バイデン大統領、トランプ前大統領の「米国ファースト」アプローチを踏襲?
日本でも様々な評価・意見が噴出した米軍のアフガニスタン撤退。欧米のメディアはこの動きをどのように見ているのだろうか。
調査報道に強みを持ち中道左派とされる英メディアThe Guardian(ガーディアン)は2021年8月21日の記事で、米軍のアフガニスタン撤退は、バイデン政権がトランプ前政権が掲げた「米国ファースト」を踏襲していることを示す事態だと指摘。
米国ファーストとは、国民国家の解体を狙うグローバリズムに対抗し、米国民の国益を最優先とする政策に重きを置く考えだ。トランプ前大統領は国連での演説などで度々グローバリズムを非難し、ナショナリズム/米国ファーストを推進するとの発言を行っており、メディアを通じて広く知られるようになった。
アフガニスタンからの米軍撤退において、バイデン大統領は、米軍兵士の命をこれ以上危険にさらすことは正当化されるものではなく、この撤退は米国民の意思に沿うものだと主張。ガーディアン紙は、こうした発言が米国ファーストを示唆する1つの例だと指摘している。
アフガニスタンからの米軍撤退のほかにも米国ファーストを示す動きがいくつかある。
たとえば、米国内でのワクチン3回目接種の実施だ。バイデン大統領は8月18日、猛威を振るうデルタ株に対応するため、2回目接種が完了した人に3回目の接種を行う方針を発表した。この発表に対し、世界保健機関(WHO)は、世界にはまだ1回目接種を終えていない人々がおり、そうした人々へのワクチン接種を優先すべきと反論している。
また経済政策においても、米国内での生産・消費を後押しする方針を明確に打ち出しており、米国ファースト志向が顕著になっている。
ガーディアン紙は、バイデン大統領の経済政策における米国ファースト志向は、同大統領のスピーチに明確にあらわれていると指摘。
2021年8月5日の米国のクリーンエネルギー政策・リーダーシップを語るスピーチにおいては「America」または「American」というワードが計36回も登場したという。また、このスピーチでは「American Workers」という言葉が頻繁に登場しており、米中間労働者層を意識したものであることが顕著にあらわれている。
米国ファーストではなく「プログレッシブ・ナショナリズム」
一方、専門家の中には「米国ファースト」はトランプ大統領が広めた言葉であり、バイデン政権は同じ言葉を使用しないのではないかとの意見もある。
ミネソタ大学の政治・ガバナンス研究センターの所長、ラリー・ヤコブス氏はガーディアン紙の取材で、バイデン政権の米国ファーストは「progressive nationalism(プログレッシブ・ナショナリズム)」と呼べるものだと指摘。
progressiveとは、進歩的、または革新的と訳される言葉。一方、nationalismは、保守の意味合いも合わせ持ち、革新とは対局にある言葉だ。
ヤコブス氏によると、バイデン政権の米国ファースト政策では、アフガニスタンや世界的な感染問題、また国際貿易などからリソースを引き上げ、そのリソースを統制的な方法で米国民を支援するために活用している。
この点でナショナリズムの側面はあるが、一方でトランプ前大統領が脱退したパリ協定には復帰しており、トランプ前大統領の米国ファーストとは少し異なる。
またヤコブス氏は、アフガニスタンについても、米国の国益につながらないとの判断から米軍撤退につながったと指摘。その上で、バイデン大統領は、ジョージ・W・ブッシュ氏やバラク・オバマ氏などが目指した中東に民主国家を樹立させるという目標は持っておらず、中東に政治的な資本を投じることはないと論じている。
まるでトランプ前政権そのもの、「トランプ2.0」バイデン政権の対中外交
上記ヤコブス氏が指摘するバイデン政権の米国ファーストが、トランプ前政権のそれとは若干異なるという点は、外交政策にも見ることができる。
米ABCニュース傘下の調査メディアFiveThirtyEightは、バイデン政権の外交アプローチは基本的に多角・協調的で、トランプ前政権とは大きく異なるが、対中国政策に限っていえば「トランプ2.0」と呼ばれるほど、トランプ前大統領の強硬路線を踏襲するものとなっていると指摘しているのだ。
FiveThirtyEightは、この理由を世論データから紐解いている。
バイデン大統領がトランプ前大統領の対中強硬路線を踏襲する理由の1つが、ここ数年で急速に加速している米国民の対中感情の悪化だ。
ピュー・リサーチ・センターが2021年2月に実施した調査によると、対中感情がネガティブな割合は、米共和党支持者で79%、民主党支持者で61%と、ともに半数を超える状況が判明。またギャラップ社が同時期に実施した調査でも、中国に対しネガティブな感情を持っている米国民の割合が79%に対し、調査が始まった1979年以来で過去最高を記録したことが明らかになった。
トランプ政権時代に中国の産業スパイ、浸透工作、サイバー攻撃、ウイグル人権問題など様々な問題が明らかにされたことで、米国民の対中感情は急速に悪化した格好だ。実際、上記ギャラップの対中感情調査を見ると、中国に対しネガティブな感情を持っている米国民の割合は、2018年45%、2019年57%、2020年67%、2021年79%と右肩上がりに上昇している。
この世論に加えもう1つ、バイデン政権が米国ファースト政策を推進しつつ対中強硬路線を継続するであろう理由がバイデン大統領の支持率にある。
FiveThirtyEightが計測しているバイデン大統領の支持率は就任以来50〜55%で推移していたが、アフガニスタンからの撤退が本格化する8月ごろから低下し始め、2021年9月末時点では45%と半数を割るところまで低下したのだ。支持率の低下に反比例し、不支持率は当初の40%前後から49%ほどに上昇している。支持率低下の理由は、アフガニスタン撤退の采配にあるといわれている。
米国では2022年に中間選挙が控えており、バイデン大統領としても支持率の回復を図りたいところ。米国ファースト政策による中間層の底上げを掲げるのなら、米国の国益に不利益をもたらす中国の影響を排除するのが筋。また、米国内で高まる反中感情を無視することもできないはずだ。
2021年9月15日に突如発表された、米国、英国、オーストラリアによる軍事同盟「AUKUS」は、まさにバイデン政権の対中姿勢を物語るもの。今後もバイデン大統領による米国ファースト/プログレッシブ・ナショナリズムによって、経済・政治・外交・防衛に様々な変化が起こるのかもしれない。
[文] 細谷元(Livit)