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航空機に代わる次世代交通・流通として「ハイパーループ」の研究開発が世界各地で進められている。
理論上、真空状態のチューブの中を時速1000キロ以上で走行できる未来の超高速鉄道だ。このアイデア自体は、1904年に発案されたものだが、イーロン・マスク氏が2013年に発表したホワイトペーパーをきっかけに広く知られるようになった。
これ以降、ハイパーループの技術コンペが数多く開催され、世界各地の企業や研究機関の取り組みを後押ししてきた。
ハイパーループ関連の直近のニュースとしては、ミュンヘン工科大学によるスピードテストで時速463キロを達成したというもの(2019年8月)やヴァージン・ハイパーループ社が史上初めて有人の実験を行い、最高時速172キロを達成したという報道(2020年11月)が挙げられる。
研究開発の現状を見る限りでは、技術的・コスト的に実用化できるのか判断するのは非常に難しいところ。まだまだ見極めが必要な技術といえるかもしれない。
一方、研究開発に携わるプレーヤーは、当然ではあるが、強気の姿勢だ。
スペインのハイパーループ企業Zelerousはこのほど「a global hyperloop network」というレポートを発表し、2050年のハイパーループでつながった世界を示し、ハイパーループの重要性や意義を訴えている。
ハイパーループでつながった2050年の世界
Zelerous社が提示するハイパーループでつながった2050年の世界はどのような姿なのか。
同社が示すハイパーループ世界ネットワークの全長は12万1870キロに及ぶ。地域別内訳はアフリカが2万3000キロで最長。次いで、北米が2万1500キロ、南米が2万1200キロ、中国が2万1000キロ、欧州が1万8500キロ、インドが1万5500キロ、ASEANとオーストラリアが7200キロ、中東が4500キロとなっている。
ハイパーループでつながると、主要都市間の移動時間は大幅に短縮される。
たとえば、シンガポールからマレーシア・クアラルンプールの所要時間は36分となる。同都市間の距離は約355キロ。陸路を自動車で行く場合、およそ4時間かかる。飛行機は、1時間以内のフライトではあるが、入国検査、空港ー市内間の移動を考慮すると3〜4時間ほど必要となる。これが36分に短縮されるとなると、ビジネスや観光などに多大な影響を与えるのは想像に難くない。
また、1000キロほどの距離があるクアラルンプールからタイ・プーケット間もハイパーループでつながる可能性が示されている。その所要時間は90分に短縮されるという。グーグルマップで同都市間の移動時間を調べてみると、陸路(自動車)は12〜15時間という長時間。フライトは1時間30分ほどだが、やはり入国検査、空港ー市内移動を加味すると、4〜5時間はかかる計算だ。
一方欧州では、ロンドンーパリ間が40分、パリーブリュッセル間が27分、ブリュッセルーアムステルダム間が16分、ベルリンーフランクフルト間が40分などに短縮される。Zelerous社の推計によると、欧州ハイパーループネットワークが完成すれば、1年間の利用者は3億1000万人、貨物物流量は550万トン、収益は570億ユーロ(約7兆4885億円)、削減できる二酸化炭素量は13億1900万トンに上る。
北米では、シアトルーバンクーバー間が19分、サンフランシスコーロサンゼルス間が52分、ニューヨークーボストン間が28分、ワシントンDCーフィラデルフィア間が18分などに短縮される。1年間の利用者は、3億6000万人、貨物物流量は650万トン、収益は660億ユーロ(約8兆6709億円)、二酸化炭素削減量は15億3300万トンに上るという。
ハイパーループのコスト
一度に交通問題と気候変動問題にアプローチできるハイパーループ、夢のテクノロジーだが、もちろん建設には多大なコストを要する。
また、そのコストもハイパーループの種類によって大きく変わってくる。
現在開発されているハイパーループの多くは磁気浮遊型。リニアモーターカーと同様の原理で推進する仕組みだ。冒頭で触れたヴァージン・ハイパーループ社も磁気浮遊型のモデルを開発している。
Zelerous社の推計によると、この磁気浮遊型のハイパーループの場合、1キロあたりの建設コストは、4000万〜1億ユーロ(約52億〜131億円)。同社が想定する2050年のハイパーループ世界ネットワークを12万1870キロを建設するとなると、コスト総額は600兆円〜1500兆円以上となる計算だ。
一方、Zelerous社が開発する磁気浮遊型ではないモデルでは、1キロあたり2000万〜4000万ユーロ(約26億〜52億円)のコストになるという。同社のモデルは、ポッド(車両)に取り付けられた推進システムで稼働する仕組みで、チューブすべてに磁気浮遊システムを取り付ける必要がなく、全体のコストは下がるとのこと。
このコストを誰が負担するのかというのが注目されるところ。米議会では、このほど1兆ドル(約113兆円)に上るインフラ法案が可決されたことが話題となっているが、ハイパーループ開発企業も恩恵を受けられると報じられており、少なくとも米国ではハイパーループ開発に政府の支援が入ることが見込まれる。
越境ネットワーク、国際プロジェクトの課題
Zelerous社のレポートが示すように、2050年に世界中がハイパーループでつながった未来は実現するのか。
おそらく、欧州や北米など共通の価値観・認識・ルールを持ち、市場がある程度統合されている地域では、越境ネットワークが構築される可能性はあるが、他の地域では難しいかもしれない。
国境をまたぐということは、関連する主権国家間で計画・プロジェクトのすり合わせ、共通認識の構築など様々なプロセスが必要となる。このような作業を円滑に進められる関係が構築されていない国家間では、かなり難しい作業になるためだ。
シンガポールとマレーシア間で進められていたが最終的に白紙となった高速鉄道計画などを鑑みれば、国際プロジェクトの難しさが分かるはずだ。
ただし、空の混雑問題やカーボンニュートラルの視点から、国際間でなくとも国内で完結するハイパーループやリニア新幹線の敷設を検討する国は増えてくると思われる。2050年まで残り30年を切った状況、ハイパーループはどのように発展し広がっていくのか、その動向に注目していきたい。
文:細谷元(Livit)