イスラエル超えのスウェーデン
「起業国家」といえば中東イスラエルのことを指す場合がほとんどだ。人口あたりのスタートアップ数が非常に多いため、数年前からこう呼ばれるようになった。
今このイスラエルを超える勢いで起業国家として台頭している国がある。北欧スウェーデンだ。
人口は約1035万人と日本の10分の1以下だが、長年人々が起業しやすい環境を醸成してきたことが奏功し、この数年で多数の有望スタートアップが誕生している。
特にデジタル分野での躍進がめざましい。代表的なスタートアップとしては世界的人気ゲーム「マインクラフト」を開発したゲーム開発スタートアップMojang、音楽ストリーミングのSpotifyなどが挙げられる。
このほか日本では知られていないが、欧州市場や英語圏市場で広く知られるスタートアップも多数存在する。
ソフトバンクが資金を投じるフィンテック企業Klarnaはその1つ。直近では、2021年6月にソフトバンクなどから投資を受け、その評価額は456億ドル(約5兆1390億円)に跳ね上がったと報じられている。2019年8月時点の評価額は55億ドル(約6198億円)だった。
現在、欧州全体でスタートアップ投資ブームが起こっているが、その中でも特にスウェーデンへの関心度合いが高い。
Dealroomの調査によると、2021年の人口あたりで見たベンチャーキャピタル投資額で、世界トップはスウェーデンとなる見込みだ。同国の人口あたりのベンチャーキャピタル投資額は1329ドルと前年から3倍以上増加すると予想している。
これにイスラエル(1011ドル)、米国(883ドル)、英国(479ドル)、フィンランド(478ドル)、オランダ(407ドル)、ドイツ(201ドル)、フランス(150ドル)などが続く。
ゲーム産業、鉄鋼や製紙など既存主要産業に並ぶ規模に
最近、Klarnaの注目度とともにフィンテック分野への関心が高まっているが、スウェーデンのスタートアップシーンにおいて無視できないのはゲーム産業だ。
同国のゲーム産業は、収益額ベースで2018年に18億7000万ユーロ(約2441億円)で前年比33%増、2019年には23億ユーロ(約3000億円)で前年比24%増と驚異的なスピードで成長を見せている。
すでに、主要産業である鉄鋼や製紙などに並ぶ規模になっているといわれているほどだ。2012年の収益額4億3000万ユーロ(約561億円)と比べると、6倍近く成長していることになる。
産業規模の拡大に伴い、ゲーム開発スタートアップの数や雇用数も急速に伸びている。
2012年の企業数は145社にとどまるものだったが、2016年に282社、2019年に435社に増加。雇用数は、2012年の1967人から2019年には9178人(海外在住リモートワーク込み)と、こちらも5倍近い伸びとなった。
収益を企業別に見ると、マインクラフト開発で有名になったゲーム開発会社Mojangが5億2800万ユーロ(約684億円)でトップ。これにEmbracer Groupが4億9600万ユーロ、Kingが2億6200万ユーロ、Stillfront Groupが1億8600万ユーロと続く。これらはどれも250人以上の社員を抱える「大規模ゲーム会社」と分類されている。
スウェーデンのゲーム産業は、収益で見ると、このような大規模企業がその大半を占めているが、企業数でみると1人運営の個人事業主と10人以下の小規模企業が80%を占める構造となっている。個人事業主は全体の55%、小規模企業は25%を占有。第一歩としてゲーム開発から始める起業家が多いことを示唆する数字といえるだろう。
ゲーム産業/デジタルスタートアップが強い理由
スウェーデンのゲーム産業/デジタル産業での起業が盛り上がる理由はどこにあるのか。
1つは、スウェーデン政府が1997年に導入したパソコン利用に関わる優遇税制だ。
これは、社員が自宅でパソコンを使えるようにした企業は優遇税制を受けられるというもの。この制度をきっかけとして、1990年代後半から2000年代にかけてスウェーデンの家庭におけるパソコン利用が普及したといわれている。
注目すべきは、自宅にパソコンがある環境で子供時代を過ごした80年代生まれ世代への影響だ。
現在、スウェーデンのデジタル分野では多数のスタートアップが誕生しているが、その起業家の多くが80年代生まれといわれているのだ。Klarnaの共同創業者の1人セバスチャン・シエミアトコウスキー氏は1981年生まれ。他国より早い段階でパソコンに触れる環境が醸成されたことが、デジタル分野のスタートアップを促進する要因の1つになっている。
ゲーム/デジタルなどに関わらず起業全般を促進する環境が整っていることも影響している。
スウェーデンでは1990年頃まで、大企業を保護する制度があり新規参入は難しい状況だったが、90年代の金融危機時に税制改革とスタートアップの新規参入を促す新ルールを次々と導入。法人税に至っては、もともと52%という税率だったが、90年代中に30%まで引き下げている。2021年時点では20.6%まで下がっている。
このほか、スウェーデンの手厚い社会保障制度によって、起業で失敗しても生活の最低ラインは維持できるという安心感も起業を促す要因になっているという。
「次のシリコンバレーはどこか」という議論をよく目にするが、スウェーデンは間違いなく候補の1つだ。同国のスタートアップシーンはますます注目されていくことになるだろう。
文:細谷元(Livit)