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加速するオーストラリアでのAI研究投資
高付加価値の創出による経済成長だけでなく、国家安全保障でも不可欠なAI・量子コンピューティング。
シリコンバレー、ニューヨーク、ロンドン、モントリオールなど世界各地には、同領域に特化した研究開発ハブがいくつか存在している。
今後オーストラリアの都市もこれらAI・量子コンピューティング分野の研究ハブの仲間入りする可能性が見えてきた。
最近になり、米テック大手によるオーストラリアでの先端テクノロジー投資が増えているのだ。
直近で海外メディアのヘッドラインを賑わしたのは、グーグルによるAI・量子コンピューティング分野の大型投資計画だろう。
2021年11月、グーグルはオーストラリアで10億豪ドル(約810億円)の投資を行う計画を発表。この投資計画の一環で、シドニーにAI・量子コンピューティングの研究開発を担う「グーグル・リサーチ・オーストラリア・ラボ」を新設するという。
最近まで同国では、米テック大手企業による研究開発投資は限定的で、オーストラリア人AI研究者の多くが機会を求め国外に流出していたが、グーグルなどが大型投資を始めたことで、状況が変わるのではないかとの期待が高まっている。
このグーグルの投資は、オーストラリア政府と米国政府が支援する「デジタル・フューチャー・イニシアチブ」のもと実施されるもの。政府発表によると、同イニシアチブはAI・量子技術分野で、直接的に6520人の雇用を生み出すだけでなく、間接的に2万8057人の雇用創出につながるという。経済効果は、67億豪ドル(約5453億円)に上る見込みだ。
量子技術開発で接近するオーストラリアと米国
米国政府・企業の支援を背景に、オーストラリアのAI・量子技術投資は今後加速することが予想される。インド太平洋地域で影響力を増す中国に対抗する形で、米国とオーストラリアの国際関係が最近急速に強まっているからだ。
2021年9月15日に発足が発表された米・英・豪の軍事同盟「AUKUS」は、米豪関係の強まりを示す最たる事例といえるだろう。
またAUKUSの発表でAIと量子技術分野での共同能力・相互運用性の向上が明記されたことからも、オーストラリアと米国がAI・量子技術の研究開発で関係を強化するであろうことが予想できる。
実際2021年11月19日、オーストラリア政府と米国政府は、量子技術のイノベーション・商業化において、協力関係を強化するとの共同声明を発表。量子技術が国家安全保障に関わる「非常に重要(critical)」な領域と位置づけ、商業化も視野に、研究開発を進めることを表明している。
シドニー、メルボルンだけじゃない、オーストラリアのイノベーションハブ
オーストラリアには、テック大手のAI・量子技術研究開発ラボが複数の都市に点在しており、それぞれが世界的なハブに成長する可能性を秘めている。
上記グーグルの投資計画に関する現時点の報道では、同社がAI研究ラボを設置するのは人口530万人ほどのシドニーといわれている。また、同規模の都市メルボルンでは、オラクルやIBMがAIラボを運営している。
一方、人口130万人と比較的小規模なアデレードもAI投資・人材が集まるテクノロジー都市に変貌している。
オーストラリア南部に位置するアデレード、その中心部にあるアデレード大学や隣接するオフィス街「Lot Fourteen」がテクノロジー投資を呼び込む大きな要因となっているのだ。
特にアデレード大学・機械学習研究所は、オーストラリア政府も資金を投じる戦略的に重要な機関。2018年に南オーストラリア州とアデレード大学の共同出資によってLot Fourteen内に開設された同国初のAI専門の研究機関だ。この機械学習研究所を中心に人材育成や研究開発が進められている。
2021年11月19日には、オーストラリア政府が2000万豪ドルを投じた機械学習研究所傘下の新AI研究センター「The Center for Augmented Reasonig」が開設されるなど、投資活動はさらに活発化の様相だ。
機械学習研究所や新AI研究センターが設置されているLot Fourteenには、2020年に新設されたオーストラリア宇宙庁や同国のサイバーセキュリティ組織「A3C」などが拠点を構えており、宇宙やサイバーセキュリティ分野におけるAI活用も進められることが予想される。
このほか、Lot Fourteenでは、2021年2月にアマゾンがAWS事業を担う拠点を開設、また4月にグーグルがクラウド・パブリックセクター部門の開設計画を発表、さらにアクセンチュアもこのほどオフィスを開設するなど、テック企業による投資は勢いを増している。
宇宙分野ではすでに、日本とオーストラリアの協力関係は強まりつつある状況。AIや量子コンピューティング領域でも、今後様々な連携が見られるかもしれない。
文:細谷元(Livit)