2021年10月31日に実施された第49回衆議院議員総選挙。新型コロナの対策では、政府の説明・方針に対する疑問や不満が後を絶たず、自らの手で議員を選択する選挙がいかに重要であるかを痛感した人も多いのではないだろうか。

今回の衆院選では、小栗旬、二階堂ふみ、菅田将暉といった人気芸能人らが一票を投じる重要性を訴える動画が自主的に制作され、11月中旬現在で69万回以上も再生されている。筆者の周囲では、「投票に行った」「投票に行こう」とSNSで投稿する人が急増した印象があった。

そんななか、目についたのが在外邦人たちの選挙制度への不満や悲しみの声。郵送トラブルなどにより投票機会を奪われた人、やむを得ず高額な交通費や速達代金を支払って投票した人が続出した。

本記事では、在外選挙におけるトラブルの数々、そして「在外ネット投票」の署名活動が本格化している現状を伝えたい。

在外邦人が日本の選挙に参加する3つの方法

Twitterに投稿された、オーストラリアとフランスでの在外選挙の方法。他の国でも大きく変わらないはずだ

在外選挙の基本として、現地に在住してから3ヶ月以上が経過した人のみに投票の権利が与えられる。投票するには登録申請が必要で、出国前に市区町村窓口で申請する、あるいは移住した先の住所を管轄する日本大使館や総領事館の窓口で申請しなければならない。身分や住所の確認などを経て、ようやく投票する権利が得られるのだ。

筆者自身も海外を拠点にしているが、転々と居所を変えたり、数ヶ月単位で日本に戻ったりするため、そもそも在外選挙人の対象に含まれず、申請さえもできないままでいる。

ひとまず在外選挙人名簿への登録をクリアしても、すんなりと投票ができるとは言い難い。在外邦人が投票するには、以下3つの方法がある。

1. 大使館や領事館に行き、直接投票する
2. 国際郵便で一往復半のやり取りをして投票する
3. 日本に帰国して投票する

選挙時期に合わせて日本に帰国するのは現実的でないため、多くの人は「大使館や領事館に行く」あるいは「国際郵便で投票する」の2択に絞られる。

1票に26,000円のコスト!投票できない人も続出

今回の衆院選では、筆者が滞在するフィンランドおよび周辺のヨーロッパ地域で、選挙前に多くの不満や疑問の声が聞かれた。

非常に目立っていたのは、「投票用紙が届かない」という声。急に選挙の実施が決まったこともあるが、新型コロナなどの影響により各国の郵便事情が混乱しているために、投票用紙の到着が大幅に遅れていたのだ。

海外の郵便事情は日本と比較して劣悪なケースが多く、大幅に遅延するだけでなく、問い合わせを無視されたり、郵便物が紛失したりすることも少なくない。フィンランドも例外ではなく、常に遅延している。荷物税関手続きを終えた荷物が発送元の日本に送り返されたというケースも。郵便事業を担う企業Postiへの信頼は限りなく薄い。

そんなフィンランドでは、選挙翌日の11月1日に投票用紙が到着した人がおり、その用紙は税関と郵便局でトータル1カ月間ストップしていたそうだ。その他の国でも、ギリギリの日程で投票用紙が届いたために、投票をあきらめた人が多かった(投開票日の20時までに選管に届かなければ、票は無効になる)。

イタリア在住の田上明日香さんは、コロナ禍で初めて郵便投票を試みるも間に合わない可能性が高いとわかり断念。結局、交通費と宿泊費を合わせて約26,000円を支払い、往復約8時間かけて在外公館投票をしたという。後述するが、この経験から現行の郵便投票を含めた在外投票制度に多くの問題点があると認識した田上さんは、同じく海外在住の有志と一緒に3名で「ネット投票制度の導入」に向けて、署名活動をスタートした。

高額の郵便料金を支払って郵送にしたにもかかわらず、送り主の住所を「宛先」と勘違いされ、投票用紙が戻ってきたという事例も。65ドル(約7,400円)の出費に加え、貴重な1票がムダになり、ツイートからは落胆や怒りが伝わる。ほかにも郵便に関連するトラブルは続出しており、遅延や不備が起こりやすいシステムであることは、誰の目にも明らかだ。

コロナ禍や紛争などの背景から、14カ国の在外公館で在外投票が実施されない事情もあった。大使館でも投票できない、郵送は間に合わないとなれば、日本に一時帰国するしかないが、入国後の厳しい隔離は避けられない。この状況で選挙のために帰国できる人がいるだろうか。

「投票したくても選択肢がない」という人があまりに多かっただけでなく、高額を支払い投票しても間に合わなかった人、事故などで投票できなかった人などもおり、SNSを中心に当事者の怒りや悲しみの主張があふれていた。現状は、「選挙権を有する在外法人に平等に投票権利が与えられている」とは、到底言えないだろう。

問題意識から「在外ネット投票導入」の署名を開始

このような現状から、上述したイタリア在住の田上さん、アメリカ在住の子田稚子さん、ドイツ在住のショイマン由美子さんの3名の有志が、選挙後すぐに「在外ネット投票の早期先行導入」を求めて、署名活動を始めた。

新聞などのメディアも署名活動を取り上げているほか、筆者の周囲でも多くの在外邦人がシェアしており、11月中旬現在、署名数は6700を超えている。有志メンバーは、さらなるアピールとして「動画でのアクション」も呼びかけている。

今回の衆議院選挙の最終投票率は、戦後3番目に低い55.93%にとどまった。こんなにも「投票したくてもできなかった」在外邦人を目の当たりにすると、投票できる機会が十分に与えられているのに投票しない人がこれほど多いのは、にわかに信じがたい。しかし、これが今の日本の現状だ。

多くの芸能人が出演したVOICE PROJECTの動画では、「あなたの一票は、あなたの声」だと訴えている。投票は与えられた権利、責任であり、より良い未来のために必須のアクションであると筆者も考える。全体の投票率は低かったとしても、VOICE PROJECTをはじめとした若者世代の取り組みは、大きな意味があったのではないだろうか。総務省の発表では、18歳の投票率が51.14%、19歳が35.04%と、前回の2017年衆院選の投票率を上回っていた。

「なんとしてでも投票する」という強い意思で1票を投じた在外邦人たちも、権利を奪われることがないよう行動を起こした田上さん、子田さん、ショイマンさんも、在外ネット投票導入の活動に署名した一人ひとりも、選挙に希望を抱き、投票によって自身の意思を示すことができると考えているはずだ。

今回の選挙では、在外投票の対象にさえ含まれなかった筆者も署名に参加し、切実に制度が変わることを願う一人だ。田上さんのTwitterでは、この署名活動がきっかけとなり、在外邦人の声が少しずつ議員に届き始めている様子がうかがえる。与えられた権利を行使するために、一日も早い在外選挙制度の変革が望まれている。

文:小林香織
編集:岡徳之(Livit