プロ野球・埼玉西武ライオンズの本拠地、埼玉県所沢市のメットライフドームが2017年12月から21年3月の大規模改修工事を経て新たなスタジアムに生まれ変わった。目指したのは半ドームという特性を活用した解放感溢れるボールパーク。観客の多様化するニーズを満たすため、「野球に集中して応援を楽しむ」快適性を向上しつつ、試合前後の「新しい楽しみ方、滞在価値」を提供する。総工費約180億円という一大プロジェクトの照明・映像・音響分野を担ったのがパナソニックエレクトリックワークス(EW)社。導入機器やリニューアルのポイントなどを現場見学会を通した取材をお届けする。

大規模改修への背景

スタジアムの役割の多様化と照明技術の進歩

1979年に西武ライオンズ球場として開業し、1999年に国内5番目のドーム球場として再スタートを切った西武ドームはプロ野球開催だけでなく、アマチュア野球やコンサート、格闘技など多くのイベントにも活用されてきた。しかし近年では健康イベントや地域のコミュニティ創出拠点としての役割、試合のエンターテインメント性向上による新規およびリポート客の獲得が求められるなど、その役割の多様化が進んでいる。

また2020年6月にはスタジアム照明を担ってきた水銀灯が生産終了。HIDビーム照明よりも低電力でスタジアム規模での使用ができる大光量モデルのLED照明が誕生するなど照明技術の進歩も相まって、競技に加えてエンターテインメント性も重視した、地域活性の核として機能する「ボールパーク」が必要となっていた。

ボールパーク化を想定したドーム前広場のイメージ

調査開始から竣工まで約7年の一大プロジェクト

野球興行をおこないながらの改修は2014年から始まった調査(1年)を機に、基本構想・設計(2年)、実施設計(3年※施工と並行)、施工(約2年半)と慎重に時間をかけて進められた。リニューアルは照明や音響、座席やプレミアムラウンジといったドーム内の設備に留まらず、敷地内に併設されたショップやフードエリア、遊戯施設などにも及び、それらを1つの“スタジアム体験”として捉えて価値を高めることで、観客の回遊性向上も目的とした。また練習施設や選手寮、トレーニングセンターやオフィス棟も併せて刷新し、育成・運営面での環境を整えている。

その中で球団が最も力を入れたのが演出面の強化だ。これまではセンターバックスクリーン上に設置されたメインビジョン(Lスクリーン)1つに頼っており、音響面でも座席によって音の遅れや音圧の差が生じていた。

竣工式での神事の様子。2021年3月

照明・映像・音響の一体連動演出

球団が演出面で重視したのは「一体感」。加えて競技照明としての視認性も担保される必要があった。そこに一役を買ったのが、パナソニックEW社マーケティング本部東部ソリューション営業所だ。これまでテーマパークやホテル、鉄道会社などに納入実績があり、法人のニーズに合わせて社内の様々な商材を組み合わせるソリューション提案をおこなってきた。

今回の改修ではそのノウハウを生かして照明・映像・音響といった球場全体の演出面をワンアクションで連動させる総合演出システムを組んだ。ここからは主な導入事例を紹介する。

〔フィールド照明LED化〕

2019年度改修ではフィールド照明をLED化。ドーム天井のキャットウォーク付近にLED投光器552台(フィールド照明508台。空間照明40台。ビクトリーロード演出用4台)を設置。高輝度で次世代放送(4K/8K)に対応する演色性や、スーパースロー映像撮影時のチラつき防止のフリッカーレスを実現した。また選手のプレーの妨げにならないように、眩しさへの対策もおこなわれた。光源付近の不快な眩しさ(グレア)を3次元CGシミュレーションで見える化し、検証。照射方向を分散させる調整をおこなった。最終的には選手やチーム関係者に確認してもらい、是正箇所を洗い出した。

リニューアルされた500台以上のフィールド照明。角度調整をおこない、プレーの妨げにならないように配慮された。

〔エンターテインメント照明空間演出(DMX制御演出)〕

照明のLED化は演出面でも大きな役割を担う。ステージ照明などで使われる通信規格(DMX)を制御に用いることで、従来のHID照明では実現できなかった瞬時点滅や、100%~0%のスムーズな調光。文字や図柄の表示、サークル状の光やランダム点灯も可能になった。これにより、選手入場やホームラン、ヒーローインタビューなど場面に合わせたドラマチックな照明を作ることができ、それらのプログラムを事前にコントロールルームの操作卓にプリセットすることで運用が簡易的になった。また屋外の「トレイン広場」にはフルカラー投光器6台を設置。ホームランや勝利時には球場内と連動させた演出をしている。

映像や照明、音響などをDMX制御を通じて管理するコントロールルーム。従来の演出がワンアクションで可能になった。

〔メインビジョン〕

今回、球場内改修の目玉となったのが、センターバックスクリーン上部に設置されたメインビジョン(Lビジョン)だ。高さ13m×幅46mと従来の2倍の大きさとなり、画素数も高精細化。スクリーンには選手のスタッツデータが自動更新される。またバックネット裏のサブビジョン(高さ5.6m×幅10m)と、スピーカー、デジタルサイネージと連動させ、エリア内のどこにいても臨場感を味わえるようになった。

音響についてはクリアな音声を届けられる分散型スピーカーを天井に77台設置。外周エリアや各屋内施設、ドーム前広場などにもスピーカーを増設して計223台となった(2018年は6台)。音声を各店舗や施設に設置されたデジタルサイネージと連動させることで、例えば飲食店に並んでいる間でも得点状況などを知る事ができ、観客の回遊性の向上にも貢献している。

従来の2倍の大きさになったメインビジョン(Lビジョン)。サブビジョン、スピーカー、デジタルサイネージと連動することでどこにいても臨場感を味わえる。

導入後の効果

数値としての効果は照明のLED化による省エネが顕著だ。改修前と比較して、648台(既存照明)から改修後は548台(LED照明)と15%の削減。ドーム屋根に掛かる重量負荷の低減にもつながった。また年間電力費用は4,470万円から1,800万円と約60%もの削減になった。特にLEDは省メンテナンス性に優れている為、ランニングコストの削減にも寄与している。

2021年3月のグランドオープンから1シーズンの運営を終えて、観客のアンケートからは「音響が格段に良くなった」「選手入場やホームランの演出が良い」「売店や通路にたくさんモニターがあり、試合中の買い物にストレスがなくなった」などの好意的な声が多数集まった。

また社内からも「連動する総合演出システムをワンストップで稼働が可能となり、運営リソースの負担軽減にもなっている」と歓迎の声が上がっている。

エンターテインメントにおける音と光の重要性

改修に携わったパナソニックEW社東部ソリューション営業所の稲垣信也氏が「選手、観客、運営者目線でのソリューションを検討して理想の照明空間を創り上げることができた」と語るように、あらゆる世代が楽しめる新しい価値の提供を追求し完成したメットライフドームは国内におけるボールパークとして1つのベンチマークになったと言える。現在、高速通信ネットワークの整備も進んでおり、データ分析の高速化や、球場の至るところでのコンテンツ提供が出来るスマートスタジアム化も加速していくだろう。

竣工式に出席した西武ライオンズ取締役オーナー後藤高志氏(右)と、辻発彦監督。(2021年3月)

2020年12月にはアイドルグループの「桃色クローバーZ」とコラボしたイベント「コロナに負けない!日本を明るく!ももクロ・ライオンZ EXPO2020 オープニングセレモニー」がおこなわれるなど、株式会社西武ライオンズビジネス開発部部長の加藤大作氏も「エンターテインメントは鮮度が必要。今後も何かしら手を加えてながらアップデートしていきたい」とも野球以外での自主興行も検討している。未来のスタジアムは「観る」だけでなく、「体験しにいく場」になっていくはずだ。

文・写真:小笠原大介