新型コロナウイルスの影響によってライフスタイルが大きく変化する中で、健康課題への注目はますます高まっている。心身の不調は、ビジネスはもちろん、ウェルビーイングの実現を妨げる最大の要因であるからだ。特に私たちが見落としがちなのが、お口の健康だろう。歯周病は日本で拡大している傾向にあり、約7割が罹患(りかん)しているという説もある。そして、お口の健康が保たれないことが全身の不調につながることは、あまり知られていない。

この課題に対するソリューションの一つが、健康と先端技術を融合させる「ヘルステック」だ。テクノロジーの力を取り入れたヘルスケアは、高まる需要とともに日々進化している。実際にどのような形で、重要度が高まる心身のセルフケアやオーラルケアに貢献するのだろうか。2021年11月、P&GとAMPはオンラインイベント「ヘルステックで変える 未来の健康管理の在り方」を開催。

本イベントでは、ファシリテーターにREADYFOR株式会社室長・一般社団法人メディカルジャーナリズム勉強会代表の市川衛氏、第1部特別ゲストとして、慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章氏や、エベリスト株式会社取締役でダイエット・セルフケア美容家の本島彩帆里氏、歯列育成クリニック院長の島津貴咲氏、そしてP&Gインターナショナルオペレーションズ オーラルケア アジア部長 シニアディレクターの大川正樹氏を迎えてトークセッションを行った。 ※以下、登壇者の敬称略

深刻化する健康管理とセルフケアの重要性

私たちの健康を取り巻く環境は、大きく変化している。超高齢社会と人口減少という課題を抱える日本では、社会保障費が上がる一方で、医療・介護の従事者や機関は不足。自身の健康を公的サービスに委ねることは困難になりつつある。また、疾病構造そのものの変化も顕著だ。私たちが向き合うべき病は、結核や脳卒中といった「医療によって治る病」から、がんや認知症などの「長期間付き合う病」にシフトしているのだ。

こうした背景から注目されているのが、「セルフケア」である。病院に頼ることなく、日常生活の中で自身の健康を管理する考えは、社会課題の深刻化とともに普及。さらに新型コロナウイルスの影響による健康意識への高まりが、この変化を加速させた。慶應義塾大学医学部教授で医療政策やデータサイエンス研究を行う宮田裕章氏は、withコロナ時代の変化を振り返る。

慶應義塾大学 医学部 教授 宮田裕章氏

宮田氏「コロナ禍は、病院へ行くことに対する意識の変化をもたらしました。医療従事者の不足や不要不急の外出制限により、かつての『少し気になったら病院に行こう』という感覚から、『ある程度考えてから医師に相談しよう』という感覚にシフトしたように思います。発熱やせき、嗅覚の異常などを自己管理して、感染の有無を考えるようになったことも大きいでしょう」

体調への向き合い方については、ライフスタイルの変化も影響していると考えるのが、ダイエット・セルフケア美容家として活動する本島彩帆里氏だ。

エベリスト株式会社取締役 ダイエット・セルフケア美容家 本島彩帆里氏

本島氏「マッサージやエステに見られるように、セルフケアやダイエット、美容などは、かつて“外”で管理するものでした。コロナ禍によって『自宅でどうにか体を調整していかなければならない』という意識が広まったことは、大きな変化だと思います」

有識者たちの認識で共通しているのは、健康は、幸福な人生を実現するためにも欠かせないということだ。日々心身に向き合うことは、人生100年時代のウェルビーイングという観点から、コロナ収束後も重要度を増すと考えられる。「病気」「病気ではない」の2択ではなく、ちょっとした不調をケアしていく考えは、新しい時代のポイントになるのだろう。

セルフケアを変えていく、“ヘルステック”という選択肢

セルフケアを実践する上で、私たちの強い味方となるのがテクノロジーだ。健康とテクノロジーを融合した「ヘルステック」という概念をご存じだろうか。スマートフォンやスマートウォッチによる健康情報の収集、AIを活用したデータの分析、IoTを活用した遠隔医療などが、その代表例となる。こうしたソリューションの市場規模は急成長していることから、今後次々とイノベーションが起こると期待されているのだ。

READYFOR株式会社室長でメディカルジャーナリズム勉強会の代表を務める市川衛氏は、アンケート調査「興味のあるヘルステックアイテム」にて、体組成計、スマート体重計、体調管理機能付きスマートウォッチ、血圧計が上位を占めた結果を、次のように分析する。

READYFOR株式会社室長・一般社団法人メディカルジャーナリズム勉強会代表 市川衛氏

市川氏「年代別に見ると、30代ではスマートフォンアプリで体調を記録・管理できるツールに注目が集まりました。一方、血圧計は50〜60代の注目が高かったと考えられます。血圧はストレスや睡眠状態などを反映するため、日々測ると自然と生活習慣を改善する方向にフィードバックが働き、良好なコントロールに役立つといわれています。近年は時計のように手首に装着するだけで測定できるソリューションも登場し、ヘルステックとしても注目されている分野です」

これらのヘルステックは社会課題にも貢献すると、宮田氏は語る。医療機関に個人のデータが集約されることで、従来は不可能であった管理体制を実現できるからだ。

宮田氏「病院に行く前のセルフケアを、ヘルステックでサポートするのは重要です。それを実現するのは、スマートフォンのように誰もが持っている道具になるでしょう。近年、加齢により心身が老い衰えるフレイルが問題になっていますが、歩行速度が深く関係しているといわれています。この歩行速度は測定するのが困難なのですが、スマートフォンで記録・遠隔管理することができれば、大規模なスクリーニングが可能になるかもしれません」

多彩なソリューションが生まれているヘルステックだが、私たちが日々使用するアイテムにも導入されている。身近なものをテクノロジー化することで、自宅で医療現場に近いヘルスケアができる日は、近づいてきているのだ。

ひときわ注目集まるマウステック市場。オーラルケアから始める健康管理の必要性

社会全体の健康意識の高まりは、ヘルステック市場の拡大を促し、新たなイノベーションを可能にする。その一例として挙げられるのが、お口の健康に関連するヘルステックだ。電動歯ブラシの開発などを手掛けるP&Gの大川正樹氏は、テクノロジーの力を活用することで、質の高いオーラルヘルスを実現する口腔(こうくう)ケア器具「マウステック」の需要が伸長していると説明する。

P&Gインターナショナルオペレーションズ オーラルケア アジア部長 シニアディレクター 大川正樹氏

大川氏「オーラルケア市場は4,000億円超で成長を続ける巨大なマーケットです。歯ブラシ、歯間ブラシ、歯磨き粉、マウスウォッシュなど毎日使用する器具だけで2,500億円規模、電動を含む歯ブラシ関連は800億円規模になっています。中でも頭角を現しているのがマウステックです。市場の拡大を受け、電動歯ブラシなどは高機能化・多機能化が急速に進んでいます。健康意識の高まりを背景に、コロナ禍でお口の健康を見直す人が増えたことも後押ししているのでしょう」

オーラルケアへの意識が高まった理由としてコロナ禍におけるセルフケアに注目が集まったのがポイントだと解説した

では、オーラルケア自体には、どのような重要性があるのだろうか。歯列育成クリニック院長で日本小児歯科学会専門医でもある歯科医・島津貴咲氏は、歯の健康の最新事情をエビデンスとともに説く。

歯列育成クリニック院長 島津貴咲氏

島津氏「歯垢(しこう)には約1ミリグラム中に1億〜10億個の細菌がいるといわれますが、磨き残した細菌が歯ぐきに炎症を起こし、放置すると出血や膿が生じます。この状態が進行すると骨が溶け、歯が抜け落ちてしまう。これが歯周病の原因です。日本では40代以上の半数が歯周病に罹患しているといわれており、年々増加傾向にあるといわれています」

痛みを伴わず、徐々に進行する歯周病は、早期の発見が重要になる。しかしそれを困難にしているのが、日本人の通院における習慣だ。

島津氏「歯科医院に年2回行く日本人は非常に少なく、『何か問題が起こったときだけ行く』という方が多いようです。一方の海外では歯の健康に力を入れ、定期検診が定着している国がありますが、スウェーデンでは80代の残存歯が平均21本程度という高い数値を記録しています。日本は13本ですが、しっかりとものを食べられる基準となる、20本に達していません」

海外と日本ではオーラルケアに対する意識の差が顕著に表れている

さらに島津氏は、歯周病が全身に与える影響を示唆する。肺炎や糖尿病、心臓や血管の病気において、危険性を高めるというのだ。

島津氏「細菌によって炎症が生じると、炎症性物質が全身に悪影響を及ぼします。また、歯周病菌を中心とした口内の細菌が、インフルエンザウイルスが細胞に入るのを助けてしまうというデータも発表されました。女性の場合は、早産や低体重児出産にも歯周病が影響していることが分かってきており、そのリスクは約7倍に及ぶともいわれています。健康な生活を維持するためには、歯ブラシの物理的な動きで歯垢を落とすことが必要なのです」

こうした問題に対し、私たちはどのように対応していくべきなのだろうか。深刻化する歯の健康について、識者たちは意見を交わす。

大川氏「オーラルケアが全身の健康に影響すると認識している人は、意外と多いです。しかしそれを正しいアクションにつなげている人は、ごくわずかにとどまります。磨き方や使う器具を重視する視点そのものが、今後は必要になるのではないでしょうか」

宮田氏「マウステックを活用することで、歯磨きというセルフケアの質を高めることが必要です。そして、発症する手前の段階で、プロケアにつなげることも大切になるでしょう。食べることの喜びを感じ、自分らしく豊かに生きる上でも、高度なオーラルケアは重要になるでしょう」

市川氏「もちろん、歯を失ってもご飯をおいしく食べられるようにする取り組みも進んでいます。その努力は尊い一方で、せっかくならば自分の歯で食事する楽しみを感じ続けていくためのケアがより一般化していくといいですね」

テクノロジーを活用した、「#はみがきスイッチ」で見直すオーラルケア

イベントの第2部となるトークセッションでは、宮田氏は降壇し、本島氏、島津氏、大川氏、市川氏が登壇。オーラルケアをアップデートさせるテクノロジーを活用し、具体的にどのようなアクションを選択すべきかについて語り合った。

5年ほど前から電動歯ブラシを使用するようになったという本島氏は、自身の生活の変化を振り返る。

本島氏「電動歯ブラシは短時間で歯磨きができ、他のことを同時にできます。子どもが小さかったので、育児に追われる中で自分の時間を確保することができました」

電動歯ブラシによるオーラルケアを世に広めるべく、P&Gが現在推進しているのが「#はみがきスイッチ」活動だ。

大川氏「『#はみがきスイッチ』では、歯科クリーニングの品質に近いセルフケアを、自宅で実現する習慣を推奨しています。まずは当社の従業員から始め、草の根的に広げていくつもりです。すでに全国の従業員には、当社の電動歯ブラシ『オーラルB iO』を導入。幼稚園や保育園、妊産婦への啓発も実施しており、小冊子の配布を通じて電動歯ブラシの有効性を伝えています」

P&Gは、電動歯ブラシを主軸に、世界の歯科医師に最も使用・推奨されているオーラルケアブランド「オーラルB」の品質向上にも注力する。P&Gが手掛ける丸型回転式の電動歯ブラシは、医療における国際的な評価機関「コクラン・コラボレーション」からも「手磨きよりも高い歯垢除去能力・歯肉炎減少に効果がある」という評価を受けている。

実際にどのような技術によって高度な歯垢除去が可能になるのだろうか。イベントでは「オーラルB iO9」のデモンストレーションが行われ、手磨きとの歯垢除去力の違いを検証。

オーラルB独自の丸型回転式の電動歯ブラシの歯垢除去力の高さを検証。さらに人工知能ブラッシング認知機能や歯垢除去などの機能を紹介した

「オーラルB iO9」は、丸型のブラシが一本一本の歯を包み込んで回転することで、歯の凹凸や、隙間にもブラシが入り込み、歯ぐきの際まで磨くことができる点を特長とする。この独自の「丸型回転ブラシ」により、高い歯垢除去力を実現。デモンストレーションでも、この「オーラルB iO9」が通常の手磨きに比べて、歯垢に見立てた汚れをきれいに落とし、歯垢除去力の高さを実証した。

また、歯を磨く適切な強さを知らせてくれる機能で、歯ぐきを傷つけることなく磨くことも可能。さらに、磨く場所をスマートフォンで確認できる機能も搭載される。AIによる人工知能ブラッシング認知機能では、今どこを磨いているかを自動で認知し、連動するアプリの画面に表示。数千万人のブラッシングデータを基に、磨き上がった部分を教えてくれる。

これらのテクノロジーによって、磨き残しを限りなくゼロに近づけることができるのだ。

実際に自宅で使用経験のある本島氏は、「歯と歯ブラシの密着度が高く、歯医者さんに行かずとも、つるっと磨き上げるような感覚を味わうことができる。スマートフォンを見ながら歯がきれいになっていくのが分かるのは楽しい」と感想を述べた。

島津氏「歯科でよく使用されるクリーニング器具も、丸型で回転する仕組みによって、歯と歯、歯と歯ぐきの間にある磨き残しやすい部分に届かせています。自宅にいながら短時間で歯垢除去をできることが、優れた点なのでしょう」

最先端テクノロジーによって可能性が広がるセルフケア。私たちは今後、どのような姿勢でマウステックを活用していくべきなのだろうか。島津氏は答える。

島津氏「自己流のオーラルケアを続けている人は多いですが、まず大切なのは、定期検診に行って『正しい歯磨きができているか』をチェックすること。そしてフィードバックを生かしながら、ホームケアの質を高めるのが良いと思います。さまざまな機器やテクノロジーが登場することで、セルフケアの質は高まっていくでしょう」

これからの時代において、自分そして社会全体の健康を守るヘルスケア。その第一歩は、日々のアクションとテクノロジーの活用であることが、イベントを通じて伝えられた。まずは最も身近なお口の健康から、マウステックを活用して見直してみてはいかがだろうか。

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