私たちの日々の生活に大きく関わるエネルギー問題。「カーボンニュートラル」や「脱炭素」に向けた取り組みが加速する今、一人一人が向き合うべきトピックになってきている。そこで今回は、再生可能エネルギー分野を専門領域とする制度アナリストの宇佐美典也さんにインタビュー。日本が抱えるエネルギー問題の現状や、再生可能エネルギーの重要性、また、SDGs達成に向けて必要なアクションについてお話を伺った。
ただ火力発電を減らすだけではだめ。「持続可能なエネルギー」の実現に必要なこと
――宇佐美さんはエネルギーコンサルタントとしてお仕事をされています。具体的にどのようなことをされているのでしょうか?
もともとは数人で設立した会社で、太陽光発電所をつくって販売する仕事をしていました。現在はその会社を辞めており、5年ほど前からやっているのは、元役人というキャリアも活かしたエネルギー事業における官と民の「橋渡し」のような仕事。現場に対してエネルギーに関する制度の変更点などを伝え、どう対応したら良いかをアドバイスしたり、逆に政府に対しては、制度の課題や配慮すべき点を伝えたりしています。
――エネルギー事業に精通されている宇佐美さんにお聞きします。エネルギー分野における日本の現状と、ご自身が考える一番の課題を教えてください。
まずは化石燃料を使わないエネルギー源を増やしていくことが、喫緊の課題の一つだと考えています。これは現在、日本だけでなく、国際的に取り組むべき課題となっています。その背景の一つにあるのが、2020年以降の気候変動に関する国際的な枠組み「パリ協定」の採択です。これにより、化石燃料の使用などによって排出される、温室効果ガスを削減するための取り組みが各国で加速しました。日本でも取り組みが進められていますが、いまだ化石燃料の依存度は80パーセントを超えていて、発電には石油、石炭、液化天然ガスなどが多く使われているのが現状です。
――化石燃料を使わないエネルギーを増やすために、具体的にどのような解決策があるのでしょうか?
非化石エネルギーへシフトしていくために今後注力していかなければならないのは、火力発電をただ減らすだけではなく、「火力発電自体のクリーン化」を考えること。中でも期待されているのが、燃やしても温室効果ガスが排出されない「水素」を燃料とした発電方法です。
エネルギー分野で水素を使用することは、日本だけでなく産油国や天然ガスや石炭を今生産している国も注目しています。例えば現在、日本が天然ガスを多く輸入しているオーストラリアでは、低品位の石炭である褐炭を水素化して輸出する方法を考えていて、日本も一緒になって取り組んでいるところ。国際的にカーボンニュートラルへの取り組みが本格化する中で、今後は他国とも協力しながら「持続可能なエネルギー」を考えていくことが非常に大切になってきます。
そしてもちろん、再生可能エネルギーを普及させていくことも必要です。しかし太陽光など自然現象による発電は、計画的に発電量をコントロールできないというデメリットがあります。そこを補填するのが、火力発電や電池などです。人為的にコントロールできる発電源と再生可能エネルギーによる発電源が両方あることで、持続可能で安定的なエネルギーを供給することが可能になります。現在、その両者のバランスをどう取っていくかで、日本の政府やプレーヤーたちが頭を悩ませ、必死に知恵を絞っているところです。
狭い国土という制約があるからこそ、日本はエネルギー先進国になれる
――課題はあるものの、日本の総発電量における再生可能エネルギーの比率は増加しています。このことについてどのようにお考えでしょうか?
少し前までは再生可能エネルギー全体の導入が遅れていると言われていた日本ですが、現在ではそれなりに進んでいる国だと言えるのではないでしょうか。しかし今までのやり方のままでは、これまでと同じようなペースで太陽光の導入を拡大していくのは難しいと考えられています。そのため今後は、太陽光で発電した電力を「どう有効活用するか」を考えるフェーズに入っていくはずです。
太陽光発電を単純に大量導入すると、昼に発電して夕方以降急速に発電量が減るのですから、相対的に電力が余る時間と不足する時間が必ず生まれます。そのため「余った電気の活用法」について、今後いろいろと面白いアイデアが出てくるのではないかと思っています。例えば、電気代が高いことが理由で衰退したアルミニウムの製錬のような産業が復活するとか、余った電気を使って水素を作るとか、太陽光発電所の中で仮想通貨のマイニングが行われるとか……。電気はどんな産業でも使うものなので、さまざまな可能性があると期待しています。
――その面白いアイデアの1つとして、現在、電力業界が他の産業とイノベーションを起こしている例はありますか?
電力業界と自動車業界のコラボレーションは、さまざまな国で取り組まれています。例えば最近、アメリカの電気自動車メーカーが北海道に蓄電所を建設することを発表しました。北海道は土地が広くて人口密度もそこまで高くないため、電源を各地にまんべんなく設置することが困難です。そのため地域によっては、電気を無駄なく届けるための柔軟な体制が整っていないことなどが課題になっていました。
今後、電気自動車に使われるバッテリーをリサイクルで活用する蓄電所が増えていけば、昼に再生可能エネルギー源から過剰に発電された電力を溜め、必要なときに使用することが可能になります。このように新しい技術を使って、電気をより効率よく使うための取り組みが進んでいます。
また日本では最近、洋上での風力発電にも注目が集まっていて、これは漁業などと深く関わりが出てきます。かつては海の中に構造物をつくると、海の環境を破壊して漁獲量が減るのではないかと懸念されていました。しかし今では、環境に配慮した設計・運用をすれば、藻を繁殖させていわゆる「磯焼け」を回復させ、魚が住みやすい環境をつくることも可能だと考えられています。
さらに、今後洋上の風力発電が普及すれば、「風力発電のメンテナンスの仕事をしながら漁業の仕事もする」というような新しい働き方が出てきて、安定した収入が得られるサステナブルな暮らしにもつながるかもしれませんね。
とは言え日本は、再生可能エネルギーの導入に恵まれた土地であるとは言えません。しかし狭い国土の中で電力を賄い需給調整しなければならないという制約があるからこそ、さまざまな技術が発展していくはずです。そう考えると、再生可能エネルギーを有効活用するという点では、日本は先進国になれるのではないかと思います。
再生可能エネルギーで変わる、私たちの暮らし
――今後、再生可能エネルギーがさらに普及したり、電力市場が変わったりしていく中で、私たちにはどのような対応が求められますか?
個人単位でも、余った電気を有効活用する方法なんかはいろいろ考えられそうですよね。昼間は電気が安く使えるので、その時間は思い切って冷房の温度を下げて生産性高く仕事をするとか、逆に電気が足りなくなる時間帯は電気を使わずに楽しめることを考えてみるとか……。自分の生活をよりよくしていくためにも、電力市場を理解して電気の使い方を考えることが必要になってくるのではないでしょうか。
――生活面ではどのような変化が起こると考えていますか?
生活の変化としては、「車の選び方」が変わってくるのではないかと思います。現在、ガソリン車に代わるさまざまな種類のエコカーが誕生していますよね。主なエコカーとして、エンジンとモーターで走るHV(ハイブリッド自動車)、バッテリーの電力だけで走るEV(電気自動車)、外部電源から充電ができるPHV(プラグインハイブリッド)、水素と酸素で発電してモーターを動かすFCV(燃料電池自動車)などがあります。
今後エコカーが普及していけば、例えば、ドライブが好きな人なら、長距離を走ることができるエコカーを選ぶ。災害が多い地域に住んでいる人なら、電池としても使えるEVやPHVを選ぶ。こんなふうに自身の生活スタイルと車の消費スタイルを考えて、車を選ぶ時代になっていくかもしれません。
「わがままな発想」が持続可能な社会を実現する
――日本の企業や個人が、エネルギー分野におけるSDGsへ取り組んでいくときに大切なことは何でしょうか?
まずは、自分たちのことを過小評価しすぎるのをやめることではないでしょうか。日本の企業はエネルギーという観点でSDGsの取り組みが遅れているという認識を持っている人が多いのですが、私はそんなことはないと思っています。日本の企業はずっと「省エネ」に取り組んできて技術が発達していますし、実質GDPあたりのエネルギー消費量を見ても、日本より数値がいいのはイギリスくらい。日本はこれまでも、効率よくエネルギーを使って価値を生み出してきたと言えるはずです。
欧米が「SDGs」や「カーボンニュートラル」を唱えて先進的な取り組みを始め、日本がそのあとを追いかけているのではなく、日本がこれまで当たり前にやってきたことに後から言葉がつけられた。そんなふうに考えて、ある意味「冷めた視点」を持つことも大切なのではないでしょうか。
だからSDGsに対して日本が遅れていると卑下する必要はないし、無理に感性を歪める必要もありません。優れているところは優れているし、ダメなところはダメ。状況を俯瞰的に見て、合理的に考えていく必要があります。
――最後にSDGs達成に向けて、みなさんへメッセージをお願いします。
まずは今、「環境のため」「もったいない」などの理由で何気なくやっていることに本当に意味があるのか、それが自分の生活をよくすることにつながっているのかを、立ち止まって考えてみてほしいと思います。私たちはどうしても、エコ=我慢をすると考えてしまいがちなんです。暑いのを我慢してエアコンの温度を下げないとか、環境のことを考えて自分の生活スタイルに合わないエコカーを買ってしまうとか……。
私は「エコは大事だけど、我慢はしたくない」と、もっとわがままを言って良いと思います。新たなサービスや市場は、そういうわがままな発想から生まれるはず。エネルギー問題を理解することは必要ですが、エコと我慢を結び付けるのをやめることが、持続可能な社会につながると考えています。
文:土居 りさ子(Playce)
写真:西村 克也