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中南米は、東南アジア諸国連合(ASEAN)の6億6000万人に匹敵する規模を誇り、日本企業が今後、海外進出の機会を探る上で無視できない存在だ。
そんな中南米市場を把握する上で、ブラジル市場の理解が必要となるのは想像に難くない。域内で人口・経済規模は最大、域内全体に与える経済的・文化的な影響も大きい。
そんな同国の新しいトレンドを生み出す若い世代がどのような思考・行動様式を持ち、それが消費にどう影響しているのかを理解することは重要である。
今回はブラジルのZ世代(1995〜2010年生まれ)に焦点を当て、その思考・行動様式や消費への影響を探ってみたい。

マッキンゼー調査があぶり出すブラジル若年層の特徴
ブラジルに限らず、世界的にZ世代やミレニアル世代は、経済・文化トレンドの発信源になることが多く、多くの企業がこれらの若年層に対する理解を深めようと膨大なリサーチを実施している。
その中でもコンサルティング大手マッキンゼーが2018年11月に発表したレポート「‘True Gen’: Generation Z and its implications for companies」は、ブラジルのZ世代の思考・行動様式を包括的に分析しており、得られるインサイトは非常に多い。
同レポートは、マッキンゼーが調査会社Box1824との提携で実施したもの。調査が実施されたのは、人口1233万人の大都市サンパウロ、674万人のリオデジャネイロ、163万人のレシフェの3都市。主に都市圏の若年層の特性を分析したものとなっている。
この調査では、ブラジルのZ世代はどのような特徴があることが判明したのか。
マッキンゼーは、「True Gen(真実の世代)」という言葉で同世代の特徴を表現している。
ブラジルZ世代は、ラベリングを嫌い、個人の表現を重要視、さらには大義のために結集する世代であるという。また、対立ではなく対話を重視し、意思決定は分析的/プラグマティックに行うことも同世代の特徴としている。
「me generation」と呼ばれ、理想・楽観的な思考・行動様式を持つミレニアル世代とは大きく異なり、Z世代は「現実主義的」なのだという。
Z世代とミレニアル世代の違いを生んだブラジルの背景
よく「若年層」として一括にされるミレニアル世代(1980〜94年生まれ)とZ世代(1995〜2010年生まれ)だが、育った時代背景が大きく異なるため、価値観や消費傾向も大きく異なる場合がほとんどだ。
これはブラジルのミレニアル・Z世代にも当てはまる。前述のように、マッキンゼーによる調査では、ブラジルのミレニアル世代は楽観主義的である一方、Z世代は現実主義的な傾向を持つことがあぶり出されている。
この相違を生み出している要因の1つが、それぞれの世代が育った経済・社会状況の違いだ。
ミレニアル世代が多感な時期を過ごしたのは、ブラジル経済の安定期・成長期と呼ばれる時代。ちょうどグローバル化が加速し、それまで不安定だったブラジル経済が成長軌道に乗ったときだ。
ブラジルに加え、インド、ロシア、中国、南アフリカが「BRICs」と呼ばれ、期待の新興投資対象として世界中から注目され始めていたことを記憶している人は少なくないだろう。
このような時代を体験したことで、ミレニアル世代はグローバル志向が強く、楽観主義的な特性を持つようになったという。
ミレニアル世代の消費の特徴は、モノの所有ではなくフェスティバルや旅行など「体験」を重視するところにある。上の世代であるX世代(1960~79年生まれ)が物質主義的で、所有のために消費を行っていたといわれるが、その反動とも見て取れる特性だ。
ブラジル・Z世代の特徴「現実主義的」である理由

ブラジルのミレニアル世代が楽観主義的である一方、Z世代は「現実主義的」な特徴を持つと分析されている。これもやはり育った環境が大きく影響している。
ブラジルのZ世代が育ったのは、金融危機やコロナパンデミックなど、経済・社会の危機的状況が頻発した時代。同世代を現実主義たらしめる主な要因はここにある。
たとえば、1999年のアジア通貨危機は、ブラジルにも飛び火し、同国経済の低迷を招いた。経済不況により、もともと深刻だったブラジルの所得格差問題が一層悪化し、ストリートチルドレンの増加や治安の悪化など様々な社会問題を引き起こしたといわれている。
Z世代の多くは、子供時代にこのような状況を目の当たりにしているのだ。
またZ世代の多くが多感な10代を過ごした2012〜2018年頃もブラジルは経済不況に陥っている。特に2015年と2016年は、実質GDPが7%近く落ち込み、失業率は上昇、その余波は今でも続いている。
同国における14歳以上の失業率は、2016年に10%を超え、それ以降12%前後で推移。パンデミックによって状況は悪化し、2020年のGDPはマイナス4.1%を記録、2021年4月時点の失業率は14.7%にまで上昇している。
ブラジルZ世代の消費傾向と促す要因
こうしたZ世代の特性は、消費に多大な影響を与えている。
マッキンゼーによるレポートは、ブラジルZ世代の特性が与える消費への影響を3つ指摘。それら3つとは「所有ではなくアクセスとしての消費」「個人アイデンティティ表現としての消費」「倫理観を基本とする消費」だ。
「所有ではなくアクセスとしての消費」とは、カーシェアリングや動画ストリーミングなどに体現される消費の形。
かつて、自動車などモノを所有するために消費するのが一般的であったが、Z世代は、所有ではなくアクセスを得るために消費をしているという。自動車を1台所有するよりも、シェアサービスで様々な種類の自動車にアクセスできることに価値が見いだされているのだ。
近年のサブスクリプション型のサービスが増えているのは、こうしたZ世代の消費傾向を反映をしたものといえるだろう。
2つめの「個人アイデンティティ表現としての消費」とは、読んで字の如く、Z世代は個人のアイデンティティを表現するために消費を行うという意味だ。
ブラジルに限らず世界的に、様々なプロダクトやサービスのパーソナライゼーションが人気となっているが、背景にはアイデンティティ表現のための消費需要の高まりがある。
留意すべきは「アイデンティティ」が多様化しているという点だ。
たとえば、Z世代の間では、性別を男性と女性という二元論ではなく、流動的に捉える傾向がある。これは「gender fluidiy(性別の流動性)」や「ノンバイナリー」などと呼ばれると特性で、Z世代のトレンドを知る上で無視できないものだ。
たとえばアルゼンチンでは、IDカードやパスポートなどの公的機関が交付する文書の性別欄に「男性」「女性」に加え、ノンバイナリーを示す「X」が追加されたとしてニュースになったところ。
この動きは、企業にとって、商品カテゴリの「男性用」や「女性用」という区分を見直す必要性を示すものといえるだろう。
そして、3つめの「倫理観を基本とする消費」とは、Z世代は、サプライチェーンや企業行動における倫理性を重要視し、消費の意思決定を行う特性のことをいう。
Z世代はインターネットやソーシャルメディアに囲まれ育った「デジタルネイティブ」と呼ばれている世代。ネットを駆使した情報収集に長けているといわれ、自分の消費に関する情報も調査する特性を持っている。
ESG投資や企業の持続可能性への取り組み、環境テックなどが盛り上がっているが、背景にはこうした消費者のエシカル意識の高まりがあると見て取れる。
マッキンゼーレポートが伝えた消費者意識調査では、自分が購入する商品の出所・サプライチェーン・材料に関する情報を集めると答えた消費者の割合は65%、スキャンダルに関わった企業の商品は購入しないとの回答は80%に上ったことが判明している。
パンデミックで強まったブラジルZ世代の現実主義
このようなZ世代の特性は、コロナ禍で変化したのかどうか気になるところだ。
デロイトが2021年1〜2月にブラジルのミレニアル・Z世代を対象に実施した調査では、少なくとも同国のZ世代の現実主義的な思考は変化していない、または若干強くなったことがうかがえる。
デロイトの調査で、ミレニアル世代とZ世代、それぞれに今後12カ月間(2021年)の景況感を聞いたところ、ミレニアル世代では50%が改善すると回答。一方、Z世代では39%にとどまった。
また、社会・政治状況についても、改善すると見るミレニアル世代の割合は44%だったが、Z世代では32%にとどまる結果となったのだ。
2020年も同様の調査が実施されており、景況感は改善すると予想する割合はミレニアル世代で67%、Z世代で64%だった。2020年と2021年の数字を比較すると、ブラジルZ世代の現実主義的な特性はむしろ少し強くなったと解釈できる。
ミレニアル世代に比べ、Z世代が現実主義的であるというのは、ブラジルだけでなく世界的に見られる傾向。中南米市場を広く・深く理解するために不可欠な視点となるはずだ。
文:細谷元(Livit)