今年は、世界各地で気候変動に起因するとされる熱波、森林火災、竜巻、水害による甚大な被害が立て続けに報じられた一年だった。
世界的に気候変動対策への市民の関心が高まっており、特に化石エネルギー産業を支援していたトランプ前大統領から、脱炭素経済への移行を目指すバイデン現大統領へと政権が移行した米国の動向には熱い視線が注がれている。
今年10月には、バイデン政権から1兆7500億ドル(約199兆円)の政府支出枠組み案が発表されたが、このうち気候変動対策は5550億ドル(約63兆円)にものぼり、これが採用されれば、同分野への過去最大の投資となる。
そして12月8日には、連邦政府の活動をクリーンエネルギーによるものにシフトする「連邦政府の持続可能性を通じたクリーンエネルギー産業と雇用の活性化に関する大統領令」に署名がなされた。
今回は、気候変動を環境問題であると同時に経済問題でもあると捉え、積極的な取り組みを続けるバイデン政権の動向をお伝えする。
バイデン政権が目指す気候変動対策と経済政策の両立
気候変動対策の国際的な枠組みであるパリ協定を離脱、温暖化による乾燥が引き起こしたとも言われる大規模な山火事にあえぐカリフォルニア州を訪れた際にも「次第に涼しくなる」と、温暖化の存在自体を否定する姿勢を崩さなかったトランプ氏。
同氏とは対照的に、バイデン政権は政権移行後、早々にパリ協定への復帰を果たし、気候変動対策に意欲的に取り組んできた。
2020年夏には、2兆ドル(約214兆円)をクリーンエネルギーとそのインフラへ投資する計画を発表、持続可能な開発・発展を実現する「グリーン経済」関連産業を米国が牽引することで、気候変動対策と景気回復や雇用改善を同時に目指す、というのが米現政権の路線だ。
欧州議会も「欧州グリーンディール計画」として、2019年末から10年間で少なくとも1兆ユーロ(約120兆円)を投資して同様のゴールを追求することを表明しており、「グリーン経済のリーダーとして気候変動の解決を通じて経済成長する」という路線は、世界的に見ても一般的なものとなっている。
まずは連邦政府活動から。クリーンエネルギーへの大胆なシフト
バイデン政権がまず目指すのは、罰則による強制ではなく、政府の購買力を生かし、市場の力によるクリーンエネルギーへのシフトを加速させることだ。
12月に発令された「連邦政府の持続可能性を通じたクリーンエネルギー産業と雇用の活性化に関する大統領令」には、2050年までに政府の活動によって排出される温室効果ガスゼロの達成が目標として掲げられている。
そして、米国内製造業、インフラ整備業者との連携のもと、政府関連建築物からの二酸化炭素排出量を2045年までにゼロにすること、2030年までに少なくとも10ギガワットのクリーン電力を新たに国内の電力網に追加すること、また、2035年を目処に政府使用車両を温室効果ガスを排出しないものへと移行することなどが盛り込まれた。
電気自動車への移行の下準備として、この11月には、充電スタンドの全国ネットワーク構築に充てる75億ドルを含む、クリーンエネルギーインフラへの投資計画が始動している。
米国全土に広がる「バイクリーン」プログラム
クリーンエネルギー関連市場を拡大するため、政府関連機関に「クリーン」なエネルギーの使用を指示する一連のプロジェクトは「バイ・クリーン」とも呼ばれ、米国中央政府および各州の政府機関に広く採用されている。
これは、米国内の温室効果ガス排出量の5分の1以上を占める産業の多くを占めるのが、行政活動などの大規模プロジェクトであるためだ。
たとえば、ハワイの太平洋ミサイル発射場では、エネルギー供給源を米最大の太陽光発電所にすることで100%クリーンエネルギーへとシフトする「バッテリーエネルギー貯蔵プロジェクト」が、2022年を目処に進められている。
また、国防総省では、エドワーズ空軍基地で国内最大級の太陽電池パネルプロジェクトが民間企業との協力の元に進められており、基地だけでなく周辺地域にも電力を供給する予定となっている。
クリーンエネルギー産業に期待される雇用の創出
先にあげた空軍基地のプロジェクトに期待されているのが、電力供給だけでなく、1,000人以上の雇用創出だ。
オバマ前大統領は2009年の就任後、景気刺激策として投入された1兆ドルのうち900億ドルをクリーンエネルギーへと分配。れにより100万人以上の関連雇用が生まれたとされるが、バイデン大統領はさらに、クリーンエネルギーに関連する米国製造業の活性化によって、何十万もの雇用を生むことを目指している。
米国大手経営戦略コンサルタント会社EYパルテノンは、今後、クリーンエネルギー関連で、建設業、製造業、エンジニア、マネジメント職など多様な職種にわたって、世界約50カ国で最大1000万人の雇用が創出される可能性があると試算。
クリーンエネルギー関連事業の投資機会は2兆ドルに上り、エネルギー設備現地での雇用だけでなく、供給網インフラ関連の雇用創出にもつながるとしている。
米国は、中国とともにこの雇用創出において最も恩恵を受ける2カ国とされており、創出される雇用は約180万人に達すると予測されている。
欧州でも同様に、化石燃料の産地だった英国北部やスコットランドで風力発電事業の整備が進められており、欧州気候財団は、英国でクリーンエネルギー産業で今後生まれる総雇用数は62万5000人に達する可能性があると試算している。
気候変動対策で失われる雇用とのバランスが議論に
このように、米バイデン政権や欧州連合はクリーンエネルギー産業が創出する新規雇用や産業の盛り上がりをアピール、経済政策としての気候変動対策の側面を強調している。
もっとも、大胆なクリーンエネルギーへのシフトによって創出する雇用の数が声高に叫ばれている一方、失われる雇用の規模にも触れないと公平性を欠くだろう。
バイデン大統領は、前政権が承認したカナダとアメリカを結ぶ原油パイプライン「キーストーンXL」の建設認可を取り消したが、このプロジェクトを手がけるカナダ企業TCエナジーはこの決定を、数千人規模の一時解雇を招くとして非難した。
このトランプ前政権が保護していた化石燃料産業における雇用の喪失と、クリーンエネルギー産業で生まれる新規雇用とのバランスについては、現在も議論が尽きない論点だ。
一体化して進められる気候変動対策と経済対策
今年行われた日本の総選挙では、野党が気候変動に関する政策を声高に叫んでいたのに対し、「『地球温暖化によって生態系に悪影響が』などと説いてまわっても、生活に関係ないから響かない」「余裕のある人の趣味であり、経済問題より圧倒的に優先順位が低い」と揶揄する識者も見られた。
しかし、気候変動は、どこか遠くで氷が溶け野生動物が困るだけでなく、市民の日々の生活を自然災害が直撃し、インフラを破壊、食料もこれまでのようには生産できなくなるという生活に直結する問題だ。
そして、米国や欧州が今後の世界的なクリーンエネルギーへのシフトを見越して、関連産業のインフラ整備とテクノロジーの開発に投資し、新たな国内産業と雇用を生み出そうとしていることからも分かるように、経済問題とも一体化している。
災害大国であり、食料生産を国外に頼っており、自動車などの化石燃料に直結した製造業が強みと言われてきた日本にとって、気候変動問題は「余裕のある人の趣味」とは、もはやいえない時代になったといえるだろう。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)