ニュージーランドの観光再開ロードマップ

2021年も残すところ4カ月となった。各国は2022年の本格的な観光再開に向け動き出している。

これまで感染者の抑制に成功し、観光再開に慎重だったニュージーランドも2021年8月、来年の観光再開に向けたロードマップを発表したばかりだ。

ニュージーランドは2020年3月に国境を封鎖し、観光客の受け入れを停止。オーストラリアとの二国間トラベルバブルも一時は実行されたが、デルタ株感染の懸念により、2021年8月30日時点では停止されている状況。その慎重派ニュージーランドの観光再開ロードマップの発表は、他国の観光政策にも影響を与える可能性がある。

今回のニュージーランドの発表では詳細な情報は明らかにされなかったが、大枠として2022年から低リスク国のワクチン接種済みの観光客を隔離なしで受け入れる可能性に言及。また、中リスク国からの観光客にも通常より短い期間のホテル隔離、または自己隔離措置などの緩和策を導入する可能性にも触れた。

これらの緩和措置を行う前提となるのが、ニュージーランドのワクチン接種率だ。

ニュージーランド政府は同発表にて今後数カ月間で、ワクチン接種率を高める方針を発表。全国民の大半がワクチンを必要回数接種することが観光客受け入れ緩和策の前提になる。ターゲットとなる具体的な接種率については明言を避けた。

2021年8月末時点で、ニュージーランドのワクチン接種率は、1回以上接種が約38%、必要回数接種が20%。同時点における日本の状況は、1回以上接種が約56%、必要回数接種が45%。ニュージーランドのワクチン接種のスピードは若干遅いように思われるが、今後数カ月で巻き返す公算だ。

ニュージーランドの人口は500万人弱。同等の人口規模であるシンガポールはすでに必要回数を接種した割合が80%を超えており、ニュージーランドも政府が本腰を入れれば、短期間で70〜80%を達成することは不可能ではない。

シンガポールの1回以上接種率が現在のニュージーランドと同じ38%だったのは5月末頃。1回以上接種率が80%を超えたのは8月22日だ。シンガポールと同じスピードでワクチン接種を進めることができれば、約3カ月で80%を達成できる計算となる。

ニュージーランドとシンガポールのアプローチの相違

ニュージーランドのコロナ対策の基本は「根絶戦略(elimination strategy)」だ。

このアプローチはシンガポールが現在が取る「エンデミック・アプローチ」とは大きく異る。ワクチン接種率が低いニュージーランドでは、しばらく「根絶戦略」を基にした厳しい対策が施されることになると思われる。

根絶戦略では、街で1人でも感染者が出れば、その街ごとロックダウンし、文字通り「根絶」することを目的とする。

ロックダウンされた首都ウェリントンの様子(2020年4月)

実際、2021年8月末には、デルタ株の感染が広がり、全国レベルのロックダウンに突入したばかり。8月29日には、83人の新規感染者が報告されている

いくつかの報道によると、ニュージーランドの根絶戦略はしばらく続くとのこと。

一方、観光再開という視点で見ると、ワクチン接種率が一定水準を超えた段階でシンガポールのエンデミック・アプローチにシフトする可能性もゼロではないといえる。

シンガポールはこのエンデミック・アプローチを基に9月から、ドイツとのトラベルバブルを開始する計画だ。

エンデミック・アプローチというのは、新型コロナをシンガポールで毎年発生するデング熱のような病気として扱うアプローチ。時々の感染はあるものとして扱い、その感染の規模に応じて対応していくものだ

シンガポールでは、これまで香港とのトラベルバブルに関する議論がなされてきたが、このほど両者の目的の相違からトラベルバブル議論は停止されたばかり。香港では、ニュージーランドに近い根絶アプローチが取られているからだ。

一方、シンガポールは9月8日からドイツとのトラベルバブルを開始する。ドイツのワクチン接種状況は、1回以上の接種率が65%、必要回数接種率が60%。ワクチン接種やPCR陰性などを条件に、ドイツからの旅行者はシンガポールでの隔離が免除される。

このトラベルバブルでは、ルフトハンザ航空かシンガポール航空の特定便のみの利用が義務付けられている。ドイツほか、香港、マカオ、ブルネイからの観光客もワクチン接種済みなどの条件を満たせばシンガポールでの隔離が免除される。

一方、ドイツでは2021年6月25日から、シンガポールを含めワクチン接種済み観光客の受け入れを開始しており、今回はシンガポール側が同様の措置をとった格好となる

パンデミック後の観光、量より質の「リジェネレーティブ観光」

ニュージーランドの観光再開に向けた動きとともに、同国の「リジェネレーティブ観光」の取り組みにも関心が集まっている。

これまで他の産業と同様に観光産業でも「サステナブル」という言葉がトレンドとなってきた。しかし、サステナブル観光では、観光地の環境・経済・社会・文化へのポジティブな影響は限定的であることが明らかになってきており、サステナブルに代わるコンセプトとして登場したのがリジェネレーティブだ。

リジェネレーティブ観光とは、観光地を訪れる客が帰るとき、来たときよりも環境・経済・社会・文化がよりよい状況になっていることを目指すもの。

ニュージーランドにおける取り組みとしては、2019年に導入された国立公園入場料(35ニュージーランドドル)などが挙げられる。一見単なる入場料であるが、導入された背景やその目的がリジェネレーティブ観光に一致するものであり、世界のリジェネレーティブ観光の盛り上がりに伴い今後同様の取り組みが増えてくることが予想されている

リジェネレーティブ観光に特化した予約サイト「Regenerative Travel」が登場し、ニューヨーク・タイムズなどの大手メディアもリジェネレーティブ観光に関心を寄せている。

2022年の世界の観光産業はどのような姿で本格始動するのか。慎重派のニュージーランド、ドイツとの観光バブルを開始するシンガポールなど、来年に向け各国どのような動きを見せるのか、目が離せないところだ。

文:細谷元(Livit