メタバースとともに進化する医療テクノロジー、世界初ARを使った脊椎固定手術や創薬分野で大きな可能性

拡大するメタバース市場、関連技術の発展で医療にも影響

2024年におよそ8000億ドル(約90兆円)に拡大するとみられるメタバース市場。

現在、同市場の大部分をゲームソフトウェアやハードウェアが占める状況だが、ゲーム以外の分野でも投資や研究開発が進んでおり、生活の様々な側面が大きく変わる可能性が見えている。

医療もメタバース市場の発展に伴い、変化すると考えられている領域だ。実際、すでに手術や創薬分野でVRやARなどのメタバース関連技術の活用が始まっており、一部では大きな成果をあげはじめている。

メタバーステクノロジーの発展は医療をどう変えようとしているのか。海外の最新動向を追ってみたい。

ARで精度増す神経外科手術

現実世界にデジタル情報やオブジェクトを投影するAR。「ポケモンGo」で、ARに対する認識が広がったといってもよいかもしれない。現在ポケモンGoの開発を担当した企業Nianticなどが中心となりARメタバース開発が進められている。

そんなAR技術だが、手術のあり方を大きく変える技術としても可能性を秘めており、医療分野でも関心が高まっている。

ジョン・ホプキンス大学病院では2020年6月と10月に、同院初となるARを活用した神経外科手術が実施された

6月に実施されたのは、患者の脊椎に6本のボルトを埋め込む脊椎固定手術。10月には、別患者の脊椎から脊索腫(せきさくしゅ)と呼ばれる腫瘍を取り除くAR手術が行われている。

ジョン・ホプキンス大学によると、AR手術を受けた2人の患者は、ともに術後の容態は良好という。

上記2件の手術で用いられたのは、イスラエルの医療ARテックスタートアップAugmedicsのARヘッドセットだ。

AugmedicsのARヘッドセット(Augmedicsウェブサイトより)

ARヘッドセットには、あらかじめCTスキャンされた骨や組織に関する患者の体内データが示され、その情報をもとにボルトを埋め込んだり、腫瘍を摘出することが可能となる。

これまでの手術では別のスクリーンに示されたCTスキャンデータを幾度も確認する必要があったが、ARを活用することで、その工数を大幅に減らすことができるようになったという。

ジョン・ホプキンス大学病院でのAR手術の様子(ジョン・ホプキンス大学ウェブサイトより)

ARテクノロジー自体は、数年前から医療分野で活用されてきたが、トレーニング用途に限定されており、ジョン・ホプキンス大学病院の事例のように、実際の手術で用いられることは少なかった。しかし最近になり、いくつの医療機関でARを実際の手術に活用する事例が増えており、今後スタンダードになる可能性も高まっている。

ジョン・ホプキンス大学のほかには、アラバマ大学とエモリー大学がグーグルグラスを使った人工肩関節置換術手術の方法を開発、スタンフォード大学では独自のAR手術デバイスが開発されているとのこと。

ジョン・ホプキンス大学病院の手術で用いられたARヘッドセットの開発企業Augmedicsは、医療業界だけでなく投資家の間でも注目されている。

2021年3月のシリーズCラウンドでは、3600万ドル(約40億円)を調達。これまでの調達額は、6300万ドル(約71億円)に達した。米国では、2020年7月以降にARヘッドセットの販売を開始、半年間で250件以上の脊椎関連手術が実施されたという。

VR仮想コラボ空間が加速する創薬イノベーション

メタバースでは、仮想共有空間を通じてビジネスコラボレーションが促進されるといわれているが、研究開発でもコラボレーションが促進され、イノベーションが加速するとの期待が高まっている。

特に創薬分野におけるVRコラボレーションを可能にするプラットフォーム「Nanome」は、創薬期間とコストの大幅な短縮・削減につながるといわれており、パンデミックを背景に急速に注目度が高まっている。

通常、これまでの創薬プロセスでは、2次元上で分子構造の分析やデザインが実施されてきたが、本来3次元構造となっている分子を扱うには限界があるといわれてきた。

米サンディエゴを拠点とするNanomeは、VR仮想空間で3次元的に分子を分析・デザインするプラットフォームを開発。すでに製薬企業での利用が始まっている。

VR空間で分子を扱う様子(Nanomeウェブサイトより)

2021年7月に1億500万ドル(約120億円)の資金を調達したバイオテック企業Nimbus Therapeuticsは、Nanomeプラットフォームのアーリーアダプター企業の1つ。同社が2020年10月に発表したケーススタディレポートでは、NanomeのVRプラットフォームを活用することで、創薬プロセスが12〜18カ月短縮できる可能性が示唆されている

Nanomeは、ゲームプラットフォームであるSteamやオキュラスマーケットプレイスからダウンロードでき、共有空間を構築できるなどオープンな部分がある一方で、秘匿性の高い創薬プロセスを扱うため、製薬会社の社内のみに限定するオンプレミス利用も可能となっている。

2021年12月16日には、米ナスダック上場のバイオテック企業Roivant SciencesがNanomeのVRプラットフォームを導入。Nanomeによると、同社史上最大規模の導入数になったとのこと。

このほか、トラウマ患者治療担当者のトレーニング、手術室の最適化デザイン、PTSD治療、メンタルヘルスケアなどの幅広い医療領域でVR・AR・MRの活用が進行中だ。メタバースの発展とともに医療の世界はどう変わっていくのか、今後の動きから目が離せない。

文:細谷元(Livit

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