を、「仮想空間、『メタバース』で結婚式を挙げたカップル」と紹介している。
「メタバース」とは、社会的なつながりに焦点を当てた3D仮想世界のネットワークのこと。ギャニヨン夫妻の結婚式を、同紙は「現実に束縛されることのない結婚式の可能性を示している」とスクープした。
出席が難しかった人も参加できた、メタバース婚
世界で初めてメタバースで結婚したカップルと、ニューヨークタイムズ紙を筆頭に多くのメディアで取り上げられたのは、米国在住のトレーシーさんとデイヴさんのカップルだ。挙式に利用したのは、ヴァーベラ社の没入型プラットフォーム。職場などの組織がイベントを開催し、メタバース上でコミュニティ感覚を育むことを念頭に設計された。
夫妻は、メタバースでの結婚と同時に、実際の結婚式も挙げた。実際の結婚式と同じ雰囲気をメタバースに再現しようと、アバターを自分に似せ、トレーシーさんのドレスや、会場の装飾などもオリジナル同様に作成してもらった。参加する家族や招待客なども、各々がアバターに服装など、好みを反映できるように、またダンスをしたり、走ったりと思った通りの行動ができるよう、カスタムメイドにした。
同僚たちが費用を出してくれたものの、夫妻はざっと3万USドル(約340万円)はかかっただろうと予想している。
トレーシーさんとバージンロードを共に歩く役割だった友人は、実際は体調を崩していたものの、アバターとして、大役を遂行することができた。乾杯の音頭をとる予定だった友人は、持病を持つ奥さんの看病で実際にその場にいることはできなかったが、やはりアバターとして式に参加し、乾杯をすることができたそうだ。
メタバースに求めたものは、その「つながり」だったと、トレーシーさんはニューヨークタイムズ紙に語っている。その「つながり」は今までに経験したことがないものであり、アバターとして仮想世界で行動する体験は、Zoomより没入感があり、感情的にも満足がいくものだったそうだ。
メタバースでの恋人探しには積極性が大切
トレーシーさんとデイヴさんの恋愛は、本人よりアバターが先に出会ったのが始まりだったそうだ。2人のように仮想世界で出会い、後にそこで結婚という男女が今後増えていくかもしれない。
モバイル向け出会い系アプリの大手、ティンダーは、メタバースで独自の仮想空間「シングルタウン」を導入すべく、現在韓国でテストを重ねている。独身の男女が自分のアバターを通し、音声でほかの人と交流するというもの。お互い興味がある場合は2人だけで会うこともできる。メタバース上なので、今までとはまったく違った体験ができるという。
米国ワイオミング州のゲーム会社、ファイアフレア・ゲームズ社も、今年早いうちのサービス開始を目指し、メタバースのデートアプリ、「プラネット・シータ」を開発しているところだ。ティンダーより、どのような環境が提供されるのかを明らかにしているので紹介しよう。
プラネット・シータ上は、私たちの実際の世界とよく似ているそうだ。写真やテキスト、プロフィールなどで相手のことを知る、従来のデートアプリと違い、多感覚的な体験を通し、ボディランゲージが相手の情報を教えてくれるという。VRで相手にアプローチする必要もある。
ユーザーにより積極的に参加してもらうために、こうした出会い系アプリにデジタル通貨を取り入れるケースも出てきている。ティンダーにはすでに「ティンダー・コイン」が取り入れられている。プラネット・シータも同様の動きを計画している。
オンライン上の結婚式は法的に結婚と認められない
ギャニヨン夫妻の実際の結婚式の様子はライブ発信され、会場に来られない人はそれを見ることができるようにした。またソフトウェアをダウンロードの上、アバターを作るという、バーチャルでの式に参加する招待客もいた。2人には、結ばれる幸せを、極力多くの親族・友人・知人に見てもらいたいという思いがあったに違いない。
ところで現在のところ、メタバース婚などのオンライン上の結婚は、法的に結婚とは認められていない。ギャニヨン夫妻がメタバース婚と並行して、実際の結婚式を挙げているのは、2人の結婚を法的に認知されたものにするためだ。
夫妻が住む米国の場合、婚姻法は州や郡ごとで違ってくる。例えば、ニューヨークなどは、コロナのまん延でソーシャルディスタンスを取るのが難しくなったり、ロックダウンが行われたりした際には、司式者が遠隔地のカップルをスカイプで挙式させざるを得なかった。そのため、オンライン上の結婚が一時的に認められたこともあったようだ。
「仮想」と「現実」は相反するものでありながら、常に一緒
ギャ二ヨン夫妻は、自分たちの結婚式を「ハイブリッド婚」と捉えている。メタバースとニューハンプシャー州のアトキンソンリゾート&カントリークラブ、つまり「VR(没入型世界)と現実世界」の両方で行われた結婚式ということだ。
自分の姿はもちろん、ドレスや会場まで、何もかもが思い通りになるのもメタバースのいいところ。しかし、現実からあまりにもかけ離れている点を気にする人も少なくない。そんな中の1人がジョン・ハンケ氏だ。ポケモンGOなどの実験的なモバイル・ソーシャル・アプリを手がけるナイアンティック社の創始者であり、最高経営責任者だ。
2021年11月に、テクカルチャー・メディアの『ワイアード』で、人間とは生物学的に体を持ち、そこに自己が存在するものであり、外の世界に出ていくように進化してきたとし、それに即したテクノロジーを利用してこそ、人は幸せになると語っている。私たちが生きる世界を「置き換える」のではなく、「さらによくする」のが、私たちにマッチした方向性だと支持している。
例えば、MR婚。結婚式で、全国・全世界から集まった招待客がスクリーンをタップしてキャンドルをともす。客たちが1つになって、カップルの式を盛り上げるというわけだ。また花嫁の父が、ホログラムの姿でリアルタイムに娘とバージンロードを歩く。スマートグラスを通して、招待客は実際に父親がそこにいるかのように見ることができる。
ワンダーマン・トンプソン・インテリジェンスが2021年に発表した、メタバースの形成に伴って出現する消費者行動、ビジネスモデル、ブランド機会を探る報告書「イントゥ・ザ・メタバース」では、15人の専門家への独占インタビューを行っている。
英国のゲームパブリッシャー、アグレッツ社の創立者であり、最高経営責任者であるライアン・マリンズ氏は、消費者は仮想世界で実際の生活習慣を再現するものだと言う。また、デジタルファッション・ハウスであるファブリカント社の創立者であり、最高経営責任者、ケリー・マーフィー氏は、「『メタバース(仮想)』は、私たちの『実』生活の一部になっていく」と予想している。
メタバース婚ではなく、司式者を伴って実際に結婚しない限り、法的な婚姻と認められないのが現状だ。それと同じように、メタバースがどのような方向に発展したとしても、「現実」はついて回ることになるのかもしれない。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)