SDGsとビジネスの海外展開〜JICAと共創するイノベーションと新たな価値〜|オンラインイベントレポート

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開発途上国は急速な成長を見せる一方で、医療や教育へのアクセスの未整備、産業育成の遅れなど脆弱な側面を抱えている。しかし、この脆弱性は企業にとってビジネスチャンスであり、支援や援助をする立場から共に成長していくパートナーとして、新たな関係を築ける機会でもある。

この度、独立行政法人 国際協力機構(以下、JICA)主催の『SDGsとビジネスの海外展開〜JICAと共創するイノベーションと新たな価値〜』と題したオンラインイベントが開催。司会はフリーアナウンサーの長野智子氏が務め、社会課題やビジネスイノベーションの専門家、そして実際にJICAの支援事業を活用した企業の方々が登壇し、開発途上国におけるビジネスの可能性についてディスカッションが行われた。その模様をお届けする。

JICA(国際協力機構)民間連携事業について

JICAは海外協力隊と専門家の派遣といった人材の協力、資金協力などを行い、開発途上国における様々な課題の解決に貢献してきた。しかし、JICAだけでは限界があることから民間連携事業を立ち上げる。企業が持っている製品・技術・アイデア・ノウハウを活用しながら、JICAと連携して開発途上国の課題を解決していく取り組みだ。JICAの強みは以下の3つに集約される。

【拠点】開発途上国を中心に、世界に100ヵ所を超える拠点がある(国内は15ヵ所)。
【人】60年以上の協力経験で培われた開発途上国との「人的ネットワーク」と「信頼関係」がある。
【情報】開発途上国の事情に精通した職員と国内外の外部専門家が持つ、生きた現地情報がある。

JICAの民間連携事業である『中小企業・SDGsビジネス支援事業』には、開発途上国の情報を収集する『基礎調査』、ビジネスモデルを具体的に策定するための『案件化調査』、そして実際に商品やサービスを展開する『普及・実証・ビジネス化事業』が用意されている。

JICA民間連携事業部部長の原昌平氏は開催に際し、「ビジネスで途上国の課題を解決すること、さらにその輪を広げることについて、みなさまのご理解を深めていただければと思います」と述べた。

JICA民間連携事業部部長 原昌平氏

必要なのは「正確な情報と信頼できるネットワーク」

まず始めに、経済協力開発機構(OECD)でも活躍された村上由美子氏が『途上国市場の有望性』についてスピーチした。

MPower Partners ゼネラルパートナー 村上由美子氏

村上氏は国連で開発途上国の経済援助に携わった後、長年ロンドンのゴールドマン・サックスに務め、現在はグローバル・ベンチャーキャピタルファンドMPower Partnersのゼネラルパートナーとして、アジアを主戦場にスタートアップ投資を行っている。

「2000年以降、世界の収益の柱が先進国からBRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)に代表される開発途上国にシフトしていきました。アジアにおいても同様で、ASEANへ資金が流れています」と村上氏は話す。先進国の企業が海外に進出する主な理由は労働賃金が安いことであったが、今は人口増加に伴い市場の拡大と消費が見込まれることが大きいという。

経済援助に携わる中で村上氏が痛感したのは、いくら国や国際機関の援助があっても、その国の経済が独り立ちするには民間からの資金が必要だということ。実際に開発途上国へ流入する資金は、民間資金がODA(政府開発援助)をはるかに上回っていることがデータで示された。

「開発途上国は人口増加とデジタル化のタイミングが重なってインターネット経済が爆発的に伸びており、2025年には3,000億ドルが見込まれています。銀行口座を持っていない人たちもフィンテックを駆使して様々なインターネットビジネスを生める。日本にはない発想で成長する可能性があります」

海外進出をする際、正確な情報が得られず予見が難しいことが問題となる。そこで必要なのが「正確な情報と信頼できるネットワーク」であるとし、長年の経験と成功事例があるJICAとのパートナーシップ、共創を強く推奨した。

インド事例紹介:絵本・コミックを活用した環境・衛生教育の普及、女性活躍の推進(講談社)

続いて、JICAの『中小企業・SDGsビジネス支援事業』を活用している、株式会社講談社の古賀義章氏とワンダーラボ株式会社の金成東氏が登壇。開発途上国が抱える課題に対し、自社の強みを生かしてどのようにビジネスを創出したのか、事例を紹介した。

講談社は“おもしろくて、ためになる”を企業理念に、雑誌・書籍・漫画を世界に広め、関連するライセンスビジネスや海外展開に力を入れている。SDGsにも注力しており『本とあそぼう、全国訪問おはなし隊』という絵本の読み聞かせキャラバンを行い、これまで190万人の子どもたちと触れ合ってきた。

講談社 国際ライツ事業部 古賀義章氏

2015年9月にインドで行う『環境・衛生教育を目的とした絵本の読み聞かせ販売事業準備調査』をJICAに提案し、翌年1月に採択された。

インドではゴミの不法投棄や河川汚染、野外排泄による衛生問題が深刻である。この問題に対しインド政府は『グリーン・インディア・キャンペーン』を実施し、約3兆円を投入して1.2億世帯にトイレを設置。しかし、インフラを整えても人々の意識改革に遅れがあることから、日本の“MOTTAINAI”を普及させることを思いついたという。

“MOTTAINAI”を世界に知らしめたのは、ケニアの環境保全活動家でノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイ氏。マータイ氏が提唱する4R(リデュース・リユース・リサイクルに加え、リスペクト:自然や物への尊敬の念)の中でも4つ目のリスペクトがインドの問題に対して有効なメッセージであるとし、“MOTTAINAI for Clean India”をスローガンに掲げて事業をスタート。まずは、“MOTTAINAI”を取り上げた絵本『もったいないばあさん』シリーズ3作を出版。絵本の普及と読み聞かせによる啓蒙活動を行なっていった。

3ヶ月後どのような変化があったか調査したところ、自宅のゴミを分別するようになり、水の出しっぱなしや電気のムダ使いが減少したという。

JICAとの連携で得られたものについて、古賀氏は次のように語る。

「デリーメトロ(地下鉄)の車両を貸し切って読み聞かせを行った際にセキュリティーの問題がありましたが、JICAからの紹介ということで交渉が上手くいきました。ほかには、テレビや新聞など約30のメディアで取り組みが紹介されたり、最近ではインド最大の州から17万冊一括購入のお話をいただいたりしております。環境省とは『もったいないばあさんプロジェクト』を立ち上げ、4作品6言語をアニメ化して無料配信を始めました。絵本は現在13言語で出版契約し、日本からインド、そして世界へと展開しています」

講談社は新たにJICAと連携し『インド国女性のエンパワーメントを推進するコミック普及・実証・ビジネス化事業』を2021年6月よりスタートしている。

カンボジア事例紹介:知育アプリ『Think! Think!』の普及(ワンダーラボ)

ワンダーラボは、世界中の子どもたちの“知的なわくわく”を引き出すことを目指して複数のサービスを提供している。知育アプリ『Think! Think!』は、思考力を育てる問題を2万問以上収録。世界150ヵ国170万人が利用しており、カンボジアをファーストステップに海外事業を展開している。

金氏はカンボジアの状況を次のように話す。

「1970年代当時のポル・ポト政権下で知識人の大虐殺が行われ、人口の約2割が犠牲になりました。それに加えて教育システムも崩壊してしまいました。現政府はこの問題を重く考えているため、非常にサポーティブな環境を得られております」

ワンダーラボ 事業開発ディレクター 金成東氏

JICAとのパートナーシップのメリットは、「資金」と「信頼」の2つが挙げられるという。

「出張費などコストがかかる部分をカバーしていただけることはありがたいことです。JICAにはカンボジアで有形・無形の協力をして培われてきた信頼感があります。それは政府のみならず、学校や民間企業にも浸透しているので、小さな企業の話にも耳を傾けてくれるのです」

ワンダーラボではJICAの『案件化調査』を利用し、約1600名の子どもたちに実証実験を行った。国際的な学力調査TIMSSでは平均6.0ポイント(算数)、IQテストでは8.9ポイントの向上が認められた。新たに採択された『カンボジア国 アプリ教材「Think!Think!」の活用による初等教育のSTEM学力向上に関わる普及・実証・ビジネス化事業』では、カンボジアの公教育カリキュラムへの導入を目指し、より実践的な実証実験を2020年2月より行なっている。

トークセッション:途上国でビジネスをすることの可能性と意義

続いて、すでに登壇した4名に加え、スタートアップや大企業のイノベーションを支援する株式会社ユニコーンファームのCEO田所雅之氏をパネリストに招いたトークセッションに移る。

最初のテーマは『途上国でビジネスをすることの可能性と意義』について。

司会の長野氏から、途上国でビジネスをする企業が増えてきている動きをどのように見ているか、田所氏に質問が投げかけられた。

株式会社ユニコーンファームCEO 田所雅之氏

田所:日本と開発途上国の違いは平均年齢の若さです。日本の46歳に対し、インドネシアやフィリピンは26〜28歳と言われています。リープフロッグという表現があるように、日本ではなかなかDXやデジタル化が進まない中、彼らは空気を吸うようにいろいろなプロダクトを作っています。これはマーケティングでいうキャズムを超える(市場拡大のために超えるべき溝)。海外に進出する意義は、日本のプロダクトやユーザーエクスペリエンスを試せることです。

長野:村上さん、途上国の脆弱性についてどのようにお考えですか?

村上:平均年齢が若く人口増加率が高い。そして消費が増えて購買力がある国々で勝機があることは想像できます。ひとつ考えなければいけないのは、経済には光と影があること。開発途上国であればデジタルが生む格差。私たちが考える以上に深い格差があるかもしれません。

長野:日本にはないビジネスチャンスがある一方で、格差の問題がある。これを踏まえて、原さん、どのようなことに気をつけてビジネスを展開していくべきでしょうか?

フリーアナウンサー 長野智子氏

原:まず「現地を知る」こと。文化・社会・人をよく知ることが基本だと思います。日本のものをそのまま持ち込むのではなく「現地に合わせる」ことが2つ目に重要です。先ほど村上さんから格差の話がありましたが、ここに注意しながら持続性のあるビジネスを展開していく。クリエイティビティやイノベーション、リープフロッギングのようなものを、日本に持ってくることも可能だと思います。

長野:田所さん、現地に合わせた持続可能性のあるビジネスという視点は絶対必要なものなのでしょうか?

田所:GojekというスタートアップがインドネシアでUberの展開を考えましたが、インドネシアは渋滞が多く二輪が多い。そのため二輪で実施し、クレジットカードを持っている人が少ないのでプリペイドを実装するなど、ローカライズしたことで成功した例もあります。日本のフレームワークではハマらないことがあるので、現地にトランスレートすることが大事です。

長野:ワンダーラボの金さん、ローカライズされた持続可能な事業は念頭にありましたか?

金:現地に合わせることは大事だと思います。ひとつエピソードがあるのですが、アプリの中に迷路を収録し、ゴールに赤い旗を立てて星印をつけていました。カンボジアで試したところ、その旗から昔対立のあったベトナムを想起してしまうとのことで、別の旗にしました。これは現地でやっているからこそ見えてくることです。

トークセッション:日本企業が活躍できる市場(分野)とは

2つ目のセッションは、日本企業が活躍できる市場(分野)について話が進められた。

長野:途上国ではどのような分野に課題があるのでしょうか?

原:まずは水不足、そして栄養。子どもの頃に十分な栄養が摂れないと、脳の発達に影響を及ぼすという研究結果があります。また水や栄養に関連する農業、エネルギーや電力を気候変動に絡めてどう持続可能なものにしていくか。また、教育の問題は格差も絡んできます。コロナ禍で明らかになりましたが保健システムの改善、そして防災と掲げればキリがない。開発途上国と先進国の2つに分けて議論をしがちですが、例えば日本における高齢化の問題は、開発途上国でも今後の課題です。

長野:課題からビジネスを考えるのか? それとも日本の技術力を生かせる分野があるのでしょうか?

田所:GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に代表されるように、デジタル分野がスケールしやすいと思われがちですが、日本の強みはデジタル・ハード・フィジカルのかけ合わせです。スタートアップでは水の循環に取り組むWOTA社や、栄養失調に向き合うユーグレナ社などが挙げられます。デジタル市場の1回戦はデジタルだけで完結するものでしたが、2020年代は2回戦として、デジタルを超えてリアルに展開していくと思います。

長野:村上さんは日本企業が参入しやすい分野はどうお考えですか?

村上:日本が直面している少子高齢化は、実はアジアでも私たちが想像する以上に進んでいます。日本が少子高齢化のビジネスで得た知見を活用し、そこにデジタル・保険・医療の制度をかけ合わせる。様々な社会課題がありますが、少子高齢化は日本が先に直面している問題ゆえに、チャンスがあると思います。

トークセッション:開発途上国でビジネスを行う難しさ

ここまで多くのチャンスや可能性があることを伺ってきたが、苦難も多くあることは想像に容易い。講談社とワンダーラボのお二人がその大変さを語った。

古賀:契約に際し電話やメールでは埒が明かないので、8回ほどインドに出張しました。読み聞かせの実施にあたっては、通常のカリキュラムの邪魔になるとしてなかなか認可が下りませんでしたが、JICAから働きかけてもらい交渉を進めることができました。営利企業なのにNGOをやるのかといった声も上がり、実は社内の説得も大変だったんです。

金:弊社も苦労の連続です。朝行ってみると実証授業を行うはずの教室が壊されていたり、クラスの評価を上げるために先生がテストの答えを教えたりするなんてこともありました。苦労した最たる例はコロナ禍です。授業を始めた翌月に休校となり途方に暮れていたところ、現地のメンバーから「この時期だからこそできることをやろう」と言われ、カンボジア全土へのオンライン授業を実施しました。教育省に働きかけるにあたり、JICAの力が助けになりました。

開発途上国でビジネスを成功させるポイント

予想もつかないことが起きる開発途上国でのビジネス。そこで、事業が大きくスケールするためのアドバイスが田所氏から送られた。以下の5つ観点が重要だという。

【Want】創業者がやりたいと思っているか?
【Can】海外で戦うための圧倒的な優位性があるか?
【Needed】海外に市場があるか?
【Get paid】市場にグローバルで参入することが、生き残る条件になるか?
【Growth Story】市場のポテンシャルと自社の成長戦略に齟齬がないか?

最後に、これから開発途上国でのビジネスを展開する企業や起業家の方に向けて、事業を成功させるポイントをそれぞれが掲げた。

田所氏「戦略的泥臭さ」
どこの市場でどのパートナーとどういったセグメントでやるか? まさにどこで戦うのかの戦略が決まったら、やり切るという泥臭さが必要。戦略と泥臭さのバランスが必要だと思います。

古賀氏「郷に入れば郷に従え」
ヒンディー語で「ジャイサー デース ワイサー ベース」。日本語にすると「郷に入れば郷に従え」という意味です。文化・習慣・宗教、そして言葉を覚えることが何より相手との距離を縮めます。

村上氏「三方よし(日本も海外も)」
この普遍的な素晴らしい英智を心に留めておくことが成功の鍵。あなたにとっていいこと、私にとっていいこと、そしてコミュニティーにとっていいことをする。これが特に開発途上国では大切です。

金氏「Flexibility」
日本では当たり前のことが当たり前ではない。予期せぬことがたくさん起きます。正面から乗り越えることも必要ですし、JICAに頼ることも必要です。コロナ禍という困難を逆に活用して飛び越えていくことが求められると思います。

原氏「SDGs17 パートナーシップと共創で共に繁栄」
SDGsのゴールの中で、17のパートナーシップが一番重要ではないかと思います。パートナーシップでたくさんの人が共に課題を解決していくことで、新しい知恵を共創しイノベーションを起こす。共にというのは、みなWin-Winのソリューションを生み出すことです。ぜひJICAとのパートナーシップを考えていただければと思います。

司会の長野氏は、「開発途上国でのビジネスは大きな可能性がありワクワクするものだなと思いました。ぜひご覧になっている方も開発途上国でのビジネスチャンスを掴んでいただければ嬉しいです」とイベントを締めくくった。

JICA『共創プラットフォーム』について
『共創プラットフォーム』は、民間企業や自治体、NGO、大学、研究機関など、国際協力に携わる様々なアクターが集い、共創する場を目指して、2021年8月にJICA本部・竹橋合同ビルに創設された。本ウェビナーをはじめ、今後『共創プラットフォーム』から様々な情報を発していく。

文:安海まりこ

JICA「中小企業・SDGsビジネス支援事業」についてはこちらから

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