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日本の製造業はGDP(国民総生産)の20.5%(2019年度、内閣府GDP統計より)を占め、1位のサービス業(32.1%)に次ぐ基幹産業だ。近年は生産拠点の海外展開や競争構造の変革によってその比率が低下していたが、コロナ禍によるマスク不足など日本のサプライチェーンの脆弱性が露呈したことで、政府は生産拠点の国内回帰や多元化を支援する動きを見せ始めた。
その上で海外生産に負けないコスト管理や、高効率化は重要な課題だ。AI(人工知能)等の先端技術の研究も各分野で盛んだが、敢えて動力や回路を用いず、低コストで現場の困り事を解決する「からくり改善®」を導入する企業が増えている。大手家電メーカーのパナソニック社もその1つ。現場での導入事例と、同社が「人々の暮らし」に着目した照明の新技術も併せて紹介したい。
【現場からくり改善】
「からくり改善®」とは・・・
1.困りごとを現場自らで見つけ出し、知恵とくふうで改善する
2.「重力や自然エネルギー、他動力などの動力源」×「テコやカムなどのからくり機構」を活用する
上記2点のプロセスを経ることで、省エネルギー・脱炭素でローコストに貢献し、現場の人材育成につながる改善の考え方だ。日本古来の「からくり人形」から着想を得ており、そのネーミングは公益社団法人日本プラントメンテナンス協会(JIPM)の登録商標になっている。
パナソニック社では2017年より着手
パナソニックグループにおいて電気設備を中核事業とするエレクトリックワークス(EW)社(大阪府門真市、大瀧清社長)。そのうち施設・防災照明等を製造する新潟工場(新潟県燕市)は国内器具売り上げの3割を担い、ライティング事業9拠点のマザー工場でもある。伝統工芸品の鎚起銅器(ついきどうき)や刃物などの金属加工の分野で世界に名だたる「ものづくりの街」だ。
現在、からくり改善の製作担当となっているライティング事業部ものづくり革新センター生産技術開発部工法開発課の主任技師・徳吉潤成さんが2014年に横浜でのJIPMのからくり改善くふう展に参加したことが全ての始まりだった。
「すごく感銘を受けました。一見、シンプルな機構でも劇的な現場の労力改善がおこなわれる。早速、帰って製造ラインの職長に困り事を聞いたところ、『ハイテク設備ばかり増えて現場は機器のお守をしているよう。もっと商品に気持ちを込めて製造できる環境を見直したい』と返ってきました。確かに自動化で部品の供給スピードは上がりましたが、人が介入する箇所では供給に対しての処理に限度があります。でもまたそこに設備を導入すれば費用やメンテナンス、マニュアル作成等でさらに人が必要になる。誰でも簡単、安心に扱える仕組みが必要でした」
本格的な着手は2017年、出向期間を終えて新潟に戻った徳吉さんを中心に、4人の同好会として発足した。制作拠点となったのは元々、遊休設備を置いていた工場敷地内の小部屋。各現場担当者にオペレーションに当たっての困り事を聞き、4人で意見を出し合い、設計図もなく組み立て始めた。当然、前例はなく、「非常にローテクなので、ハイテク部署からは『こんなのが役に立つのか』という反発もありました」(徳吉さん)と最初は苦労の連続だったという。
それでも忍耐強く製作と改善に取り組み、「もっと作業者の負担を減らしたい」という思いは確実に工場内に認知され、現場からは「もっとこうして欲しい」という声が積極的に集まるようになった。
名前は奇抜でも・・・
ここからは実際のからくり作品を紹介する。
「どんだけ~1コウ(1号)」「どんだけ~2コウ(2号)」は排出された商品を並列、蓄積するためのからくりだ。導入前は蓄積商品のパレット運搬時に作業者が不在になる為、運搬だけの補助要員が必要だったが、製品そのものが10秒に1つしか出てこず、「10秒に1つしかない仕事は精神的にきつい」という声があった。また前工程が「満杯で商品が落下していないか」と心配で作業を止めることが多々あった。
そこで傾斜をつけたローラーユニットと商品を整列させる可動式キャスター、バランサーを組み合わせた両機を開発した。1号では可動式キャスターをスケートボートの車輪から、2号では日本庭園の「ししおどし」からそれぞれ発想を得て開発。これによって補助員が必要なくなり、ライン停止時間も1号は33分/日、2号は50分/日の削減に成功した。
また別のラインでは1つ20キロになる大型箱の交換が長年の課題だった。作業者からの「腰が痛い」「転倒の危険性がある」との声に応えたのが足踏み交換を目的とした「ふっとぺだうん」だ。工程上、設置スペースの限界があり、これ以上横に仕掛けを広げられない制約を垂直下降とターン機構によって解決。耐荷重脚の保持力には人間のひざ関節を参考にした。これにより、女性でも簡単に箱交換が可能になり、年間1日分相当の作業停止時間削減になった。
現場からの反応も上々だ。
避難誘導灯や誘導灯パネルなどの製造ラインを担当するパナソニック社員の松本恵美さんは「導入前は振り返って部品を取り、また作業するくり返しで作業者への肉体的な負担が大きく、1ヶ月で数人変わることもあった。ペダルの踏力も調節してもらい誰でも簡単に扱えるようになった」と語る。またパートナー社員(請負会社)として作業ラインに立つ寺瀬志乃さんは「手がふさがらないことが何より大きい。1時間120台の生産が導入後は1時間150台まで増産した」と効率アップに喜ぶ。
10年後にはグループ全体への展開を目標。地域や次世代(子供たち)へのPR活動も
製作にあたり「自分が手をはさんでも血が出ないこと」を第一に開発してきたからくり改善だが、そのシンプルな構造がプラスに働き、導入約5年で故障等の大きなトラブルは皆無だという。また全ての装置が設計図もなく、製作期間は3日~5日程度、予算は約4万円半ばから12万円ほどというから驚きだ。仮に同じ役割を電気設備で担った場合、投資コストは数千万円にも上ることから、いかにからくりが低コスト化に貢献しているかが分かる。また「出来るだけ多くの人達に働く楽しさを共有してもらいたい」とからくり装置の特許申請などは特におこなっていないとのことだ。
こういった徳吉さんらの努力と創意工夫は第25回(2020年度)からくり改善くふう展でアイデア賞を受賞。新潟県内の企業や次世代の子供へのPR活動にも積極的に力を入れ、令和2年度文部科学大臣表彰(創意工夫功労者賞)を受賞するなど地域社会にも大きく貢献している。
また他工場や他事業からの横展開の要望を受けて社内研修制度を設けるなど、5年後はEW社全体に、10年後はパナソニックグループ全体への展開を目指しているという。「子供達に工夫次第で仕事はこんなにも面白くなることを伝えたい」という徳吉さんに言葉にものづくりの街が育んできた精神を感じた。
【アフォーダンス照明】
従来の手法に課題意識を持ち、より良く改善していくという意味ではこれから紹介する新技術も共通点が多い。パナソニックエレクトリックワークス(EW)社は照明の光に動きや明暗、色などの変化を加え、人に「回遊」や「滞留」などの行動を働きかける屋外向け照明演出手法「アフォーダンスライティング」の提案を11月1日から開始した。
アフォーダンスとは?
アフォーダンス(affordance)とはアメリカの心理学者J・J・ギブソンが提唱した、認知心理学における概念で、「与える・提供する」という意味の「アフォード(afford)」から名付けられた造語である。
物が持つ形や色、材質などが、その物自体の扱い方を説明しているという考え方で近年はデザイン領域での活用が進んでいる。
EW社ライティング事業部はそのアフォーダンス理論に主力商品の1つであるLED屋外照明を結び付け、従来は固定光が中心だった照明に動きや明暗、色変化などをつけることによって人の行動に働きかけるかけることは出来ないかと考えた。
その背景には昨今、官民連携事業を促す法整備が進められており、民間に整備をゆだねたPFI事業による公園の開発計画や街づくりが国内各地でおこなわれていることがある。そうした開発計画では参画する民間施設の収益性が求められ、地域の賑わい感や来訪者が様々な施設を訪れやすくする回遊性、滞在時間などを高める空間設計が重要となる。またナイトタイムエコノミーの促進により夜間・早朝の活用による新たな時間市場の創出も期待されている。そこに道路や街路、スポーツ施設などの屋外照明設備に実績のあるEW社が商機を見出した。
―有効性は立証。まずは「回遊」や「滞留」の演出から
アフォーダンスライティングを生み出すにあたり、EW社技術本部デザインセンターライティングデザイン部部長の須藤和哉氏は「炎などの心に働きかける動的な動きに着目し、新しい光のコンテンツとしてデザインをおこなった」と語る。
フィールドリサーチと専門家にヒアリングをおこなった上で製作した試作品を用いた実験では「回遊」は人の歩行速度に合わせて進行方向に光を流すことで気持ちよく歩ける演出を。「滞留」は光がゆっくりと気持ちの良いリズムで明滅を繰り返し落ち着ける空間を演出した。被験者数30人におこなったアンケート調査では「楽しい」「心地よい」といった評価があり、一般照明と比較してもそれらが優位であることが立証された。
10月末に門真市本社でおこなわれたメディア向け説明会で筆者も体験したが、「滞留」では無機質な固定光と比較してじんわりと明滅を繰り返すあかりは温かみを感じる居心地の良さがあった。また「回遊」では光が進路を導くように動き、「この先になにがあるのか?」というワクワク感も感じることができた。
その一方で、光に動きを持たせた「回遊」では照度の落差が大きいスポットが生まれるため、突起物や落差のある階段等に設置した場合には転倒を防ぐ補助的な光源が必要とも感じた。
今後は「誘導」のあかりを研究。街と共にアップデートしていく。
費用は1台あたりLEDライトと専用コントローラーの組み合わせで定価12万8,000円。12月の発売を予定している。導入に際してはVRでの計画支援をおこない、運用プランの変更など顧客の要望に合わせた一貫したバックアップ体制を整える。
EW社ライティング事業部プロフェッショナルライティングビジネスユニット 屋外・調光事推進部部長の横井裕氏は「今後は『誘導』のあかりを研究していく。2025年度には当該事業の製品販売構成比率を街頭照明販売の30%以上に引き上げたい」ともくろむ。
11月5日~12月12日の期間、世界遺産の二条城(京都市)でおこなわれるイベント「ワントゥーテン二条城夜会(主催:株式会社ワントゥーテン、京都市)」に同社は特別協賛企業として照明機器の提供やライト演出をおこない、一部では「アフォーダンスライティング」を導入し、公の場での効果検証をおこなう予定だ。魅力ある景観・街づくりが広がれば照明が持つ可能性も一層、見直されるに違いない。