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江戸時代中期にはすでに存在していたといわれるほど古く、誰もが一度のみならず二度、三度と利用しているサービスが、今、ひりひりするほど熱くなっている。そのサービスとは「フードデリバリー」。
筆者が住むオランダでも、道を歩けばDeliverlooやUber Eatsの宅配バッグを背中にしょったサイクリストが駆け抜けていき、レストランで食事をしている時も、デリバリーする人たちがひっきりなしに出たり入ったりしている。
フードデリバリーがここ数年で爆発的に拡大したのは、パンデミックによる巣ごもり現象によるものであることは誰もが知るところだ。オランダでは、2021年11月下旬から年末にかけてナイト・ロックダウンが施行されたことから、暗い冬を走る自転車配達員の姿はますます増えていくことだろう。
皮肉にもこのような状況を追い風に拡大するフードデリバリー業界。パンデミックが収まったとしても暮らしに定着するという意見もあるが、少々疑問に思うことがあった。疑問とは「どんなサービスをテコに成長していくのか」ということだ。
フードデリバリーはA(レストラン)からB(注文した人)へ届けるというシンプルなビジネスモデルで、注文手段が電話からメール、メールから専用アプリへと格段に利便性があがっているのは分かる。
さらに、サブスクリプションや特別なディスカウント、「このアプリでしか注文できない料理」などの特典で客を囲い込む手段もあるだろう。フードデリバリーをあまり使わない筆者でもそのくらいは思いつくので、それらは成長戦略としては弱いはずだ。
フードデリバリービジネスには、そのような利便性や特典とは次元が異なる何かをユーザーに提供できる余地があるのだろうか。
そして、アメリカのフードデリバリー大手であるDoorDashがフィンランドの競合Woltを70億ユーロ(約9,138億円)、オランダのJust Eat Takeaway.comがイギリスのJustEatを73億ドル(約8,319億円)で買収するいったケースも続いている。
フードデリバリーという究極のローカルビジネスが、国境を超えて売り買いされるのはなぜなのか。
2021年、世界規模で1,515億ドル(約17兆2,900億円)市場と言われるフードデリバリービジネスの今を探ってみた。
デリバリーの百貨店
アメリカ発のDoorDashが、いとも簡単に最初の疑問に答えてくれた。
DoorDashは2013年、スタンフォード大学の学生が立ち上げたユニコーン企業。ユーザーがアプリで注文、注文を受けた飲食店が料理を作り、ダッシャー(Dasher)と呼ばれる配達人が注文先に届ける。その仕組みに突出した特徴はないが、2021年のアメリカのマーケットシェアは55%を占める。ジャイアント企業Uber Eatsは22%、Grunbhub17%、Postmates5%、その他1%で、DoorDashが大きくリードしている(Statista調べ)。
競合他社をここまで引き離すことができたのは、「フードデリバリーというよりロジスティックの課題を解決する企業」という創始者の考えにある。
そして、地方の中小企業の成長を支援し、失業中の人々に仕事を提供し、消費者に利便性を提供するというミッションのもと、「家にいながらよい食品を求め、そこにお金を使うことを惜しまない人々」「配達手段がない、座席数が少ないレストラン」とざっくりと2つのグループに絞ってマーケティング手段を簡易化し、それぞれに強いメッセージを打った。
DoorDashと契約しているレストランは39万店舗(2021年/CNBC調べ)、ユーザーは2,000万人(2020年/自社調べ)、アメリカ、カナダ、オーストラリア、日本を含む7,000の市でビジネスを展開している。
アプリを個人の小口注文、ケータリングなどの大口注文を分けているほか、レストランのウェブサイト制作支援、人気の食品、配送時間、地域のデータなどの情報を分析する顧客分析ツール「Merchant Portal」の提供、オンライン上のコンビニストア「DashMart」、プレミアムなレストランプラットフォーム「Cavier」など、「料理を運ぶ」周辺のビジネスを幅広く展開している。
さらに、DoorDashのユニークなのは、契約パートナーをレストランに限定していないことだ。アメリカ大手スーパーWalmart、ドラッグストアのWalgreensとパートナーを組み、取り扱い品目も、料理、食材、アルコール、花、ペット商品など一気に拡大。
そして、フードデリバリーとは一見関係がなさそうな宿泊施設(Wyndham Hotels & Resorts)とも提携し、DoorDashと契約しているレストランの料理をデリバリーすることを可能にした。Wyndham Hotels & Resortsはアメリカ国内に3,700以上あり、宿泊客はデリバリー無料、同ホテルのポイントが付与される。
このような広がり方を可能にしているのは、先述した創業者の「食品の宅配ではなく、テクノロジーを使ったロジスティックシステムの開発」からビジネスを着想していることにあると思う。
ローカルビジネスはテクノロジーでボーダレス化する
宅配は究極のローカルビジネスなのでは?という2つ目の疑問も、フードデリバリーを運用するテクノロジーに国境はないという観点に立てば、いとも簡単に氷解する。
アメリカDoorDashがフィンランドのWoldを、オランダのJust Eat Takeaway.comがイギリスのJustEat、アメリカのGrubhubを買収したのは、リーチを広げるために他ならない。とはいえ、買収の内訳をよく見ると、2社の成長への方向性が異なることが分かって興味深い。
Just Eat Takeaway.comがベルギー、ルーマニア、ブルガリア、ポルトガル、ルクセンブルグなどのヨーロッパ圏、イスラエル、カナダ、オーストリアと世界戦略をとっているのに対し、DoorDashは、加盟店の成長サポートとしてサラダを作るロボットを開発したChowboticsを、自社による自動運転宅配車を開発するために、自動運転車の遠隔操作技術を開発するスタートアップのScotty Labsを買収している。
ボーダレスなテクノロジーも、どう使うか、何に使うか、なぜ使うかによって、その企業ならではのカラーが出るものなのだ。
オンライン・フードデリバリーの今後
フードデリバリーのトレンドを予想する興味深い記事がいくつかあったので、そこから抜粋して「フードデリバリーの今後」を占う3つのポイントを挙げてみる。
ゴーストキッチンの増加
店舗、接客用のスタッフをもたず、デリバリーと調理に特化したレストランをゴーストキッチンという。消費者の好みに迅速に対応できるうえに、投資額が少なくてすむことから、アントレプレナーやチェーン店がさらに参入すると予測されている。
特化したサービス
競争が苛烈になるにつれ、何かひとつに特化したサービスで他社を引き離そうとする動きもある。2020年ベルリンに誕生したオンデマンドのグローサリーデリバリー「Gorillas」は「10分で配達」というスピードで勝負。その他にも、15分で準備できるミールキットを配送するカナダ発の「Gobble」、ヴィーガン&グルテンフリーの「Hungryroot」(アメリカ)、再利用可能なパッケージを使用&回収する「DeliverZero」(アメリカ)など、消費者に分かりやすい専門性を打ち出したフードデリバリーが増えていくと思われる。
ミレニアル、Z世代がトレンドを決める
フードデリバリーを最も活用している世代がミレニアル、Z世代である。この世代は、自身の健康に加え、食材そのものが健康であること(食材の生産過程の透明性、安全性など)、環境問題にも重きを置いている。
例えば食材のトレーサビリティ、自転車など環境にやさしい配達手段、リサイクル材を「メニューのバラエティ」「おいしさ」と同列に捉えて、情報発信していくことが重要になっていくだろう。またこの世代は「健康的な食事」を、カロリー計算ではなく、精神と食を含めたものと考えている。ほぼデジタルネイティブであるこの世代の趣向によって、フードデリバリー業界も変化していくことが予想される。
金融情報、市場データを提供、分析する「MarketWatch」によると、オンライン・フードデリバリー市場は、2021年から2027年にかけて11.2%の成長が見込まれ、前述の1,515億ドルから2,258億ドルの規模になるという。つまり、しばらくは右肩上がりで成長が続き、メジャーの勢力拡大、新規参入が入り乱れ、今後も競争がさらに激化していくことが予想される。
文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit)