イーロン・マスク氏ら資産家が宇宙に賭ける理由「スペースコマース」の可能性と課題

宇宙で製造するケーブルや無重力空間でのみ可能な手術など、様々な宇宙の商用利用「スペースコマース」の計画がすでに立ち上がっている。宇宙空間の平和利用やスペースデブリ問題などの課題があるなかで、どのようにスペースコマースは実現していくのだろうか。

身近になる宇宙

アメリカでイーロン・マスク氏とジェフ・ベゾス氏が宇宙へ飛び立ち、日本では今月、資産家の前澤友作氏が宇宙ステーションに到着するなど、人類の「夢」であった宇宙は急速に「身近なもの」になっている。

ただ、資産家たちは自分たちや人類の夢を叶えるためだけに宇宙へと飛び立ったわけではない。そこには近い将来、宇宙をベースにした商業、スペースコマースが視野にあることは確かであろう。

アメリカに本社を置く広告代理店、ワンダートンプソンの消費者調査では、「スペースコマースは将来実現する」と考える消費者の割合は56%。「地球上には存在しない、長寿や健康生活のためになるメイド・イン・スペース商品があればプレミアム価格を支払ってもよい」との回答の割合は63%に上ることが明らかになっている。

果たして、宇宙のビジネスはどれほどまでに身近なものになるのか。2020年10月にサウジアラビアで開催された「宇宙経済リーダーズ会議・Space20」には、国連宇宙局(UNOOSA)とOECD加盟国が参加。G20の宇宙機関の長が集まり、宇宙経済の将来について議論を交わしたこの会議の主な議題は、以下の通り多岐に渡っている。

会議の目的は、平和的宇宙探索、宇宙産業への投資、宇宙科学の革新を軸に、共通のビジョンを持ち、影響力のある国家間での意思確認と、既存のプロジェクトでの協力体制を整えることであった。

スペースコマースの可能性

宇宙の計画に欠かせない次世代の関心。サウジアラビアの宇宙委員会と宇宙飛行士が2020年ドバイで開催された科学、技術、革新フェスティバルを訪れ子どもたちと交流(出典:Saudi Space Commission

2002年にスペースXを設立したイーロン・マスク氏は当時、ビジネスとして成功する確率は10%もないと考えていた、という逸話がある。実際に同氏は2016年に「すべてを失うかもしれない、という覚悟があった」と話している。

モルガンスタンレーの報告書によると、世界の宇宙経済は2018年に3,600億ドル(約40兆円)規模だったが、2040年までに約3倍以上の1兆1,000億ドル(約124兆円)、さらに2050年にはその倍以上の2兆7,000億ドル(約306兆円)に達するとみられている。

スペースコマースや宇宙経済と聞いてこの数字を目にすると「宇宙旅行」を想像しがちだが、実はそれだけではない。何百もの航空宇宙関連スタートアップに投資家が2021年に出資した資金の多くは、小型衛星に使われている。

この小型衛星は、これまでにも天気予報やGPS、地球観測や監視、宇宙探索などに使われてきたが、現在では地球温暖化の原因とされる温室効果ガスの原因となるメタンガスの漏れを特定する解像度の高い画像を地球に送信して注目されている。

また、国際宇宙ステーションでは2014年からすでに3Dプリンターを導入し、必要なパーツやツールをオンデマンドでデジタル製造できるようになっている。

それまで、国際宇宙ステーションで必要とされた部品などは地球での製造が基本、打ち上げ時の負荷や輸送費、デリバリーまでの時間など様々な障害があった中、宇宙ステーションでの迅速なパーツやツールの交換が可能になったことは、コストや時間のロスの削減、宇宙探査の長期実施に大きく貢献している。

無重力、微小重力というメリット

スペースシャトルのロボット・アームから展開したウェークシールド・ファシリティ(出典:NASA

宇宙ステーションにおける3Dプリンターの活用だけではなく、宇宙における無重力下での製造にも産業界が注目している。

現在発展途上ではあるものの、天体にある資源の活用や、豊富な太陽エネルギーの活用、無重力で100%無菌状態での製造には無限の可能性がある、として多くのプロジェクトやビジネスが進行中だ。

例えば、半導体やタンパク質の結晶化、カーボンナノチューブ、合金、光ファイバー、人体組織、食料品といった分野での研究が進んでいる。中でも商業的収益を上げるであろう、現在最も有力とされているのが、特殊な光ファイバーケーブルの製造だ。

「ZBLAN」と呼ばれるこのケーブルは、すでに少なくとも100mの製造実験を行っており、微小重力下で製造されることによって、信号損失を増加させる原因となる微小結晶の発生を抑制している。

こうして製造されたケーブルは、通信、レーザー、高速インターネットなど、長距離の光伝送に桁違いの性能を発揮することで重宝されるため、高価格での販売が可能で、採算が取れるとみられている。

他にも注目されているのが人間の臓器だ。近年の医療現場では、3Dプリンターを活用して血管や骨、生体組織をバイオインクで作成している。一方で、地球上でかかる重力によって組織がつぶれる事象や、本体を上手く支えられないといった問題も指摘されている。

そこで注目が集まるのが、無重力もしくは微小重力下での臓器作成だ。臓器を浮かせた状態で作成できれば、これまでの課題が解決する。何年もの間、臓器移植のドナーを待ち続けている人たちにとっては朗報となりそうだ。あとの問題は、どのように地球へ持ち帰るかが研究課題だとされている。

宇宙空間での課題

宇宙でのモノづくりや実験検証が進み、メイド・イン・スペースへの期待が高まる中、懸念事項ももちろんある。まずは輸送コストや打ち上げコストだ。

人間の臓器作成と同じ原理で、物体を浮かせた状態でアプローチできる無重力は大型建築物を作成するのにも非常に有効な方法だとされているが、打ち上げて持ち帰るための輸送コストは無視できない課題だ。

小さなモノづくりであっても、製造機器をまずは無事に宇宙まで届けなければならず、さらに地球環境で使用していたものをそのまま使用するわけにもいかない。また同時に、製造された製品をダメージなく地球に送り戻す技術と耐性も不可欠だ。

実際に製造機械を宇宙へと運び込めたとしても、宇宙環境下での動作状態や稼働に対する耐性、原料の反応、メンテナンスや故障時の修理方法、と未知で果てしない過程と課題が待ち受けている。

こうした過程とは別に、膨大な輸送コストも念頭におかねばならず、採算のために専門家はなによりも「大量生産」の必要性を説くが現実的ではないのが実情だ。

NASA本部のシニア・エコノミック・アドバイザーであるアレックス・マクドナルド氏は、Space.comに対し、「宇宙への打ち上げには1kgあたり数千ドルのコストがかかるため、宇宙で作って地球に送るものは、非常に価値のあるものでなければならず、単位質量あたりの価格も高い必要がある」と語っている。

輸送コストと同時に懸念されるのが、輸送時間だ。先日ニュースでは、宇宙ステーションに「UberEats」を届ける場面が報道されていたが、通常30分前後でのデリバリーが売りのサービスも、宇宙までは8時間30分かかったとされている。食べ物のオーダーは別としても、効率がよいとは言えないのが現状だ。

前述のワンダートンプソンの調査では、約半数の消費者が「宇宙での仕事があれば応募したい」と答えており、半数以上の55%が「この世にないものであればプレミアム料金を支払ってもよい」と答え、宇宙という付加価値は高い。

一方で厳しい意見も少なくない。同調査では、「億万長者の宇宙開発者たちがこのまま宇宙での主権を握るのではないか」という懸念や、「宇宙の商業化は地球上の平和と協力を不安定なものにする力を有すると危惧している」と答えた人は46%に上っている。

また、「億万長者たちの宇宙進出は自分の利益のためだ」と考える人は36%、15%の人たちは「彼らの宇宙進出は人類のためのものではない」と答えている。モラルの課題や宇宙の法整備、国際的合意なども課題になりそうだ。

国家を巻き込むスペースデブリ問題

スペースデブリ(宇宙ゴミ)の問題も深刻だ。役目を終え、地球周回軌道に存在する人工衛星やロケットは増加の一途をたどり、これから企業規模でのロケットや小型衛星の発射が加速するにつれ、ゴミ問題も深刻になる一方だ。

低軌道上のデブリ静止画。赤道上空から見た図(出典:JAXA研究開発部門

ロシアが旧ソ連製の人工衛星をミサイルで破壊する実験を今年11月に行い、1,500もの新たな宇宙ゴミを作り出し、物議を醸したことは記憶に新しい。

アメリカやイギリスがロシアを非難し、日本でも外務報道官を通じて政府が懸念を表明、今後こうした実験を行わないよう求めている。発生したデブリは高速で回転しながら移動するため、衝突すれば小さな破片でも十分なダメージがあるからだ。

実験当日、デブリの雲に接近した宇宙ステーションの乗組員は、ゴミの衝突によるダメージや緊急事態に備え、2時間もの間、ソユーズとクルー・ドラゴンに待機しなければならなかったほど事態は深刻であった。

華々しい宇宙への出発や宇宙空間での活動の陰に隠れているが、このスペースデブリ問題は今後の宇宙活動の妨げにもなりかねない。

日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、デブリを観測し除去する研究を進め、デブリ除去そのものを新規宇宙事業として民間と提携し、世界初の商業デブリ除去実証を実施、クリーンな宇宙空間を目指している最中だ。

我々が映像で目にし、宇宙飛行士たちが口々に語る「宇宙から見た地球の美しさ」。一方で宇宙への進出が進むにつれ深刻化する宇宙のゴミ問題。

気軽に宇宙旅行に出られるようになる将来、憧れていた宇宙の環境が、果たしてどのような姿になっているか。宇宙開発の将来を担う次世代にどのような形で引き継げるのか、宇宙が身近になるにつれ課題も増え、世界中で模索が続いている。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit

参考
https://www.wundermanthompson.com/insight/space-commerce
Manufacturing In Outer Space: Not Such A Far-Out Idea (forbes.com)
The future of the $447 billion space industry in 15 incredible photos (fastcompany.com)
ISS escapes space debris collision after Russian weapons test destroys satellite – Vox
8 types of product that could one day be made in space | satsearch blog
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page3_003159.html
https://www.space.com/40552-space-based-manufacturing-just-getting-started.html
https://www.jaxa.jp/projects/debris/index_j.html

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