食のサプライチェーンを変え、ローカーボンの未来を実現する「海藻スタートアップ」が続々登場

TAG:

「うまみ」の存在は世界中に知られるようになった。そのもととなるコンブや、ワカメ、ヒジキといった海藻類は海の香りいっぱいのおいしさを楽しめるのはもちろん、栄養に富んでおり、日本では定番中の定番。伝統的な食材だ。韓国や中国などでも、日本同様、親しまれている。

一方、近年ヨーロッパでも、健康面、環境や食料安全保障の観点から優秀と注目されるようになり、商品化と市場の確立・拡大を目指して、積極的に栽培方法やサプライチェーンなどの研究・開発が進められつつある。

海藻の養殖、10年間で2倍以上に

古代には、海岸部に住む人間の唯一の食料源だっただけあり、海藻類はさまざまな栄養に富む、優れた食品だ。主要栄養素として、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、カリウム、塩素、イオウ、リン、微量栄養素、ビタミンB12・A・Kが含まれる。

コンブ、ワカメ、ヒジキなどの食用となることが多い褐藻、青のりやクロレラなどの緑藻、寒天などの増粘多糖類の原料となる藻類を含む赤藻などがある。

国際連合食糧農業機関(FAO)による2019年の統計では、海藻は世界49カ国で養殖され、収穫量は3580万トンだそうだ。この10年間で2倍以上に増加している。

また養殖ではなく、野生のものを収穫しているところもある。1990には133万トンだったが、その後減少を続け、2019年には、108万トンの収穫に留まっている。野生の海藻類の問題点は、水銀やヒ素などの重金属が含まれている可能性があることだ。

見込まれる、海藻の将来性

栄養面だけではない。環境面においても、食料安全保障面においても、海藻が優れていることは、世界自然保護基金(WWF)などが認めるところだ。

コンブの群落の間を泳ぐイワシ
© David Abercrombie (CC BY-SA 2.0)

海藻は陸上の農作物とは違い、育成に肥料、農薬、水、土地を必要としない。成長が早いものも多く、わずか6週間ほどで収穫可能なものもあり、効率が良い。

環境においては、海藻は水中で、陸上の森同様の働きをする。養殖場では、海藻が炭素、窒素、リンを吸収・除去してくれる。二酸化炭素を隔離・吸収し、酸素を放出する。天然のフィルターとして、環境中の汚染物質を除去するのに役立つ。また、海藻は海洋生物の生息地となる。

食料安全保障面においても、海藻は有望だ。国際連合食糧農業機関(FAO)の見込みでは、2050年には世界人口は93億に達することが予想され、それに見合うように食料を生産することを考えた場合、現在より60%増しでの生産が必要になってくるという。しかし集約農業には頼れない。環境に大きな負荷がかかるため、これ以上の拡大は見込めないからだ。

一方で海洋は地球の表面の70%以上を占めているにも関わらず、世界の食糧供給のわずか2%を占めるのみであることをFAOは指摘する。そして海藻は海面のわずか0.03%を使うだけで、現在の世界の食糧供給量の10%を補えると、海藻の将来性を見込んでいる。

海藻をヨーロッパの食卓に

海藻業界の規模拡大を推進するためのロビー団体、シーウィード・フォー・ヨーロッパは、同業界が今後10年間で最大8万5000人の雇用を創出し、ヨーロッパだけでも2030年には900億ユーロ(約12兆円)の価値を持つまでに成長するだろうと予測する。

ヨーロッパでは、海藻業界はまだ立ち上がったばかり。開発段階にあるだけに課題も多い。しかし、その課題に挑戦するスタートアップ企業の活躍には目覚ましいものがある。

課題の1つとして、WWFが挙げるのが、業界の大幅な拡大を挙げている。課題を克服するためには、新たなテクノロジーの導入や、プロセス・市場の革新が不可欠であると指摘する。

WWFは2020年にオーシャン・レインフォーレスト社に対し、85万USドル(約1億円)のインパクト投資を行った。

デンマークのフェロー諸島を本拠地とし、コンブ、ワカメを含む4種類と、複数の種の在来海藻を養殖している。養殖場は北大西洋の沖合いにあり、厳しい環境下に耐えるように設計された、独自の養殖技術を活用している。WWFからの投資を含め、計150万USドル(約1億7000万円)で、同技術を用い、事業の拡大を目指す。

同社は、自社が開発した養殖システム、「マクロシステムズ」を他社と協働で、米国のカリフォルニア州沖で運用するプロジェクトも行っている。「マクロシステムズ」を利用すれば、商業漁業など既存の海洋事業への影響を最小限に抑え、周辺環境の生態系を守ることができる。

このプロジェクトの目標は、生産工程上のリスクを回避しつつ、海藻の繁殖から収穫までを行うのに必要な技術と機器を開発し、生産規模を拡大。コンブの大量生産を可能にすることだ。

また、市場の構築と需要の創造という、ヨーロッパの海藻業界が抱える別の課題を乗り越えた企業も出てきた。ドイツのノルディック・オーシャンフルーツ社だ。

2021年4月、ノルディック・オーシャンフルーツ社の、今年初めての収穫
Nordic Oceanfruitのフェイスブックより

材料を地元北欧ならではの2種類の海藻のみにこだわり、サラダを製造・販売している。おいしく、環境にもプラスの影響をもたらす海藻製品を、新たなメインストリームにすることが目標だ。2020年「ジャーマンフード・スタートアップ・アワーズ」で、「イノベート!アワーズ」をはじめ多くの賞を受賞している。ファンディングも受けている。

同社が製造するサラダ全4種類入りの「お試しパック」を用意したり、SNS上でのプレゼントなどを通して、顧客を増やしていき、大手ドラッグストア、ブード二やハイパーマーケットのレアルなどに販売ルートを確保している。10月末には、主に海藻を用いた代替ツナを、ベタフィッシュ社として販売開始した。

ウシからのメタンガスに紅藻が有用

家畜、特にウシがげっぷやおならとして放出するメタンが地球温暖化に影響していることは周知の事実だ。

地球上の約10億頭のウシからの温室効果ガスの排出量は、世界の航空機からのそれの2倍以上にも上ると訴えるのが、スウェーデンのヴォルタ・グリーンテック社だ。航空機からの温室効果ガス排出量は、全排出量の約2%を占めるといわれ、非難の的になっている。しかし、ウシはそれより上手で、手ごわい排出者なのだ。

同社は、メタンを抑制する効果のある紅藻を利用した、ウシ用の飼料サプリメント、「ヴォルタ・シーフィード」を開発した。天然の紅藻をベースにしており、1日に約100g摂取させれば、メタンガスの排出量を最大80%削減することができるという。

ヴォルタ・グリーンテック社が創り出した「ヴォルタ・シーフィード」。これで1日分だ
Volta Greentechのウェブサイトより

これは、ウシのルーメン(ウシが消化できない繊維質を、微生物の力を借りて消化するための器官)内のメタン生成菌が必要とする酵素の1つを阻害する生理活性物質を、紅藻が多く含んでいるため。この物質は2015年に発見され、世界中の多くの大学・研究機関で研究が行われ、効果は実証されている。

同社は、「ヴォルタ・シーフィード」の原料となる海藻に合わせ、規模の調整がきき、サステナブルで自動化された陸上海藻栽培システムを開発している。陸上の工場では、温度・光・栄養素を最適化でき、最速で育成することが可能だ。

現在、「ヴォルタ・シーフィード」への需要はうなぎ登りであるのと比べ、供給が間に合っていない。それを解決すべく、工場を設置している。第一工場は稼働済み。第二工場は紅藻を専門に栽培する世界最大級の工場になる見込みで、2022年に建設が始まる予定だ。

英国グラスゴーでは、11月1日~12日の予定で、国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が開かれる。ここで出される食事はどれもローカーボン。もちろん海藻も含まれている。エジンバラのマーラ・シーフード社のものだ。COP26に先駆けて、国連環境計画がまとめた報告書は、各国の対策や掲げたゴールでは到底1.5度は守れないと警告する。各国のリーダーたちが海藻を噛みしめつつ、いいアイデアを出してくれることを願うばかりだ。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit

モバイルバージョンを終了