2021年は世界各地でベンチャー投資が歴史的な増加を記録した年となった。その追い風を受け、劇的な成長を記録したスタートアップも多数存在する。米国と中国発企業の存在感は相変わらずだが、欧州でも飛躍的な成長をみせたスタートアップが現れている。
欧州のスタートアップシーンを伝える「Shifted」では、欧州で急成長したスタートアップを昨年の雇用数の増加から分析。合計5000万ユーロ以上の資金を調達した企業のみに限定し、雇用者増加率に基づいて算出した欧州最速成長のスタートアップをリスト化した(なおフィンテックは別に分析しているため、今回のレポートには含まれていない)。
度重なるロックダウンによるオンライングローサリーの急成長など、2021年を如実に反映した欧州の急成長スタートアップトレンドをこのリストに基づいてお伝えする。
コロナ禍で急上昇する食料品・日用品デリバリーのニーズ
2021年、目を見張る急成長をしたのが、食料品・日用品(グローサリー)デリバリーをオンラインでスピーディーに手配できる、オンライングローサリー企業だ。
直接お店に足を運ばずとも、アプリに出店している近隣のスーパーマーケットや食品小売店、あるいはオンライングローサリー企業が独自に運営する倉庫から商品を選んで注文するだけで、通常30分から1時間程度で商品が手元に届く。
既存のスーパーマーケットのデリバリーよりも、すばやい配達と幅広い品揃えが魅力であり、パンデミックで外出に制約が多かったこともあって、世界各国で数多くのスタートアップが生まれ急成長している分野だ。
欧州もその例外ではなく、今回のリストで最も急成長したスタートアップに選ばれたのはベルリン発のオンライングローサリー「Flink」だった。
1年で60都市に拡大、10分で食材・日用品を自宅に届ける「Flink」
ベルリンに本拠を置く「Flink」は2020年に創業、「スーパーと同じ値段で10分であなたの手元までお届け」のメッセージが目に飛び込んでくるサイトには、何十種類ものパンや、新鮮な野菜や果物、すぐに食卓に並べられるお惣菜などが並ぶ。
その利便性は、たとえ外出制限がなかったとしても、多くの人が夢見たものだろう。
Flinkはたった一年ほどの間に、4カ国60都市へと展開し、雇用者数も493人と1232%増加、評価額は21億ドルのユニコーン企業へと成長を遂げた。
そのほか、スタッフ数が431%増加して2407人となり、評価額も21億ドルに達した、同じくベルリン発の「Gorillas」、スタッフ数が1003%増加して375人にまで拡大したロンドン拠点の「Zapp」など、オンライングローサリー各社は急成長を実現し、有望スタートアップ群の中でも一際目立つ存在となっている。
大躍進するEコマース関連スタートアップ
オンライングローサリーと並んで、ロックダウンと感染リスクへの懸念により、街から人が消えた各国で躍進したのが、Eコマース関連のスタートアップだ。
コロナ前から、実店舗では商品をチェックしたり、スタッフに質問するだけ、実際に商品を購入するのはオンラインで一番安いところ、という人は少なくなかったと思うが、パンデミック中の2021年においては、全世界のEコマースの売上金額が飛躍的に増加、今後も急速な成長が見込まれている。
Eコマースはパンデミック中、必需品をオンラインで買うためだけに必要だったわけでなく、いろいろなショップをブラウジングし、「ポチる」快感が、パンデミックで娯楽の選択肢が激減した中、消費者を惹きつけたのだろう。
パリ発のオンライン・卸売ショップ「Ankorstore」
そんな「ショッピングの楽しさ」を強く感じられるのが、2019年に設立されたパリ発の「Ankorstore」。
従業員数598%増の成長を遂げた同社が掲げるのは「起業家による起業家のための会社」。大手Eコマースサイトでは見つけられないようなユニークで質の高いブランドと、小売店をつなげるB2Bオンラインセレクトショップだ。
一般の消費者は購入できないものの、ヨーロッパ各地の20万以上のローカルビジネスと提携し、美しい花束からエシカルなファッション、こだわりのあるコーヒー豆が並ぶAnkorstoreは、眺めているだけでも楽しい。
2021年に大きく成長した同社は現在、欧州23カ国にサービスを提供、5カ国に拠点を置いている。
ドイツ発Amazonアグリゲーターも急成長
Eコマース界の巨人であるAmazonも、このEコマースブームの中で、破壊的ともいえる成長を遂げた。それに伴って大きく伸びたのが「Amazonアグリゲーター」と呼ばれるスタートアップだ。
Amazonアグリゲーターとは、聞き慣れない言葉だが、Amazonの出店業者を買収、その運営を行うことで、事業を分析、成長させ、ブランド力の強化をする企業を指す。
ドイツ発の「The Stryze Group」は、そんなアグリゲータースタートアップのひとつ。昨年、従業員数が538%増加し、3月には1億ドルを調達。ヘアケア、食品サプリメントなど、多様なブランドを買収し、成長させている。
同じくドイツ発の「SellerX」は、従業員数が425%増加し168人に、「Razor Group」も430%増の318名へと成長。ドイツのAmazonアグリゲーターの強さを示した。
気候変動や民主主義の危機、社会問題に取り組むスタートアップ
パンデミックの影響を大きく感じるこの「2021年欧州最速成長のスタートアップリスト」だが、気候変動や民主主義の危機といった、昨年広く関心を集めた社会問題に取り組むスタートアップもリスト入りしている。
欧州で、ベラルーシやロシアの脅威を背景に民主主義の危機が叫ばれる中、急成長したのがベルリン発のAIを駆使したセキュリティ企業「Helsing」。
オックスフォード大で生物科学の学士号、人工知能の修士を取得後、博士課程で神経システムの研究を行い、得た知見をアニメーションから脳性麻痺の歩行分析まで多岐に発揮している起業家Torsten Reil氏。
そんなTorsten氏と、ドイツ国防庁長官のキャリアを持つGundbert Scherf氏が創業した同社は、車両などに配置されたセンサーからのデータをAIが処理し、リアルタイムに分析することで、国家安全保障における迅速かつ正確な意思決定をサポートする。
そのほか、欧州各国が気候変動対策として進めている、社会の脱炭素化の推進に挑むのが、英国の電気自動車バッテリー企業「Britishvolt」。英国初のギガファクトリーの建設計画許可を取得した同社は、今後3,000人の新規雇用をもたらすとも予想されている新進の欧州スタートアップだ。
パンデミックの影響、そして、欧州スタートアップの聖地の一つとも呼ばれるドイツ・ベルリンの強さが感じられた、2021年欧州最速成長スタートアップリスト。2022年も欧州スタートアップの動向から目が離せない。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)