映画「007」でお馴染み、英諜報機関の長官も中露のスパイ脅威増大に警鐘

世界各地で活発化する中国やロシアのスパイ活動に対し、警鐘を鳴らす政治家やメディアは増えている

英国では、映画『007』シリーズで知られる同国諜報機関MI6のリチャード・ムーア長官が公の場で中国やロシアを名指しし、これらの国々によるスパイテクノロジーへの投資が加速しており、多くの民主国家の主権は脅かされていると指摘。中国やロシアに対抗するには、MI6もテクノロジー投資を加速させる必要があるとの見解を示し、注目を集めている。

ムーア長官のこの発言は、英シンクタンク「国際戦略研究所(IISS)」が2021年11月末に実施したイベントでのもの。国家安全保障・防衛分野におけるテクノロジー投資が一層加速するとの観測から、経済・テクノロジーメディアもこぞって、この発言を報じている

在トルコ英国大使時代のリチャード・ムーア氏、2017年(写真左)

日本でも、政治・経済・社会の様々な側面でスパイの脅威が指摘されており、ムーア長官の発言は無視できないものといえるだろう。

以下では、ムーア長官の発言を紹介するとともに、MI6などの英国諜報・防衛機関は、中国・ロシアの脅威にどう対応しようとしているのか、その最新動向を探ってみたい。

英テムズ川のほとりに位置するMI6の建物

中露の脅威へは、テクノロジースタートアップ投資の拡大で対抗

ムーア長官によると、諜報コミュニティでは中国・ロシア・イラン・国際テロを脅威の「ビッグ4」とし、優先的にその動きを監視し、対策を講じているという。

特に中国とロシアは近年、人工知能、量子コンピュータ、合成生物学などの先端テクノロジーに多大な資金をつぎ込み、スパイ活動や軍事力での優位性を高めようとしており、脅威はますます高まっているとのこと。

ムーア長官は、こうした現状を踏まえ、英国諜報機関は、テクノロジー開発を加速するなど対抗策を講じる必要があると指摘する。

テクノロジー開発については「National Security Strategic Investment Fund(国家安全保障戦略投資基金)」を通じて、ベンチャー投資を加速させ、スタートアップ企業との連携を強化する方針と語る。

これまで、MI6などの英諜報機関は、諜報テクノロジーを内製してきたが、昨今のテクノロジー進化の加速を受け、内製では追いつかないと判断、民間やスタートアップとの連携を強化する方針に舵を切ったという。

ムーア長官は「より隠密に活動するためには、よりオープンになる必要がある」と指摘。逆説的ではあるが、これが現状だと説明している。

この国家安全保障戦略投資基金は、米国諜報機関CIAが運営するベンチャーキャピタル「In-Q−Tel」をモデルとし、2018年に活動が始まった英国政府の取り組み。当初予算は8500万ポンド(128億円)。テレグラフ紙による2020年7月時点の報道では、過去2年で予算総額は1億3500万ポンド(約200億円)だったという。

投資分野は、量子技術、データアナリティクス・AI、サイバーセキュリティのほか、金融情報トラッキング技術、セキュアなデータ移行技術、生物学・医療分野テクノロジーなど多岐にわたる。

秘匿性が高いと思われる投資先情報だが、一部投資先企業名が明らかにされている

その1つがQuantum Motion。既存のシリコンチップを活用し、小型の量子コンピュータを開発するスタートアップだ。量子コンピュータは、既存コンピュータにより暗号化されたデータを簡単に解読できるといわれており、安全保障・防衛上の懸念などから各国で開発が急務で進められている。

データに匿名性を与えるプラットフォーム「Hazy」も国家安全保障戦略投資基金の投資を受けている。Hazyは、元データから名前や年齢などのセンシティブな個人情報を排除しつつ、統計的特性を残したデータを生成することができる。これらのデータを活用することで、プライバシー侵害することなく、ビジネス・公的機関はインサイトを得ることが可能だ。個人情報を狙う、スパイリスクも軽減できることになる。

このほか国家安全保障戦略投資基金は、セキュアのメッセージアプリ「Element」やテックスキル評価プラットフォーム「Codity」に投資を行っていることが明らかにされている。

上記でも触れたように米国では、諜報機関CIAが1999年に諜報テクノロジー関連に投資を行うベンチャーキャピタル「In-Q-Tel」を設立し、以来活発に投資活動を行なっている。

イスラエルでも諜報機関モサドが2017年にベンチャーキャピタル「Libartad」を開設し、AI、音声解析、ドローンなどの先端テクノロジーへの投資を開始している

「スパイ天国」と揶揄される日本も法整備とともに、対抗テクノロジーへの投資を加速することが求められるのではないだろうか。

文:細谷元(Livit