世界で3500万人以上?デジタルノマドの現状
国内外を転々と旅しながら仕事をする人々を「デジタルノマド」と呼ぶことがある。
このデジタルノマドは世界中にどれほどいるのか。
「デジタルノマド」を明確に定義し、世界中のデータを包括的にとりまとめた調査は存在しないようだが、Euronewsで紹介されたA Brother Abroadの調査は議論の出発点にできそうだ。
これはA Brother Abroadが世界各地に点在する英語を話すデジタルノマド約4000人を対象に実施した調査。それによると、世界のデジタルノマド人口は推定3500万人という。
国籍の内訳は、米国が31%、ポルトガルが8%、ドイツが7%、ブラジルが5%、その他35カ国が49%。
まずこの3500万人という数字が妥当なのかどうかを吟味したい。
同調査によると、3500万人のうち31%が米国籍の人々となっている。すなわち、米国籍のデジタルノマドは1085万人ほどいるということだ。
この「デジタルノマド」の定義は一般的に明確になっておらず、場合によってはリモートワーカーやフリーランサーとほぼ同義で用いられることもある。したがって、フリーランサーの統計などと比較して数字を推計することも可能であると思われる。
米ナスダック上場のフリーランスプラットフォームのUpworkが毎年発表しているフリーランス調査によると、2020年米国では、フリーランスワークを行ったことのある労働者の割合は36%で、過去最高の5900万人に達したことが判明した。このうちフルタイムの割合は36%で約2124万人だった。
Upworkの調査では、フリーランサーの中でリモートワークをしている割合はおよそ50%ほどであることも示されている。つまり、米国では約1000万人ほどがフリーランスかつリモートで働いているということになる。この数字はA Brother Abroadの調査結果に酷似している。
世界全体のデジタルノマドの支出総額は、台湾やトルコのGDP並み
A Brother Abroadの調査で興味深いのは、世界のデジタルノマドの平均支出から市場規模を算出しているところだ。
世界のデジタルノマドの平均月間支出額は1875ドル(約20万円)、年間では2万2500ドル(約247万円)。これに3500万人をかけると7875億ドル(約86兆7000億円)となる。
この額は、身近な国や高所得国といわれる国々のGDPに匹敵する額であり、観光政策においても無視できないものといえる。
IMFの2021年の名目GDP予測データによると、スウェーデンが6259億ドル、ポーランドが6421億ドル、台湾が7591億ドル、トルコが7945億ドル、サウジアラビアが8049ドル、スイスが8247ドル。デジタルノマドの支出額はこれらの国々のGDPと同等の水準だ。
欧州で増えるデジタルノマド誘致、スイスでは300万円支給
こうした状況を背景に、欧州ではデジタルノマド/リモートワークフリーランサーを誘致する動きが散見されるようになってきている。
スペイン北部アストリアス州にある小さな町ポンガ(人口600人以下)では、若い世代のデジタルノマド/リモートワークフリーランサー誘致で、移住者に対し1世帯あたり3000ユーロ(約38万円)を支援する取り組みを開始。また、出産1人につきさらに3000ユーロが支給されるというものだ。
また、スペイン・ガリシア州にあるルビアーでも、若い移住者の誘致で、月額100〜150ユーロを支給するという取り組みが実施されているという。
イタリアのプーリア州にある小さな町カンデーラでも同様の取り組みが報告されている。この町では、人口流出に歯止めがかからず、1990年代に8000人だった人口は、2700人ほどに減少。
人口減少を止めるため、カンデーラでは移住者に最大で2000ユーロ(約26万円)を支給する取り組みを開始。町で家を借りること、永住すること、年間7500ユーロ(約97万円)以上の収入があることなどが条件となっている。
高所得国スイスの自治体アルビネンでは、一層手厚い支援が支給されている。
アルビネンでは、年間最大4世帯を対象に2万5000スイスフラン(約300万円)を支給する取り組みが行われているのだ。世界で最も手厚い優遇措置ともいわれている。
一方で、その条件は世界各国の移住促進取り組みの中で最も厳しいものでもある。
まず、年齢は45歳以下であること。また、アルビネンに10年以上住むことや最低20万スイスフラン(約2400万円)で住宅を建てるという条件も含まれている。そして対象はスイス国民、またはスイス永住ビザ(Cパーミット)の取得者に限定されており、外国人にはかなりハードルが高いものになっている。
このCパーミット、EU/EFTA加盟国の国籍を持つ者でも、応募するまでにまずスイスに5年住む必要がある。EU/EFTA以外の国籍だと、その年数は10年。例外はカナダと米国で、これらの国籍を有する場合、定住年数は5年となる。Cパーミットを申請し取得すると、起業や不動産の購入が可能となる。ただし、参政権や選挙での立候補は認められない。
日本ではかつて無計画なインバウンド推進がなされ、オーバーツーリズム問題が多くの地域で発生した苦い経験がある。スイスの取り組みなどは、スマートなインバウンドや移住者誘致を議論する良い事例・インサイトとなるはずだ。
[文] 細谷元(Livit)