非接触が求められたコロナ禍において、活用の場が広がったキャッシュレス決済。経済産業省によると、2020年の日本のキャッシュレス決済比率は、19年比2.9ポイント増の29.7%と、過去最高を更新した。政府は2025年までにキャッシュレス決済比率40%を目指しており、本格的なキャッシュレス時代の到来も遠くはない。

キャッシュレス化の波が押し寄せる今、現役世代はもちろん、次世代を担う子どもたちへの金融教育にも当然キャッシュレスに関する理解が求められてくる。そうした中、電子マネー事業者6社※1とソニー株式会社は、中学生向け教育プログラム「電子マネーから学ぶ、キャッシュレスと経済の仕組み」を実施。キャッシュレス決済についての知識を学び、正しく活用できるよう首都圏の中学校に無償で出張授業を行っている※2。

今回は、出張授業の様子を通してキャッシュレス決済の有用性、子どもたちが次世代を生きていく上でリテラシーを身に付けるべき理由、その重要性を紐解いていく。

※1 イオン株式会社、株式会社NTTドコモ、株式会社ジェーシービー、株式会社セブン・カードサービス、東日本旅客鉄道株式会社、楽天Edy株式会社
※2 新型コロナウイルス感染症の拡大等によってはオンラインで実施

生徒たちの日常生活を通して学ぶ、キャッシュレスの仕組みと利便性

電子マネーから学ぶ、キャッシュレスと経済の仕組み」は、日常生活を通してキャッシュレス決済について学ぶ教育プログラムだ。2021年度実施の中学校新学習指導要領における技術・家庭科分野では「計画的な金銭管理に関する内容」が新設されており、その内容に則ってつくられている。前半はキャッシュレス決済の仕組みや利便性について身近な例を挙げながら解説し、後半ではメリットや気を付けるべき点などについてグループワークを通して考える2部構成となっている。

今回取材した、千葉市立稲毛高等学校附属中学校にて行われた出張授業では、Suicaを提供する東日本旅客鉄道(JR東日本)とソニーが企業講師を担当。2年生計78名が授業に参加した。

前半の授業は、あまたある決済サービスを整理することから始まる。Suicaのほか、クレジットカードやQRコード決済、コンビニやスーパーなどで利用できる電子マネーnanaco、WAONなど、生徒たちは知っている決済サービスを次々と挙げながら、日常の至る所でキャッシュレスが浸透していると気付くことができる。また、前払い・即時払い・後払いといった支払うタイミングについても解説。キャッシュレス決済の基礎知識を、オリジナルのワークシートを活用しながらインプットする。

キャッシュレスは金銭のやり取りが目に見えないからこそ、「仕組み」をしっかりと把握した上で「計画的なお金の使い方」を考える必要がある。つまり、こうした基礎知識から段階的に教えることで現金との違いを理解し、キャッシュレスの利便性をより感じてもらうことができるのだ。

さらに、キャッシュレス決済のひとつである非接触型電子マネーの仕組みについても解説が行われた。ソニーが提供する非接触IC技術FeliCa(フェリカ)は、楽天EdyやiD、QUICPayといった電子マネーを利用する際に、「かざす」ことで決済ができる仕組みのこと。簡単な操作で子どもから高齢者まで利用できるだけでなく、厳重なセキュリティー管理による安全性が高いのも特徴だ。

理科の授業で習う電磁誘導の仕組みと照らし合わせながら解説

目に見えない電子マネー決済で、お金のやりとりがどのように行われているか、デモンストレーションを交えて解説。FeliCaには中学2年の理科で学ぶ「電磁誘導」の仕組みが使われているため、授業で得た知識が日常生活にダイレクトに活かされていることを実感しやすいのだ。お金に関する情報がデータでやり取りされていることを知った生徒たちは、中の構造が見える透明のICカードを手に取り、熱心に観察する様子もうかがえた。

仕組みを理解した後は、実際にどのようなメリットがあるのか考える時間が設けられた。生徒たちからは「会計が早く済む」といった利便性を意識したものから、「偽札の心配をしなくて済む」といったリスク回避につながるものまで様々な声が上がっていた。利用者だけでなく、キャッシュレスを導入する店側にも多くのメリットがあることを改めて認識できたようだ。

授業では生徒たちがキャッシュレスについて自分たちで考えるためにワークシートが用意されている

自分ゴトとして考える、キャッシュレスと社会のつながり

授業後半で行うグループワークは、サラリーマンや中学生といった利用者側、スーパーや和菓子屋店員など店側の人物像を設定し、多角的な視点からキャッシュレスの利便性を考える内容となっている。これにはキャッシュレスを通して社会経済とのつながりを、自分ゴトとして学んでほしい狙いがあるという。

細かく設定された人物像に紐づいて、キャッシュレスのメリットを考えるグループワークを実施

生徒たちは、議論を交わしながら、活用のメリットやキャッシュレスで解決できる課題などを模索。約20分間の話し合いの後、各グループで発表が行われた。

「お小遣いを何に使ったか忘れてしまう」「スマホアプリでゲームをするのが好き」などの背景を持った中学生を例にグループワークを行った生徒たちからは、「記録が残るから、お小遣いの管理がしやすい」という課題解決の面だけでなく、「記録が残ってしまうからこそ、スマホアプリに課金しすぎると親にばれてしまう」といった、子どもならではの意見も上がっていた。前半の授業で得たキャッシュレスの利点や仕組みを理解し、自分ゴトとして上手にアウトプットしている様子がうかがえた。

もちろん、授業で伝えているのはキャッシュレスの便利な点だけではない。使いすぎや不正利用といったトラブルについてもしっかり伝えることで金融リテラシーを身に付け、将来に向けた計画的なお金の使い方を考えるきっかけをつくっている。

また、日本のキャッシュレス利用率についても「なぜ世界と比べると日本のキャッシュレスは普及しないのか」という背景まで丁寧に解説。偽札の少なさやATMで現金をすぐに引き出せる点など、その背景には社会経済との深いかかわりがあることを理解してもらえたのではないだろうか。

授業後のアンケートでは「キャッシュレス決済にもさまざまな種類があることを知った」「キャッシュレスでお金がどうやり取りされているかわかった」といった理解向上に関する意見が見受けられただけでなく、「使いすぎに注意しながら、使ってみたいと思った」「どんな立場の人にとっても便利だと思った」といったキャッシュレスを前向きに捉える声も多くあがっていた。授業の満足度も高く、90%以上の生徒が「キャッシュレスの関心が高まった」と回答。生徒たちのキャッシュレスへの興味関心を引き出す、有意義な時間となった。

授業後にとったアンケートでは多くの生徒がキャッシュレスに対して高い興味を抱いていた

キャッシュレスへの「漠然とした不安」を、正しい知識で解消

なぜ、電子マネー事業者6社とソニー株式会社が本プロジェクトを実施するに至ったのだろうか。FeliCa事業部の髙橋純一氏に話をうかがった。

ソニー株式会社 FeliCa事業部 髙橋純一氏

髙橋氏「弊社のグループ会社では、毎年『電子マネー決済の利用に関するアンケート』を全世代に向けて行っています。そこから見えてきたのは、若年層の利用率が低いということ。その理由を探ってみると『セキュリティーに不安がある』『利用が難しそう』といった、キャッシュレスに対する漠然とした不安があることがわかりました。

しかし、実際は不正利用があれば補償される場合もありますし、簡単操作で使えるものばかり。そうした安全性や利便性について伝えきれていないのではと感じたんです。正しい知識を若年層にもきちんと伝えていきたい、キャッシュレス時代の金融リテラシーを身につけてほしい、そんな想いからこのプロジェクトが発足しました」

本プログラムの内容は、中学校の新学習指導要領や教科書の記載を確認しながら構成していったという。

髙橋氏「教科書には正しい情報が載っているのですが、安全性や利便性を伝えるとなると、情報が少し物足りない気がしたんです。さらに、キャッシュレスに関する文言は中学校で2021年度からスタートした新しい学習指導要領に追加されたもの。先生方も、はじめて行うキャッシュレス教育に不安を感じているのではないかと思いました。

このプログラムは、決済サービスの種類や支払い時期といった体系的な部分から、仕組みやメリット、気を付けるべき点など、キャッシュレスについて総体的に学ぶことができるよう構成しました。大人でも理解できていない内容もあるので、こうした部分にキャッシュレスに携わる企業が入ることは大きな意義があると考えています」

また、本授業の終了後には、プログラムの内容をまとめたリーフレットを配布。「家庭でもキャッシュレスについて話し合うきっかけにしてほしい」と髙橋氏は期待を込めて語る。

「リーフレットには、授業を復習できる内容だけでなく、キャッシュレスのアプリケーションについても紹介しています。お金の記録が残るから管理がしやすいと言われても、実際にどうやって記録を見ればいいのかわからないという大人も多いと思うんです。親世代にとっても新しい気付きがきっとあるはずなのでぜひ、家庭でも子どもたちと一緒にキャッシュレス決済への理解を深めてほしいと考えています」

金融リテラシーだけじゃない。社会性やキャリア意識をも育む教育プログラム

座学で金融リテラシーを育めるだけでなく、生徒たちに考えさせる対話型のカリキュラムを多く含んでいるのが本プログラムの特徴だ。なかでも授業後半に実施する、様々な人物像を用意してのグループワークは印象深い。

髙橋氏「グループワークで様々な人物像を用意した理由としては、授業で得た知識を自分ゴトとして捉えながらメリット・デメリットを考えてほしいという狙いがあります。それだけでなく、自分の身の回りで生活している人たちとのつながりや経済の動きを意識してもらうことで、社会性を育むこともできるのではないかと考えました」

さらに、本プログラムにはキャリア教育的側面も含まれているという。

髙橋氏「授業には、キャッシュレスそのものだけでなく、普段の仕事紹介をするパートもあり、生徒たちが自分のキャリアを思い描くようなきっかけになればと考えています。休み時間に『ソニーに入るにはどうしたらいいですか』と聞いてきた生徒もいましたね」

金融リテラシーはもちろん、子どもの成長に欠かせないスキルを身に付けることができる本プログラム。生徒たちにとっても、将来の自分の姿や社会との関わりを考えるきっかけになったことだろう。デジタル時代の新しい金融教育は、未来へとつながる教育でもあったのだ。

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取材・文:室井 美優